第六章 第33話 星祭り 最終日 ―4―

   星祭りアステロマ 最終日クォラディーナ ―4―


 人間関係が、ここにきて何だかいろいろこじれてきて、俺は本当に困っている。

 それでも、いろいろ考えた結果、出来ることは何もない! と。


 まあ正直なところ、どうしたらいいか分からないだけなんだが、分からないんだから致し方ない。


 どうしようもないのだ。


 とりあえずはリィナから説明を受けた、目先の「祭りの準備」とやらに専念することにしよう。


    ◇


 という訳で、本日ほんじつ一つ目のタスク。

 団子だんご作りである。


 二時鐘にじしょうのティリヌス(午前九時)から始まる「作業」に間に合うように始めるのだが、作り方はごく簡単。


 小麦粉グラトラあらかじめ水でって生地きじを作っておき、事前に配布された特別な魔石ギムピードをそいつでつつむ――それだけだ。


 これは基本的に各家庭や食堂、店舗などで作るんだそう。


「こんな、感じ……か?」

 小指のつめくらいの魔石ませきを生地でくるんでいく。


 ――そうそう。


 何とこの地には「ギムピード」と言うものが存在するのだ。

 直訳すると「魔法の石」なので、一応それっぽく「魔石ませき」と俺は名付けた。

 まあほとんどそのまんまの意味だけど。


 見た目は深い紫色の……ガラスのよう。

 ちょうど透明な紫水晶アメジストのような感じだ。


 どこかで見たことあるなーと思ったら、あれだ。

 大きさはちょっと違うが、代官屋敷で見た、あの照明の中に転がっていた小さなやつだった。


 魔石こいつの原料が何か、とかいろいろ聞きたいことはあったけれど、先に作業だと言われたので仕方ない。


「出来た!」


 芽衣めいが声を上げる。

 が、ペルにダメ出しを食らう。


 厚すぎるニーミットデシマスらしい。


 何故なぜか理由は勿体もったいぶって教えてもらえなかったが、生地きじけるくらいうすつつんで、どこかにくっつける部分だけ少し厚くするんだそう。


 要するにこれは、クリスマスツリーの飾りオーナメントみたいに、街路樹がいろじゅ家屋かおくの屋根、看板の上とか噴水ふんすいふちのところなんかにくっつけるものなのだ。


 それを、一人当たり十個ほど作る。

 別に数の制限はないのだけれど、ある理由から多すぎても大変なんだそうな。


 ペルやグリッドたちは当然のことながら慣れたもので、あっという間に既定の数を作り終える。

 リィナもなかなかに手際てぎわがいい。

 流石だ。


 俺たちの中だと意外と言うか、純一じゅんいちさんが割と器用だ。

 スピードはそれほどでもないけど、出来上がりが均一きんいつで美しい。


 次に上手いのが山吹やまぶき先生かな。

 残念ながら俺は、多分一番ヘタクソだろう。


 団子と言うより、小型の埴輪はにわみたいになってる。

 いいのさ。


 まあそんなこんなで、それぞれノルマを達成したところで表に出る。

 周りを見ると、俺たちと同じように団子をかかえてたくさんの人があちこちに散っている。


(かねがなったらすきなところにかざって。でも、なるべくうえにじゃまになるものがないところがいいよ)

(木の枝なんかはどう?)

(いいけど、あんまりほそいのはだめ。ふとめのえだのうえにおくかんじなら)

(なるほど、分かった)


 リィナからのアドバイスを仲間に知らせる。


「えーっと、もう少ししたらかねが鳴りますので、そしたら好きなところにさっき作った団子をかざってください、だそうです」

「好きなところって、ホントにどこでもいいの?」

「いいと思うんだけど……悪い、ちょっと待って」


 芽衣の疑問を聞いて途端とたんに不安になる俺。

 いや、曖昧あいまいなところはちゃんとはっきりさせといた方がいいよな。


(リィナ)

(なーに?)

(飾る場所って、本当にどこでもいいのか?)

(うーん……)


 何やら考えてるな。

 もしかしてダメなのか?


