第六章 第28話 星祭り 第四日目 ―1―

   星祭りアステロマ 第四日目タスガディーナ ―1―


   継承けいしょう――リーア


 望星教エクリーゼ聖典アスキュラータより。

 

 ――四柱よはしらの神々と民が共に地上の再建に力を尽くし始めて数年。

 ――ある日、襤褸ぼろまとった一柱ひとはしら男神おがみが天界を訪れました。

 ――ミラドは彼を一目ひとめ見て、それが父であるギードスだと看破かんぱしました。

 ――父よ、われはあなたのいない間、ずっとお守りしておりました。

 ――そう言って主神のくらりようとするミラドを押しとどめて、ギードスが言いました。

 ――すでにそなたのもの。

 ――我は去り、そなたたちをこれから見守るゆえ天地あめつちのことはよろしく頼むと。

 ――ギードスはミラドに、つの神器じんぎいちである王の錫杖トリスカロアを渡そうとしました。

 ――しかし、ミラドはゆっくりと首を横に振って言いました。

 ――は我らにはぎたる力。

 ――もし我らがあやまてる時にはて我らをただたまえと。

 ――首肯しゅこうした父ギードスは、彼の子たちにそれぞれ祝福を与えると、天界の一隅いちぐうに小さないおりを結び、子らを、引いては天界と地上を永久とこしえに見守ることにしました。

 ――しかし、ギードスの長女であるウーティアだけは、お隠れになったまま戻ることはありませんでした。


    ◇


(どうしよう……)


 迷子になってしまった。

 二十二歳にもなって、大学生なのに。


 まさか、こんなにすごい人出ひとでになってるなんて……。


 いやいや、いくら私だって日本だったらどうにでも出来るし。

 でもここは言葉は通じないし地理も分からない。


 一応、私も外交班に入って、それなりにエレディール共通語を勉強してはいるんだけど、元々外国語ってあんまり得意じゃない――っていうか、はっきり言って苦手。


 国語は結構好きなんだけど。


 読み書きはそれなりに出来ても、聞いたり話したりとなるとお手上げという、典型的なアウトプット不足の私だ。


 もう少し早く、外国語の学習指導要領が改訂かいていされてたらなあ……。


 ――いやいや、今は英語なんてどうでもいい。

 それよりこの場を何とかしないと。


 ここはザハドの中心部にある、結構大きな広場だ。


 今日の午前中、ここで演劇があるって聞いて、代官屋敷に泊まっていたみんなで歩いてやってきたところ、昨日までと打って変わってすごい人混ひとごみになっててびっくりした。


