第六章 第27話 星祭り 第三日目 ―2―

   星祭りアステロマ 第三日目セスガディーナ ―2―


 保健室のベッドの上で、朝霧あさぎり彰吾しょうごは目をつぶっている。

 瞑ったまま、その脳内でさまざまな思いをめぐらせていた。


 ザハドにおもいた仲間のこと。

 彼のために残ってくれている仲間のこと。

 自らの過去。

 星祭りのこと。


 ――そして何十日もの間、彼をさいなみ続けている、あの・・こと。


 同志として認めた八乙女に全てを話す決意を固めた時、ノックの音が響いた。


    ◇


 普段は何かしらの音か、誰かしらの声が聞こえているのに、今の学校はきわめて静謐せいひつだ。

 そんな中で、ドアを叩く音は異様にひびく。


「失礼します」


 保健室のドアがからからと開くと、黒瀬くろせさんの声と一緒に醤油しょうゆの匂いが飛び込んできた。


 そうか、もう昼時か……。


 カーテンがゆっくりと開けられると、そこには私以外の四人全員がそろっていた。


 黒瀬さんのななめ後ろに英美里えみりさんと早見さんが。

 そして、瑠奈るなさんが一番前でおぼんかかげて立っている。


「お昼が出来ましたから、お持ちしましたよ」


 黒瀬さんがそう言うと、瑠奈さんが「はい」とばかりにお盆を私に差し出した。


「瑠奈さん、ありがとうね。そこの箱の上に置いてもらえるかな」

 私は半身を起こした。


 彼女はこくりとうなずくと、指示通り枕元まくらもとの段ボールの上に持っていたものを置いてくれた。


 お盆の上にはいつものうどんと、花園さんたちがけている自家製のお新香しんこも乗っかっているようだ。


 ありがたい。


「校長先生、お加減は如何いかがですか?」

「いつも通りですね。それほど悪くはないと思うんですが」

「確かに熱もずっとありませんし、痛むところもないようですから……。それなのに食欲がないなんて、逆に心配になるんですよね」

「そこは本当に済みません。でも、大体原因は見当がついているんです。おもに私自身の問題ですね」

「前もそうおっしゃってましたけど……あれ?」


 私の顔をのぞき込む黒瀬さん。


 そして「失礼しますね」と言いながら、私のひたいに手を当てた。


「熱はやっぱりないと思います。それに、何だか……少し顔色がよくなってませんか?」

「そうですか?」

「どう思います? 皆さん」


 英美里さんと早見さんが寄ってきて、私の顔を凝視ぎょうしする。

 瑠奈さんも横で私を見上げている。


 何と言うか……別に変な気持ちはないのだが、女性三人――いや、四人か――に顔を近づけられて少なからず緊張している自分が少々可笑おかしい。


「言われてみれば……」

「私にもそう見えます」

 こくこく。


 どうやら、少しだけでも気持ちが上向うわむいたのがよかったらしい。

 嬉しそうに微笑ほほえむ彼女たちを見て、強く思う。


 ――守らなければ、と。


 ここは学校という建物の中ではあるけれど、私たち二十三人の結び付きというのはすでにその範疇はんちゅうにない。


 便宜べんぎ的にリーダーだとか班長だとか決めてはいても、そこには何の強制力もなく、全員が対等の立場なのだ。


 内心は、もちろん分からない。


 それでも、既に足手まといになりかけてる還暦かんれき近いじいさんを――たとえ表面的なものだったとしても――献身けんしん的に看護かんごしてくれている彼女たちには、本当に頭が下がる思いだ。


 ごゆっくり、何かあったら呼んでください、と扉を出て行く後ろ姿を見て、いつまでもこのような醜態しゅうたいsらしているわけにはいかない、と私は決意をあらたにした。


 ――守らねば。

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