第六章 第29話 星祭り 第四日目 ―2―

   星祭りアステロマ 第四日目タスガディーナ ―2―


 あまりの人混みに、代官屋敷組の面々からはぐれてしまった上野原うえのはられい

 仕方なしに広場中央の噴水のふちひと休みする。


 いろいろ考えているうち、彼女の頭は八乙女のことでいっぱいに。

 思わずその名をつぶやいたところ、まさかの本人のいらえがあってびっくり。


    ◇


 え?

 ええ!?


 声のする方――私の左側――を見ると、八乙女先生が驚いた顔で私を見てる。


 変なポーズで。

 何でこんなところに?


「い、い、いつから?」

「え?」

「いつからそこにいたんです!? 先生」

「いやあ、ちょっと前に上野原さんの姿が見えたから……でも何かぶつぶつ言ってたし、考え事でもしてんのかなーって」

「もうっ!」


 やだもう、やだ……。


 私、どんな顔をしてた?

 まさかひとり言、言ってたなんて。


「ごめんごめん。気付いてると思ったからさ」

「どうしてですか?」

「いやだって、俺のこと、呼んだでしょ?」

「!!」

「だから、まさかそんなに驚かれるとは……」

「お、おお驚いてません!」

「そう?」


 八乙女先生が「よっこらしょ」と、私のとなりに腰かけた。


 どうしよう。

 あんまり近くに来ないで欲しい。

 心臓の音とか、聞かれたく、ない。


「ところで上野原さん、一人?」

「え?、は、はい?」

「うちのメンバー、周りに誰もいないみたいだけど」

「え、ああ。はい、私、迷子になっちゃって……」

「なるほどー。まあこの人混みじゃあ無理もないか」


 目の前の人集ひとだかりは、さっきよりも断然大きい。

 舞台の付近もいよいよあわただしくなってきてるみたい。


「そろそろ始まりそうだね。今日のことは聞いてる?」

「えーと、演劇のことですか?」

「そうそう。神話を再現するみたいだね」

「あのう、先生?」

「ん?」

「私きっと、演者えんじゃが何言ってるのか分からないと思うので、同時通訳つうやく、お願いしてもいいですか?」

「同時通訳ってレベルはちょっと無理だけど、分かる範囲でなら説明するよ」

「お願いします」


 ぐぅ~~~~。


「……」

「……」

「……あ、すまん。俺です」

「知ってます」

「だって俺、初日から四日目の今日までで、二食しか食べてないんだよ……」

「八乙女先生、真面目にお祭りしてるんですね」

「まあね。ごうりては……ってやつよ」

「ふふ」


 よかった。

 何か落ち着いてきた。


 八乙女先生がいて、その右横みぎよこに私がいる。

 よく考えたら、これっていつもの職員室でのポジションじゃん。


「演劇のあとに、今日のための特別なパンとスープがくばられるんだってさ」

「スープって、もしかしてあの真っ赤な?」

「いや、とうもろこしみたいなやつらしい。カルスって名前の」

「そうなんですね」

「とにかく、今日はそれ以外食べちゃいけないらしいから、絶対にのがせないんだよ」

「あの屋台でくばられるんでしょうか」

「そうだね。あとリィナの店でも出すって言ってたな」

「そう言えば私、リィナちゃんの宿屋って行ったことない……」


 八乙女先生が、ぽんと手をたたいた。


「それじゃ、リィナのとこで食べてみるか?」

「あ、いいですね!」

「ああ、代官屋敷宿泊しゅくはく組の誰かに言伝ことづてした方がいいかな?」

「一応、仲間とはぐれたら夕方までにお屋敷に戻るってことになってます」

「よし。それじゃ問題なさそうだな。帰りは屋敷まで送ってやるからさ」

「それは流石さすがに悪いですよ」

「いいっていいって。どうせ午後はやることないだろうし」

「それじゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます」

「OK。おっ、始まるかー?」


    ◇


「――しかし、ギードスの長女であったウーティアだけは、天界にお戻りになることはありませんでした。ミラドたちが八方はっぽう手を尽くして探したにも関わらず、ウーティアの行方ゆくえようとして知れなかったのです」