 軽く周りを見渡してみても、見知った顔はない。

 どうしよう。


 こういう時にあわてるのは、もちろんアウト。

 しょーがないから、向こうに見える噴水ふんすいのところに座ってひとまず「けん」だ。


 ――それにしても。


 改めて見ると、人の数が本当にすごい。

 立錐りっすい余地よちなしってほどでもないけど、何て言うかな、どっかの音楽フェスみたいな感じだ。


 広場の一角いっかくに大きな舞台が作られていて、その横にずらーっと屋台みたいなのが並んでいるから、余計に雰囲気が似てる。


 まだ営業はしてないみたいだけど、あわただしい感じでさっきから準備している。


 一応、この星祭りの内容とかそれにまつわるお話みたいなのは、お屋敷で聞いた。


 朝陽あさひ君がリッカさんって人から教えてもらって、それを私たちに伝えてくれたのだ。


 私たちは外部から来たお客さん扱いをされてるからか、ちゃんと朝昼晩と毎食しっかり頂いてるけど、普通は一日目から絶食に近い状態なんだそう。


 今日だって、演劇のあと振舞ふるまわれるご飯だけしか食べちゃいけないみたい。

 あのたくさんの屋台は、きっとそのためのものなんだろう。


 あーあ。


 ザハドに来るのは初めてだったし、しかも星祭りなんて何かいい感じの名前のお祭りがあるって聞いてたから、ものすごく期待してたんだけどなあ……。


 街並みとかやっぱり外国みたいだし、お屋敷もすごく豪華ごうかで本物のメイドさんがいたりして、その辺はよかったんだけど……肝心のお祭りがね。


 ご飯はちょっとしか食べちゃだめとか、昨日なんか外に出ちゃいけないとか、はっきり言って信じらんない。


 だから今日の演劇はちょっと楽しみ。


 でもきっと言葉が分からないから、面白さも半減なんだろうな。

 八乙女先生がいれば、解説してくれたりするかも知れないのに……。


 ――八乙女先生。


 大晦日おおみそかの時、何かいろんな話を黒瀬くろせ先生たちから聞いた。


 まず、壬生みぶ先生が山吹やまぶき先生のことを好きってこと。

 でも山吹先生は、その気持ちにこたえるつもりはさらさらないみたいで。


 何故なぜなら――山吹先生は、八乙女先生のことが好きだから。


 それを聞いた時、私は何とも言えない気持ちになった。

 自分の気持ちに名前を付けられない経験なんて、初めてだった。

 そう言うの、漫画や小説では知ってたけど、まさか自分で体験することになるとは。


 それで、肝心かんじんの八乙女先生の気持ちはと言うと、みんな口をそろえて分からないと言う。


 でも壬生先生的にはそんな八乙女先生が気に食わなくて、時々にらんだり突っかかったりしてるらしい。


 私は見たことないけど。


 だからあの時、うどんのたねを踏む役があの二人になって、みんなそわそわしてたんだって。


 そのあと壬生先生が一人で二人分のうどん種を持ってきて、八乙女先生は来なかったから、一体何があったんだろうって盛り上がってた。


 そして私も関係者かもって言われた。

 その三人の関係に割り込む存在じゃないかって。


 ――要するに、私も八乙女先生のことが好きなんじゃないの? って言われたのだ。


 その場では何とか言葉をにごして済ませたけど、好きかと聞かれれば「はい」と答えざるを得ない。


 それは確かだ。


 大学では仲良くしてるグループの子たちもいるけど――あの子たちにはそう言うの、あんまりピンと来ない。


 ――彼ら以外の大学の友達も、教育実習に行っている子は多かった。


 と言っても、私はちょっと事情があって他の人たちより大分だいぶ遅れて始まったんだけど。


 私の実習がなかばにさしかかったある土曜日の夜、報告会って名目で集まれる子だけ居酒屋に集まった。


 結局参加できたのは五人だけだったけど、私以外の子の愚痴ぐちがとにかく物凄ものすごかった。


 一番多かったのが、時間のことと指導案のことだった。


 ひどい子になると、毎日帰るのが午後十時を過ぎるのが当たり前だったとか、指導案を十回提出してもOKが全く出なかったとか。


 まあ私としてはうんうんとうなずきながらも、あんまり一方的な話だけを鵜吞うのみにしないようにしてたんだけど、一つだけ「それはちょっと酷い」って話があった。


 ある友達が「この仕事の大変さを知ってもらいたいからえて厳しくしている」と、自分の指導教諭きょうゆに言われたらしい。


 私はどうしてもその先生の言葉に納得がいかなくて、週明けに出勤した時、八乙女先生に相談してしまった。


 八乙女先生は「いろんな考えがあるから」って前置きしてから、こう言った。


 働いていれば想定外の大変さを経験することは誰でも、どんな仕事でもあるし、何かの難局なんきょくを乗り切ったとしても、別の問題に耐えられるかどうかは別の話。


 そもそも困難を克服こくふくすることが仕事ではないと思う。


 だから、人工的に作った大変さをわざわざすことにあまり意味は感じられない、と。


 ――さらに八乙女先生は、こうも言ってくれた。


 初めて学校現場を体験する人に、完璧さなんて求めていない。

 自分が大事だと思うのは二つ。

 どうやったら授業の目的を達成できるかと言うことと、どうしたら子どもたちから信頼を得られるのかということ。


 完璧に出来ないことを手抜きの言い訳にしたらいけないと思うけど、とにかく君は頑張ってるし、その方向性も間違っていないから、思った通りにやるといい。


 もちろん、子どもたちにとってはどんな教育も一期一会いちごいちえには違いない。

 だけど、仮に失敗したってそれすらも、子どもたちのかてにするさ。

 フォローと責任は俺に任せてくれ、と。

 こう言ってやれる俺は、実習生に恵まれたよ、とも。


 私は本当に嬉しかった。


 この人が私の指導教諭でよかったって、心の底から思えた。


 きっと、私が八乙女先生に特別な感情をいだき始めたのは、この頃からだったと思う。


 でも……それが黒瀬先生たちが言う「好き」かどうかは、自分でもよく分からないのだ。


 それに――――八乙女先生の方には、きっとそんな感情なんて……。


 何だろ。

 何か急にさびしくなってきちゃった……。


「八乙女先生……」

「どうした?」

「ひぐっ!!」

「うおっ!」

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