第七章 第03話 山吹葉澄の謝罪

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第一日目イシガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月四日 水曜日

   ――八乙女、療養二日目


   ―3―


    ◇


「校長先生、申し訳ありませんでした」


 壬生みぶさんが出て行ったと思ったら、間髪かんぱつ入れずにノックが鳴り、山吹やまぶきさんが入ってきた。

 私の前に立つと深々ふかぶかと頭を下げる。


「頭を上げてください、山吹さん。まずはそちらに腰かけて」


 と声を掛けても、山吹さんは頭を下げたまま微動だにしない。


 まあ彼女の心情を思えば、無理からぬことかも知れない。

 しかしそれはそれとして、これでは話が進まない。


「お気持ちはさっしますが、それではお話が出来ませんから。さ、座ってください」


 何度かうながされて、ようやくおずおずと椅子に腰を寄せるが、うつむいたままだ。


「先ほど壬生さんにも言いましたが、私はリーダーであっても一方的にあなた方をさばくような立場にはありません。上司ですらないんです。私を校長ではなく、仲間の一人としておはなしさせてくれませんか?」


 とは言え、校長室で校長と教諭が相対あいたいしていれば、上司対部下という意識を切り替えることはなかなか難しいだろうことも分かっている。


「それにですね、今回の顛末てんまつについて大体のところは聞いていますが、山吹さんは特別何かしたというわけじゃないでしょう」

「そんなことないんです!」


 一瞬、がばりと顔を上げ、さけぶように反応した彼女だが、すぐに項垂うなだれてしまう。


「私が――私が悪いんです……私が」


 ほとんどささやくように自分を責める言葉をつむいでいる。

 相当に責任を感じている様子だ。


「先に言っておきますね。私はあなたや八乙女やおとめさん、壬生さんがどういう関係で、あなた方のあいだでどんな問題が起きているかということについては関知しません」


「はい……」


「もちろん相談があるというのならお話を聞くつもりはありますが、何か指示したり、禁じたりするようなことはあり得ません。そんな権利もないんですから」


「……」


「私が確かめたいのは一つだけです。壬生さんによれば、八乙女さんがあなたに何かひどいことをして泣かせたということなんですが、それは本当のことですか?」


「違います!」


 断乎だんことした答えだった。


「むしろ、ひどいことをしたのは私の方なんです。大人気おとなげない、本当におろかなことを……」

「そうでしたか……」


 それから彼女はぽつぽつと、一連の出来事について話してくれた。


 どうやら事の発端ほったんは前日にさかのぼるようで、上野原さんの腕組みのことから始まり、


 ・五日目の自由行動の時当てつけるように子どもたちの保護者役を買って出たこと。

 ・それに同行してくれなかったことへ理不尽にいきどおったこと。

 ・途中で御門みかどさんやサブリナたちに説得されて山風さんぷう亭に戻り八乙女さんを待ったこと。

 ・運よく出会えたくせに素直な態度を取ることが出来ず、逆に追い散らすような暴言ぼうげんいたこと。

 ・自分が追い払ったくせに、言われた通り去ってしまった八乙女さんを見て悲嘆ひたんれ絶望してしまったこと。

 ・いつのまにか壬生さんが来ていて、問われるがままに事情をかいつまんで話したこと。

 ・話している内に涙があふれてきて、止まらなくなったこと。

 ・何故なぜか八乙女さんが戻って来ていたこと。

 ・止める間もなく壬生さんが八乙女さんに殴りかかっていったこと。

 ・無抵抗の八乙女さんに馬乗りになって、ひたすら殴り続ける壬生さんに恐怖したこと。

 ・無我むが夢中で壬生さんに体当たりしたこと。


 と言うように、山吹さんのさい穿うがつ説明を聞いて、私は正直ちょっとだけ「面倒くさい」と思ってしまった。


 しかしそれと同時に、何とも言えない微笑ほほえましさを感じてしまったのだ。


