第六章 第25話 星祭り 第二日目 ―5―

   星祭りアステロマ 第二日目ウスガディーナ ―5―


    ◇


 八乙女やおとめ涼介りょうすけとサブリナ・サリエールが、八乙女の自室で話をしている頃――


    ☆


 ほぼ同時刻。

 代官屋敷にて。


 ある男が豪奢ごうしゃ廊下アルワーグを一人、歩いていた。


 一つの客間の前で立ち止まると、男はひかえめに三度、とびらたたいた。


 部屋のあるじ数瞬すうしゅんをおいてから「どうぞ」と答える。


 男は静かに扉を開けると、室内へと足を踏み入れた。


「こんばんは」

「……あなたは……?」


 ゆったりと頭を下げる男に部屋の主は、返事の代わりにいぶかな視線を返す。


「わたし、ヘルマイア、いいます」

「日本語が話せるのか」

「はい。わたし、あなたたちのことば、べんきょう、しています」

「ふむ」


 部屋の主は、まだ警戒けいかいかない。


 何しろ眼前がんぜんの人物を見たこともなければ、個人的に訪ねてこられる理由にも全く心当たりがなかったからである。


「それで、そのヘルマイアさんが私に何の用だね」


 部屋の主は立ったまま、目の前に男に問い掛ける。


 男は不敵に口角こうかくを上げ、まなじりは下げると、おもむろに口を開いた。


「わたしたち、あなた、ほしい、です」

「私が、欲しい?」


 部屋のぬしは、警戒レベルをいち段階上げた。


 男の言っていることの意味ははかりかねるが、彼の人生の中でこのような物言いをされたことは一度としてない。


 日本語に不慣れであろうことを差し引いても、それは危険な香りしかはっしていなかった。


「一体、それはどういう意味だね?」

「わたしたち、あなた、ほしい……ちしき」

「ちしき……知識だと?」

「はい。わたしたち、ちしき、ほしい。きょうりょく、ほしい」


 この男は、自分をスカウトに来たらしい。


 知識が欲しいと言うが……具体的に何を求めているのか、不明。

 しかも外交班を通さず、言わば非公式に接触してきている。


 この時点で男の真意などただすまでもない。


「私の何を求めているのか知らんが、そういうはなしならうちの八乙女やおとめを通すべきだろう。このようにこっそりと訪ねてくるような人間など、信用できない」

「こっそり? わたし、わからない」

「こっそりとは……隠れて、ということだ」

「かくれて……わからない。おしえる、ほしい」


 面倒だ。

 一体自分は何をやっているのか。


 こんな風に呑気のんきに国語の授業じみたことをやるひまなどない。


「隠れてとは、秘密ということだ。分からんなら分からんでいいから、出て行ってくれないか」

「ひみつ……おお、ひみつイロス。わかりました。はい、わたし、ここにくる、ひみつです」

「それはよかった」


 部屋の主は男の横を通り、扉のところで「出口はこちら」のジェスチャーをした。


 しかし男は仮面のような笑顔を張り付けたまま、その場を動こうとしない。


 部屋の主は肩をすくめた。


「よかろう。それなら私が出て行くとしよう。ついでに話が出来そうな者を呼んでくるが、待っていてくれるかな」


 そう言って、扉のノブに手を掛けた瞬間、男が振り返りもせずに口を開いた。


「あさぎり・しょーご」


 部屋の主の手が止まる。

 男をするどにらむ。


「……うちの校長がどうかしたかね」

「あなた、ききます、きいていました、ね」

「何?」


 男は部屋の主に体を向け、彼のすような視線を笑顔のままで受け止める。


「あなた、まえに、ファガード……ああ、やどね。やどで、へやのなか、はなし、きいていましたね。こっそりと・・・・・

「……」

「スコラートでも……ああ、がっこう、いいましたね。がっこうでも、あなた、はなし、きいていました。バーナ……ふろの、ところ」

「……」

「わたしの、あー、ハーブル……なかま、あなた、みていました」


 部屋の主の顔が、少しあおざめている。

 男をつらぬくかのような目が、更に細くなった。


「何の話だね」

「あなた、しりたい。しょーごのはなし、なにか」

「……」

「わたし、こっそりと・・・・・、なく、はなします。しょーごのはなし、ぜんぶは、しりません。しかし、なまえ、よん、ききました」


 男が、日本人の名前・・・・・・を並べ始める。


 そして、三つ目のそれを彼が口にした時、部屋のあるじの顔が驚愕きょうがくまった。


何故なぜ、その名を……」


 うめくようにつぶやく男の顔を見て、訪問者は満足そうにうなずいた。


 そして次に彼が四つ目の名前を伝えると、部屋の主はとうとう片膝かたひざを折り、その表情は衝撃しょうげき――あるいは恐怖――に引きゆがんだ。


「……私を脅迫きょうはくする気かね」

「きょう、はく? わからない。おしえる、ほしい」


 男がぽかんとした表情で首をかしげる。


「おどす、と言うことだ」

「おどす……おどす、わからない。しかし、わたし、あなた、きょうりょく、ほしい。それだけ」

「……」


 部屋の主は数回深呼吸をすると、何とか姿勢を立て直した。


 しばらく何事かを考えている様子の彼を、男はじっと見たまま待っていた。


「どうやらじっくりと話を聞く必要がありそうだな」


 部屋の主はそう言って、備え付けの椅子を男にすすめた。


「とりあえずあなたの名前を、フルネームで聞いておこうか」

「ふるねーむ?」


「……私はかがみ、鏡龍之介りゅうのすけだ。あなたは?」


「ああ、わかりました。わたしのなまえは、ヘルマイア。ヘルマイア・オズワルコス、いいます」

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