(ほんとはびっくりさせたかったからなあ……ないしょにしときたかったんだけど、うまくいかなかったらもともこもないもんね)

(そうだよ。最低限必要なことは頼む)

(わかった。じつはね、このおだんごがそらにうかんでくの)

(! マジで?)

マジプラウダだよ。すごいでしょ)

(すごいな。ってことは、浮かぶのに邪魔になるようなところはダメってことだな?)

そういうことジェニード


「えーと」

 俺は興奮気味に言った。


「この小麦団子だんごが空に浮かび上がるんだそうです」

「ええっ!」

「マジで!?」

「うそー!」


 おうおう。


 つんつんだった山吹先生も思わず反応してるじゃんか。

 ま、確かに驚くわな。


 何か一番大人なリアクションなのが天方君ってのが、何とも。

 彼は、黙ったまま目だけ大きくしてる。


「ホントみたいですよ。だから、上に遮蔽物しゃへいぶつがあるような場所はけた方がよさそうかな」

「どうなってんの? このお団子」

「そう言えば、特別な魔石だって聞きましたね」

「そうらしいです」


 純一さんの言う通り、この団子に使われている魔石いしは、今日この日のためだけの特別製みたいだ。

 星祭りのちょい前の頃に領主ゼーレから配布されるんだと。


「それで、これはもう伝えてあることですけど、もう一度確認のためにね。この小麦団子は五分以内に飾らなきゃならないそうですから、そこんとこもよろしく頼みます。飾り終わったら俺に言ってください。魔素ギオを流しますので」


(わたしもてつだうから)

(たのむよ)


 この不思議なお団子は、魔素を通すことで動き始めるらしい。


 物理的に動くわけじゃなくて、あらかじめ設定した手順に沿って現象が起きるとか。

 バッチファイルとかシェルスクリプトみたいなものかな?


 五分以内でってのは、町中の団子をある程度シンクロさせる意図いとなんだろう。


 ――ちなみにだが、エレディールに時間の「ふん」という単位はないらしい。


 少なくとも、日常生活で使われることはほとんどないみたいだ。

 砂時計のようなものがあるわけだから、きっと概念がいねんは存在すると思う。


 ならば、どうして「五分以内」と言う指示を俺たちが理解できたのか。

 その理由は……「分」を使わずに、約一分いっぷんを日常的に言い表す慣用句イディオムがあるからだ。


 ――「ナディス」と言うのが、それだ。


 エレディールでは、一ヶ月を「月」じゃなくて「せつ」と呼んでいて、まあこれはまさに植物のふくれたところを指す言葉なんだけど、さらにその節を十日ずつ三つの「じゅん」に分けている。


 日本でも「初旬しょじゅん」「中旬」「下旬」と言うし、そもそも「旬」自体が十日を表す言葉なのだ。


 で、ここにはそれ以外に分ける言い方がない――つまり「週」という概念がないのだ。

 日本人の感覚では、ちょっと違和感がいなめない。


 ひとかたまりが十日もあると、ちょっと長すぎるように思う。


 そこで、この「ナディス」らしい。


 エレディールの人たちは、各旬かくじゅんの五日目の夜に、爪をみがく習慣があるのだそうだ。

 元々、一旬の折り返しを意識するために始まって、今でも続いてるらしい。


 その爪磨きの、爪一枚の処理にかかる平均的な時間が、「ナディス」なのだ。

 意味は多分「爪一枚」を表す「イシナド」が変化したんじゃないだろうか。


 銀座を「ザギン」とかみたいに、イシナドを「ナドイシ」って――――違うか。


 まあそれはともかく、つまるところ俺は五分以内という意味を、リィナから「五ナディス以内」と指示されたわけだ。


 文化が違うと、言い回しもいろいろ違って面白い。


 元の世界の――と言っていいのか分からんけど、マレー語を話す地域には「ピサンザブラ」って表現があるらしいしね。


 これは「バナナを食べる時の所要時間」で「約二分」だそうだ。


 カーン……カーン……キン……キン…………


 ――おっと、鐘が鳴った。


 俺たちは、山風亭周辺のよさそうな場所に行き、こねこねと小麦団子をセットし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る