 真剣に悩んでる彼女には悪いが、うらやましいとさえ思った。


 それに、ほんの少しだが山吹さんの顔が明るくなった気がする。

 相手が私のような者でも、め込んでいた感情を多少なりとも吐き出せたからだろうか。


「なるほど、分かりました」


「……」


「確かに、山吹さんにも責任はありますね」


「! ――はい……」


「でも、ほんのちょっとですよ」


「……ほんの、ちょっと?」


「そうです。あとは男二人のせいですから。まず殴った壬生さんが圧倒的に悪い。あとはあなたをほったらかした八乙女さんが悪い」


「でもそれは……私がそうしてくれって」


「そこをんでなお、度量どりょうを見せるべき場面だと私は思いましたよ。まあ彼にも理由はあるでしょうし……えて優しい言葉を掛けなかったのかも知れません」


「? どういうことでしょうか……」


 山吹さんが首をかしげる。


 ここからはあくまで私の推論すいろんに過ぎないのだが、彼女の心が少しでも安らぐなら披露ひろうしてみるのもいいかも知れない。


「私が八乙女さんを上司として見た場合、彼は非常に優秀なカウンセラーだと思うんです」


「カウンセラー、ですか」


「ええ。彼は子どもたちに寄りうのがとても上手じょうずですね。意識的なものかどうかは分かりませんが、最終的に子どもたちは彼に心を開く。そう感じたことはありませんか?」


「言われてみれば……そうかも知れません」


 何か事例を思い出しているのだろうか。

 山吹さんの視線がななめ上を向く。


「八乙女さんは子どもたちだけでなく、対人関係でもバランスをおもんじているように見えます。まあ壬生さんとは険悪けんあくみたいですが、それは特別な理由があるからですね」


「はあ……」


「そこから考えると、今回の八乙女さんの、その、あなたを置いて立ち去ったという行動にちょっと違和感をおぼえるんです」


「……」


「彼なら、山吹さんの横に並んで、ぽつぽつと言葉をわしながら徐々じょじょにあなたの気持ちをきほぐしたとしてもおかしくない」


「はい……」


「それなのに、彼は敢えてあなたを置き去りにした。これをあなたはどうとらえますか?」


「私には……分かりません。面倒になって投げ出したとも思えますし……」


「まあ、そういう気持ちもなかったとは言えないかも知れませんね」


「うう……」


 おっと。

 ここで泣かせるわけにはいかない。


「でもね、私はこう思うんですよ。あなたをもし同僚と見ているのなら、彼は面倒臭めんどくさがって放置なんてしないと」


「……?」


「彼は本音ほんねであなたと相対あいたいしようとした。要するに同僚と言う関係から一歩進めようとしたんじゃないか、とね」


「……それって」


「あくまで私の考えですし、一歩進めると言ってもどのような方向性ベクトルを目指すつもりなのかも分かりません。ですが、彼は誠実な人ですから、あなたの取り乱しようを見て、その場しのぎの不実な態度を取りたくなかったのではないでしょうか」


 胸に手を当てたまま、山吹さんは沈黙した。

 何か考え込んでいる様子。


 それにしても……この年になって恋愛相談の真似事まねごとのようなことをする羽目はめになるとは――我ながら苦笑するしかない。


「校長先生」

「はい」

「あの、ありがとうございました。私、自分が今後どうすべきか、分かったような気がします」

「それはよかった。いい結果に結びつくといいですね」

「はい。それじゃ、これで失礼します」

「お時間取らせてすみませんでした」

「いえ、お話しできてよかったです」


 ぺこりと一礼して、彼女は部屋を出て行った。

 八乙女さんがここに戻るのは、いつ頃になるのだろうか。


(間に合えばいいのだが……)


 ん?


 一体何に間に合うといいと言うのだ?


 私は自分の不可解ふかかいな思考に戸惑とまどう……が、すぐにそのことは忘れてしまった。

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