 語り手の最後の台詞せりふが響き渡り、舞台カエーナヴェールムが下りた。

 聴衆ちょうしゅう終演しゅうえんを確認すると、この日唯一ゆいいつ食事ミルを求めて周辺の屋台マトラへと三々五々さんさんごご散っていく。


 そんな、人々がせわしく動き回る景色ヴールの中に、三人の主従しゅじゅうの姿があった。


主様リス・ドミニアお食事ミルはどうされますか?」

 従者エルファの一人があるじに問い掛ける。


「わたくしは結構です。ですが、あなたたちは星祭りアステロマゆえろくに食べていないでしょう。遠慮はりません。そこの屋台でも食堂ピルミルでもいいので、食事を取ってきなさい」


 あるじの答えに、二人の従者はかぶりを振る。


「そうはいきませぬ。私は大丈夫ですリユナスオーナので」

「俺も大丈夫です。ま、腹が鳴ったら勘弁してください」

「おい、エミ!」

「なんだ、アル」

「お前、いつになったらその不遜ふそんな物言いを直すのだ?」

あるじ様がいいって言ってんだ。お前に文句ケレルを言われる筋合すじあいはないね」

「何だと!?」


「おやめなさい、二人とも」

 主があきれた顔で仲裁ちゅうさいする。


「あなたたちが万全の状態でなければ、わたくしの従者としての役割をまっとうすることあたわないでしょう。命令ですリ・オルディナ。食事を取りなさい」

「はっ」

「俺、ちょっと腹が減ってるくらいの方が調子いいんですけどねー」

「おいエミ」

「何だ」

「命令が聞けないのなら、今すぐここで従者エルファの立場をお返ししろ」

「聞かないなんて言ってないだろう」

「いちいち口答えせねば気が済まぬようなやからに務まるほど、このお役は軽いものではない。ほら、くせよ」

「やれやれ……」

 主が嘆息たんそくする。


「エミ。二人分の食事を調達してきなさい。アルはここに」

「はっ」

「へいへい、そんじゃ行ってきますよー」


 エミリアージェス・イドラークスは手をひらひらと振りながら屋台の方へけて行った。

 アルメリーナ・ブラフジェイは不機嫌なのを隠そうともせず、主に話しかける。


「あやつの立ち居振る舞い、目に余ります」

「ありがとう、アル。エミはあれでよいのです。あなたも理解しているでしょう」

「しかし……」

「それより、アル」

「はっ」

今更いまさらのことではありますが、星祭り・・・如何いかがですか?」

「はい」


 エミは姿勢を正し、主の問いかけに答える。


げんじる速さに変化はありませんので、大きな流れは変わらずなのでしょう。このままであれば予定通り・・・・かと」

「そう……」

「一つだけ、つねならぬ事象じしょうが発生していることは、先日ご報告申し上げた通りです」

禁足地テーロス・プロビラスの件ですね」

「はい」


 主は少し考えるような素振そぶりを見せた。


「全くの無関係、ではないでしょうが……大海たいかい小石アルマピードを投げ込むがごとき程度のゆらぎフェーアに過ぎませんね」

「はい」

花冠ネッカーリントは?」

「そちらも変わらず、あの者・・・どもの手にございます」

「……そのようですね、分かりました」


 主はうないて言う。


「今年の星祭りも明日一日を残すのみ。さざなみ程度とは言え、こちら・・・あちら・・・も揺れているのは確かです。気を引き締めて参りましょう」

「はっ」


 遠くからエミが大きく手を振りながら、主の方に近づいてくる。

 二人分の食事を器用にも片手で持っているようだ。


「では戻りましょう。聖会イルヘレーラに」

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