第六章 第31話 星祭り 最終日 ―2―

   星祭りアステロマ 最終日クォラディーナ ―2―


 リィナが、本日――星祭り最終日――の予定を告げるべく、俺たち山風さんぷう亭宿泊組の五人を朝も早めな時刻から集めた。


 そしたら……純一じゅんいちさんと山吹やまぶき先生の、俺に対する当たりが何か変なのだ。

 特に山吹先生は、もうあからさまにつんけんしている。


 そもそも、芽衣めい天方あまかた君は例によって冷戦状態なところに、大人二人から冷たい風を吹き付けられて俺はもうどうしたらいいの……?


 とは言え、原因に思い当たるふしがないでもない俺は、昨日の出来事を思い出してみる――


    ◇


 ――その時俺は、一階の食堂の卓を一つ借りて、例によって集めた単語を整理していた。


 ずっと自室にこもってるのも、精神衛生上あんまりよくないからね。


 俺以外にお客さんはなし。

 そもそも店は営業していなかった。

 昼はけるらしくて、ペルたちは忙しそうに仕込みをしていた。


 時刻は午前十時頃。

 きりのいいところで終わりにして、広場に演劇を見に行こうと思っていた。


 そしたら、上から山吹やまぶき先生がりてきたのだ。


 その日、顔を合わせるのは初めてで「おそようございます」などと挨拶あいさつを交わした。


 彼女が何をしに下りてきたのか知らないが、何となく同じ卓のところに腰かけて、俺のやってることをぼんやりながめ始めたわけだ。


 そのまま五分ほどって、そろそろ片付けようと思っていたところに、今度は天方あまかた君が下りてきたのだ。


 彼は俺たちに向かって律儀りちぎに「おはようございます」と頭を下げてから、「八乙女先生、今日は何か予定、ありますか?」と聞いてきた。


 このあと広場に行って、昨日話した演劇を見に行くつもりだと答えると、その前に三十分ほど付き合ってほしいと言われた。


 天方君もかなり熱心にエレディール共通語を習得しようとしていて、どうやら外にあるいろんな事物じぶつの名前を知りたいらしい。


 俺は気軽に引き受けた。


 それじゃあ私も……と山吹先生が言い掛けたところで、突然食堂の扉が開いた。


 準備中なのに誰だ?と思ったら、芽衣だった。

 芽衣がぷりぷり怒りながら、どすどすと足音を立てて入ってきたのだ。

 厨房ちゅうぼうのペルたちも目を丸くしている。


 おいどうしたと聞く前に、彼女は「山吹せんせ~~」と言って抱きついた。


 山吹先生は芽衣の肩を抱いて、よしよしとなだめながら二階へと一緒に上がっていった。

 残された俺たちは、まあわけは分からんけど任せとこう、と外に出た。


 俺は天方君に問われるがままにその名を答え、分からないものは近くを通る人を呼び止めて聞いたりしてたら、自分も現地の人に聞きながらやってみたいと言い出した。


 この子のポジティブさと言うかひたむきさは、本当に恐れ入る。


 そうして彼は、とりあえずもう大丈夫ですありがとうございましたと言うので、俺は予定通り広場に向かった。


 そして、噴水のところでぶつぶつつぶやいている上野原さんを見つけたというわけだ。


 上野原さんと観劇かんげきをした後、リィナの宿屋に行ったことがないという彼女と連れ立って山風さんぷう亭に戻った。


 その日の特別料理を食べるためだ。


 もうすでにぎわい始めていた店内のすみの方に席を取って、俺たちは注文し、出てきたパンとスープを味わっていた。


 すると、山吹先生と芽衣が二階から下りてきて、俺たちを見つけた。


 ……正直、この時点でっすらと嫌な予感がしては、いた。


 言わせてもらえば、俺は別に後ろめたいことなど何もしてない。

 仲間とたまたま出会って、一緒に飯を食ってただけだ。


 山吹先生も芽衣もにこにこしながら近付いてきて、相席あいせきいいですかも聞かずにさっさと座った。

 まあ別に聞かなくてもいいんだけど。


 そこで、芽衣が怒っていたわけを聞いた。


 ――どうやら彼女はぷらぷらと散歩をしていた時に、いわゆるナンパのようなものをされたらしい。


 コミュりょくの高い芽衣は、言葉がよく分からないながらものらりくらりと受け流していたが、相手の内の一人が、だんだん揶揄からかうような口調くちょうになってきたと。


 その男の表情から何となくさっした彼女は、穏便おんびんにそこを離れようとした。


 すると「デッフォ」と言われたというのだ。

 意味の分からない芽衣は、きょとんとする。


 ところが、続けて言われた「カダグラーヴァバカ」で、実は罵倒ばとうされていたと知った芽衣は、日本語で相手に向かって悪口をまくし立て、ナンパマンたちがひるんでいるすきにさっさと山風亭に戻ってきた。


 本当なら宿側のとびらから入るべきところを、怒りのあまりに間違えた、という訳だ。


 その話を聞いて、俺はちょっと反省した。


 このザハドにも、やっぱり一定数のそういう奴らはいるのだ、と。

 多少慣れてきたと言っても、子どもだけで自由行動をさせてしまったのはまずかった。


 ――まあそんな話をしばらくした後、約束通り俺は上野原さんを代官屋敷まで送っていくことにした。


 先ほどの芽衣の件もあったので、そのこと自体に問題はなかったのだけど……。


 ――扉を開けたまさにその時、何を思ったのか上野原さんが俺の右腕をすっと取ったのだ。


 俺は驚いた。

 驚いたし、何故なぜか一瞬、足がすくんだ。


 俺は――――後ろを振り向けなかった。


 それから屋敷に着くまで、上野原さんは俺の腕を離さなかった。


 無理に振り払うわけにもいかず、もしかしたら芽衣の話を聞いて怖くなったのかな~などと考えながら歩いた。


 屋敷から戻って、中に入ろうと宿の扉に手を掛けた時、ちょうど五時鐘ごじしょうのドゥル(午後二時半)のかねが鳴って、俺は思わずびくっとしてしまった。


 そっと扉を開けて、受付でにこにこと座ってるリィナしか人がいないと分かって、俺は心底しんそこほっとした。


 ちなみに、くだんの「デッフォ」とは、リィナによれば日本語で言うところの「ブス」を意味する言葉らしい。

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