第六章 第26話 星祭り 第三日目 ―1―

   星祭りアステロマ 第三日目セスガディーナ ―1―


   神々かみがみ消失しょうしつ――ヴァノヴィナス


 望星教エクリーゼ聖典アスキュラータより。

 

 ――神々が何処いずこかへお隠れになった後、世界は闇におおわれました。

 ――建物は廃墟はいきょとなり、田畑でんばたは荒れ地と化しました。

 ――海原うなばらを行きう船も、市都しと村邑そんゆうつなみちえ果てました。

 ――たみ呻吟しんぎんする声が地上に満ちる中、ある一柱ひとはしらの神が立ち上がりました。

 ――それはギードスの長男であるミラドでした。

 ――ミラドは主神のくらを守護するかりの存在となり、同じく無事だった弟妹ていまいのラーズ、ネリス、ロムスに力と運命をさずけ、荒廃こうはいした地上につかわしました。


    ◇


 今日は確か、星祭りとやらの三日目。


 合計で十八名がザハドに行っているため、この学校には現在たったの五名しか残っていない。


 これほど少ない人数しかいない状態は、こちらに転移して以降初めてのことだ。


 特に外敵がいてきがいるわけではないにしても、何となく心細く感じるのは私がこんな状態だからだろうか。


 黒瀬くろせさんと早見はやみさんは、私の看護かんごのために残ってくれた。


 久我くがさん母子おやこも、残った人たちの食事当番を引き受けてくれている。


 私さえしっかりと健康状態をたもっていたら、きっと総出そうでで星祭りを見に行っていただろうに……校長として不甲斐ふがいないし、本当に申し訳なく思う。


 そんな私の定位置は、情けないことにすっかりこの保健室のベッドになってしまっている。


 管理職にく前や、教育委員会で勤務していた頃、私は自分がこれほど精神的にもろい存在だとは思いもしなかった。


 数えきれないほどの難問が眼前がんぜんに立ちはだかったものだが、私はそれらを精力的に解決、攻略してきた。


 常に余裕があったわけではない。


 るかるかの瀬戸際せとぎわだったことも、連日れんじつ帰宅できずに問題解決に当たったこともあった。


 それでも、どれほど困難に見えても、解決までの道筋は朧気おぼろげながら常に意識されていたし、実際解決できなかったことなどなかった。


 それが今は……選択肢せんたくしどころか、ただ一歩先へ運ぶ足ですら覚束おぼつかない有様ありさま


 ――それにしても……「星祭り」か。


 何とも浪漫ろまんあふれる名称めいしょうだ。


 どんなことが五日もの間にもよおされるのか知らないが、もし行けていたのなら、さぞや楽しい体験になっただろう。


 出来ることなら、行きたかった。


 行って――あの人に会い、言葉を交わしたかった。


 すでに十分すぎる程の助言はもらっている。


 あの人は言った。


 ――共に悩み、歩む同志を作れ、と。


 同志。


 ここで、自分のこころざしとは何だろうと自問してしまうところが、私のよくないところなのだろう。


 仮にその答えが得られたとして、他人のそれが私と同じかどうか、どうやって判断すればいいのか。


 だから、字義じぎなどにとらわれてはいけない。


 必要なのは一緒に悩んで、一緒に進むべき道を探してくれる誰かなのだ。


 それが出来そうな、人物。


 順当に考えるなら、教頭であるたちばなさんだ。

 彼女がすこぶる有能な人物であることに、疑いの余地はない。


 学校現場では常に私をサポートしてくれていたし、こちらの世界に転移してからもそれは変わっていない。


 彼女なら、答えを導き出せるだろうか。


 年齢で言えば、他にも該当がいとうしそうな人たちがいないでも、ない。

 しかし、「同志」という言葉を聞いて私の脳裏のうりに浮かんだのは、その誰でもなかった。


 ――八乙女やおとめ涼介りょうすけ


 教員としてのキャリアで言えば、中堅ちゅうけんどころ。


 あと数年てば、学校によっては学年主任をまかされてもおかしくはない年齢だが、私の印象では、彼は通り一遍いっぺんの学年主任ぞうに収まる感じがしない。


 良くも悪くも、だ。


 もちろん、つとまらないという意味ではない。


 八乙女さんは、何故なぜか子どもに好かれる性質たちのように思える。


 特別子どもに対して甘いとか、人気取りをしているなどと言うようなことはないのに、どういうわけかなつかれていることが多い。


 それは、このエレディールとやらに来てから、特に顕著けんちょに感じることだ。


 加えて、同僚たちとの関係性も悪くない。


 進んで敵を作るタイプではなく、バランスを重視して振る舞っているように見える。


 一部に彼を敵視する存在があることも承知しているが、そこは業務に差し支えない限りにおいては、私が口を出す領分でない。


 ――同志と聞いて私が思い浮かべたのは、そんな男なのだ。


 我ながら意外な感じもすれば、何となく納得している自分もいる。


 それに……彼は私の苦衷くちゅうを察して、声を掛けてくれた。


 心配してくれている人は他にもいるだろうが、えて踏み込んできたのは彼だけだった。


 そして、彼も同じように言ったのだ。

 相談すればどうか、と。


 決して特別な答えではないのに、妙にあの人・・・の言葉と符合ふごうするような感覚をおぼえた。


 ……きっと私は、彼のことを信頼しているのだろう。


 部下としてと言うより、人間として。


 ――決めた。


 八乙女さんがザハドから戻り次第しだい、全てを話そう。

 あの日、宿屋の一室で語られた事実。

 私のスマホにある、その時の録音データも聞かせよう。


 私から打ち明けられた時の彼を想像すると、この重荷を背負せおわせることに一抹いちまつの罪悪感を覚えないでもない。


 しかし、これはいつかは皆に知らせなければならない重大な事実でもある。


 彼には申し訳ないが、私と一緒に解決のための嚆矢こうしとなってもらおう。


 ――ノックの音がした。

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