第六章 第38話 星祭り 最終日 ―9―

   星祭りアステロマ 最終日クォラディーナ ―9―


 やっちまった……。


 でも、後悔はしていない。


    ◇


 カーン……カーン……


 鐘が鳴り始めた。

 七時鐘しちじしょうだろう。


 気のせいか……いや、違うな。


 あれほど喧騒けんそうつつまれていたのが嘘のように、あたりはしんと静まり返っっている。


 すると――――


「おお……」


 地上のそこかしこでまぶしくかがやいていた光のつぶが、ゆっくりと音もなく浮上ふじょうを始めた。


 一体どれほどの数なんだろうか。


 百や二百どころじゃない。

 千、いや万単位の光の粒たちが、ぐんぐんと高度を増していく。


 そして、そんな光景がこの広場だけじゃなく、ザハドの町全体で繰り広げられているのだ。


「星だ……」


 これはまさしく、星祭りだ。


 今や星たちは浮上をめ、頭上はるかな高みをくして、その輝きをはなっている。


 その光輝こうきもと、地上では数多あまたの赤い炎がともり始め、ゆらゆらとれている。

 炎は列をなし、ゆっくりと動き出した。

 聞こえるのは、石畳いしdたみが返す足音のみ。


 ――星下せいか葬列そうれつ


 いや、そんな縁起えんぎの悪いものじゃない。

 これはむしろ、希望の灯火ともしびのはずだ。


 ……どうしてそんな暗いイメージが浮かんだのか。


 鐘が鳴る前の無秩序むちつじょな騒がしさが、一転しておごそかな雰囲気に変わったためか。


 それとも今この瞬間、この景色を一緒にながめる誰かがとなりにいたのなら、受ける印象もまた違っていたのだろうか。


 滔々とうとうとした炎の流れに身をまかせるかのように、ゆっくりと歩き出す。

 せずして、俺はいつの間にか山風さんぷう亭の前まで移動していた。


 ――うつむいたままたたずむ山吹先生が見える。


 もしかして、ずっとあのままだったのだろうか。

 そして……しきりに彼女に話しかけている様子ようすの、ある男の姿も。


 男が俺の姿に気付いた。


さまあーーー!!」


 男の顔が炎に染まる。

 鬼のような形相ぎょうそうのその男は――壬生みぶ先生だった。


 壬生先生がこぶしを振り上げて、俺に迫ってくる。


 上段か。

 内受けかな。


 受けながら同時にくと有効だって、椎奈しいな先生が言ってたな。


 ――などと考える余裕すらあったが、俺は何故なぜか指先一つ動かそうとしなかった。


 真っ白い光が眼前がんぜんおおい尽くす感覚と一緒に、鉄球を打ち込まれたような衝撃しょうげきが俺の左頬ひだりほおおそった。


 俺は思わず仰向あおむけに倒れる。


 その俺に、壬生先生が馬乗りになる。

 マウントポジションってやつだ。


 静かだった周囲に悲鳴が上がる。


「貴様、彼女に何をした!?」


 奴が俺のえりを乱暴につかむ。

 すさまじい顔だ。


 これは……殺意か。


 ――殺意にゆがんでいる。


 俺の人生。

 そんなものを向けられるようなもんだったか?


 俺が、彼女に、何をした……だって?


 いや……何もしてない。


 いて言うなら、何もしないことを、した。

 このおかしなみ合わなさに、思わず口角こうかくが上がってしまう。


「貴様、何が可笑おかしい!」


 左手でえりつかまれた状態から、右のグラウンドパンチがとんできた。

 今度は左のこめかみにヒットする。


「やめて! 壬生さん、やめてください!!」


 山吹先生の悲痛ひつうさけびに、奴はじくれた笑顔を返す。


「心配しないで、山吹さん。あなたを泣かすような男は、私が成敗せいばいしますから」


 成敗って……。


 俺は魔物か何かか?

 あ、あれは討伐とうばつか。


「そんなこと頼んでません! 私が悪いんです! やめてください!」

可哀想かわいそうに……私があなたを、このくだらない男のくびきからはなってあげますよ!」

「やめて!!」


 一発。

 二発。

 三発。


 衝撃が俺の頭を揺らすが、不思議なことにあんまり痛みを感じない。

 きっとアドレナリンさんがばんばん出てるんだろうな。


 くびき……ねえ。


 俺は彼女を、自分につなぐようなことなんてしちゃいないよ。


 それよりも、あれだ。

 きっと衛士えいしが呼ばれてしまう。

 せっかくの楽しい祭りに、水を差すのは各方面に申し訳ない。


 それに、何か悩んでる校長先生に、これ以上心労のたねを提供するわけには――


 どんっ。


 山吹先生が壬生先生に体当たりをかました。


 奴のこぶし軌道きどうがずれて、俺の下顎したあごかすめる。


 あっ……これ、は――――――


    ◇


 ――こうして俺は、人生二度目の一過性いっかせい意識消失発作――つまりは失神――を経験することになった。


 もちろん、このあと行われたはずの二十一回の鐘のいのりも、リィナが見てのお楽しみと言っていた午後九時からのイベントにも、残念ながら参加することはかなわなかった。


    ◇◇◇


 星祭りアステロマ最終日の、まさにクライマックスの最中さいちゅうに起きた暴行事件。


 酔っ払い同士の小競こぜり合いや、ちょっとした乱闘騒ぎはそれほど珍しいものではなく、事件はまずは粛々しゅくしゅくと、現地の法にのっとって処理された。


 ただ、本件については関係者が領主の客分きゃくぶんであることからか、何かしらの圧力がかかった様子。

 結局は、少しばかり特別な措置そちが取られることになった。


 暴行を加えた壬生みぶ魁人かいとは、駆けつけた衛士えいしとらえられ、一時的に拘留こうりゅうされたものの翌日には釈放しゃくほうされた。


 山吹やまぶき葉澄はずみはその場で簡単な事情聴取ちょうしゅを受け、ある程度事件の全貌ぜんぼうが解明された段階で解放された。


 この二人については、一行いっこうに合流して予定通りに帰校した。


 要するに、単なる内輪揉うちわもめとして処理されたということになる。


 暴行を加えられた八乙女やおとめ涼介りょうすけ

 彼は代官屋敷に運ばれ、急行した医師の診察と手当てあてを受けた。


 エレディールにおける医療いりょうは日本のそれとは異なり、二つの大きな柱を持つ。


 一つ目が「医師フォマール」であり、意味するところは日本とほぼ同じ。


 国内で医療が最も発達しているミザレス凰爵こうしゃく領にある専門機関で所定の科目をおさめ、免状を得た者のことである。


 二つ目が「治癒師クラクール」であり、詳述しょうじゅつけるが彼らは魔法ギームを応用した医行為をほどす者。


 今回八乙女が受けたのは、医師による加療かりょうである。


 彼は意識そのものは数時間で取り戻したが、頭部や顔面の打撲だぼく、左足首の捻挫ねんざ、何ヶ所かの擦過傷さっかしょうなどがある程度回復するまで、代官屋敷で静養することになった。


 その期間、約十日とおか

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