第七章 そして……

第七章 第01話 橘響子の報告

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第一日目イシガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月四日 水曜日

   ――八乙女、療養二日目


   ―1―


    ◇


「――と、いうわけです。校長先生」

「一体、何だってそんなことに……」


 ここは校長室。

 先ほど私――朝霧あさぎり彰吾しょうご――たちは、ザハドから帰ってきた仲間たちを迎えた。


 何とはなしにおかしな空気を感じてはいたが、たちばなさんにうながされて校長室に向かい、そこで彼女の口から語られた事実は、想定以上の衝撃を私に与えた。


「釈放されたあと、代官屋敷で壬生みぶさんと山吹やまぶきさんから別個べっこに事情を聞きました。八乙女さんが山吹さんにひどいことをして泣かせたと思った壬生さんが、ちょうど出くわした八乙女さんに殴りかかったようですね」


「うーむ……実際、八乙女さんは山吹さんに何を?」


くわしいことは山吹さんが言及げんきゅうを避けてるので……ただ、八乙女さんは何もしてない、自分が一方的に悪いのだと繰り返しています」


 事前に聞いた話だと、山吹さんと壬生さんは宿泊する場所が違っていたはずだが……。


「なぜ壬生さんはその場に?」

「本人によると、山吹さんを探していたそうですね。祭りの最終日を一緒に回りたかったとか……」

「特に裏の事情はなさそうですか?」

「裏、ですか? ……私が話を聞いた限りでは両者の辻褄つじつまは合っていますし、それ以外の要因はないように思えますが」

「そうですか……」


 身もふたもない言い方をすれば、痴情ちじょうのもつれというところか。

 面倒なことではあるが、それ自体は本来我々が干渉かんしょうするような話ではない。

 問題は、今後の事だ。


「八乙女さんの容態ようだいはどうなんですか?」

「最初に申し上げた通り、命に関わるようなことはないそうです」

「不幸中の幸いですね」

「ええ。ただ気になるのが、彼は一切いっさい抵抗しなかったと言うところですか」

「無抵抗で殴られていたんですか?」

「はい。壬生さんも山吹さんも同じことを言っていますので、確かなことかと」

「ふーむ……」


 彼は椎奈しいなさんから空手の手解てほどきを受けていたと言うし、反撃出来なかったわけじゃないように思えるが……。


 そのあたりは、傷がえたあとに本人から聞くしかないだろう。


「どうしたもんですかね……」

 私の気弱な疑問に、橘さんが答える。


「少なくとも、ここでは場所的に、互いに隔離かくりするような物理的な手段は取れないでしょう。壬生さんに気持ちを確かめて、問題がなさそうなら当面様子見ようすみしかないと考えます」


「本人たちのこともそうですが、周囲への影響はどうでしょうね」


「今回のことは、既にザハドに行った人たち全員が知っています。早晩そうばん、全ての人が知ることになるでしょうが、現状、表面的には特に大きな動揺はありません。皆さん驚いてはいましたが」


「それはそうでしょうね」


 気になるのは子どもたちのことだ。


 教員同士が殴り合いの――合い、ではないか――ケンカをしたという事実をどう受け止めるか。


「校長先生、私の考えを述べてもよろしいですか?」


「はい、もちろん。お願いします」


「私が思うに、結論としては先述せんじゅつしたようにほうっておくしかないでしょう。私たちはもう上司と部下でもありませんし、同僚どうりょうでもなければ、教師と教え子という関係でもありません。多少無理はありますが、一つの大きな疑似ぎじ家族のようなものだと考えます」


「家族……」


「はい。家族同士のいざこざなど、どこの家庭にも多かれ少なかれ存在するものですから、仲裁ちゅうさいは出来てもほしいままにコントロールすることなど不可能でしょう。すべきものでもありません」


「なるほど」


「何より今までが出来過ぎだったのです。この世界で生きるという共通の目標のためにはケンカなんてしているひまがなかった。穿うがった見方をすれば今回のことは、私たちに少し余裕が出てきたことの表れなのかも知れません」


 橘さんの言うことは、いちいちもっともに思える。

 つい校長目線、教師目線で見てしまうのは、いいことばかりではなさそうだ。


 まあしかし、暴力に訴えるようなことについては、人として、この集団のリーダーとしてなあなあにしてはおけない。


 しっかりと釘をしておくべきだろう。


「ありがとうございます、橘さん。おっしゃることには全面的に同意しますし、私自身の考えも整理出来ました」


私見しけんを述べたまでです」


「いえいえ、とても重要な示唆しさを頂けました。あ、もし壬生さんや山吹さんと顔を合わせることがあったら、話を聞かせてもらいたいと伝えて頂けますか?」


「分かりました」


 そう言って橘さんは静かに部屋を出て行った。

 ぱたりと閉じられたとびらを見て、考える。


 あとは私の問題だ。


 八乙女さんが戻り次第、伝えようと決心したこと。

 先延さきのばしになってしまうな……。

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