第六章 第30話 星祭り 最終日 ―1―

   星祭りアステロマ 最終日クォラディーナ ―1―


   新しき神々と世界――イナエスキム・エナリウス


 望星教エクリーゼ聖典アスキュラータより。

 

 ――新しき神々の御業みわざと父祖の尽力によって、エレディールの地は少しずつ、しかし確実によみがえっていきました。

 ――主神ミラドが運命をつかさどる中、民の生命せいめいおぼやかすものは、いくさの神ラーズの名のもとたいらげられました。

 ――民の生活を支える技術は、魔法の神ロムスの名の下に生まれ、みがかれ、伝承でんしょうされていきました。

 ――豊饒ほうじょうなる恵みは、大地の神ネリスの名の下に芽吹めぶき、き、花咲はなさき、結実けつじつしてあまねく大地に行き渡りました。

 ――こうしてエレディールに生きとし生けるものは、輝かんばかりの繁栄はんえい謳歌おうかすることになったのです。

 ――人々は、かつての苦難くなん忍従にんじゅうの日々を、アルディス一党いっとうのぞふるき神々と新しき神々への感謝を忘れぬよう、一年の終わりの五日間を星祭りとすることに決めました。

 ――そしてふるき神々のおやたる創世神が、いつか再びこの地を星と共に訪れることを望み願い、祈りをささげるようになったのです。


    ◇


「みなさん、たくさん、ねる、する、した?」


 ここは山風さんぷう亭。


 さっき一時鐘いちじしょうのカルマール、つまり午前七時半のかねが鳴ったところ。

 俺たち山風亭宿泊しゅくはく組の五人は、朝も早くから一階の食堂に集められていた。


「寝たよ、寝た。とてもたくさん、寝た」


 片言かたことで話すリィナに、俺は日本語で答えた。

 他の人たちもうなずいている。


 実際、めちゃくちゃ寝まくったと言っていい。

 何しろここ三日さんにちあいだ、ほとんどやることがなかったのだ。


 暇な時間、俺はここぞとばかりに、ひたすら単語の収集と記録にいそしんでいた。

 室内の調度品ちょうどひんから食堂や厨房の備品、食材と、目に付いたあらゆるものの名前を聞きまくったのだ。

 普段ほど忙しくないせいか、ペルやグリッドが積極的に協力してくれて助かった。


「あたし……ちょっと眠いかも」


 芽衣めいが盛大に欠伸あくびをする。

 この子は何してたんだろうな。

 時々一人で出掛けたり、山吹やまぶき先生としゃべったりする姿は見たが……。


 ちなみにだが、こっちでの行動については完全に個人の裁量さいりょうまかせてある。


 あんまり遠くに行かないとか、知らない人についていかないとか、まあ子どもにするような通り一遍いっぺんの注意事項さえ守れば、何をしようと自由というわけだ。


 芽衣も天方あまかた君もそのあたりはしっかりしたもので、昼間にたとえ姿が見えなくても、夕方にはちゃんと宿に戻っていた。


 まあこの二人は、これまでのちょっとした経緯いきさつで決して一緒に行動しようとはしていなかったけど。


 それよりも、俺たち大人組の三人だ。


 はっきり言うと、純一じゅんいちさんと山吹先生が俺に対して若干じゃっかんよそよそしい。

 特に、山吹先生が。


セグネールイム教えてください……ファロンルテーム予定を


 天方君が、ちょっとたどたどしいけど一生懸命にリィナと話している。


 仮に彼の頑張りが、魔法の習得をあきらめた代償行動のたぐいだったとしても、その努力は認めるべきだよな。


 そんな天方君を優しく微笑ほほんで見ていた山吹先生と、目が合った。

 途端とたんにつん、とそっぽを向かれる。


 若干どころじゃないな……あからさまだ。

 言葉にまる俺を見て、にやにやしている芽衣が小憎こにくらしい。


(はあ~~……)

(ねえねえ、どうかしたの?)


 リィナから精神感応ギオリアラがとんできた。


 もう当たり前になっていることだけど、リィナと話す時には最初に精神感応ギオリアラつなげておくようにしているのだ。


 もちろん、うちのメンバーたちにはあらかじめ了承してもらっている。

 ただ、子どもが魔法ギームを使うのはどうもあまりよくないことらしい。

 理由は分からないけど、リィナにあんまり負担をかけるわけにはいかない。


 ――エレディールでは、魔法を使うのに当たって「ギオ」と言うものを意識するらしい。


 それがどんなものなのかは、リィナを含めて誰も知らないようだが、ともかくそのギオとやらは魔法のもとになるものということで、俺は「魔素まそ」と名付けた。


 リアラというのは「せん」なので、ギオリアラとはつまるところ「魔素線まそせん」とでも言うべきかな。


 見えない電話線がつながっているってイメージにぴったりだと思う。


(それがさ……何でか知らないけど――いや、心当たりはなくもないか――山吹先生に嫌われたみたいでさ)

(やまぶきせんせーって、はずみのこと?)

(うん……)


 一度「線を繋げて」しまえば、まさに電話と同じようにいつでも会話が出来る。

 はっきり言って、滅茶苦茶めちゃくちゃ便利だ。


 ただの思考と、伝えたい言葉の切り分けが慣れないと難しいけど、そこは使い続けていくしかないだろう。


 それよりも、リィナ側の忌避きひ感の方が厄介やっかいだった。

 それはもちろん、精神感応ギオリアラを使うことに対しての、だ。


 どうやらここの社会では、精神感応の濫用らんよう強烈きょうれつにタブーされているようなのだ。

 実際、悪用が露見ろけんした段階で相当な厳罰げんばつが課せられると言う。


 確かに悪いことに使おうと思ったら、いくらでも出来そうだもんな……。

 大体、面と向かって話すのに、わざわざ使う理由がない。


 そんなわけで、積極的に精神感応でコミュニケーションを取ろうって俺の提案を聞いて、リィナはパニックになったのだ。


 彼女にとっては、悪巧わるだくみをそそのかされているように感じたらしい。

 使う意図いとやメリットを必死に説明して、ようやっと納得してくれた。


 まあ、こっちの社会にはエレディール共通語でコミュニケート出来ない人なんていないんだから、未知の存在と精神感応で意思疎通いしそつうはかる機会自体がそもそもないわけだからね。


 無理もない。


(じじょうはわかんないけど、なかなおりしたほうがいいんじゃないの?)

(そりゃそうなんだけどさ)


 俺は心の中でもう一度溜息ためいきくと、昨日のことを思い出した。

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