第六章 第21話 星祭り 第二日目 ―1―

   星祭りアステロマ 第二日目ウスガディーナ ―1―


   魔神まじん誕生たんじょう――ネージェ・ノヴォギィナ


 望星教エクリーゼ聖典アスキュラータより。

 

 ――戦いの結末は、意外に早くおとずれました。

 ――割れてしょうじた地の深き穴に、叛徒はんとアルディスが眷属けんぞくと共にちていったのです。

 ――主神ギードスは御力おちからふるい、巨大な穴をふさぎました。

 ――のちになってそのあと内海エクォーゼが生まれたと言われています。

 ――暗黒の世界に墜ちたアルディスは、その魔界の王になったとも魔神まじんになったとも伝えられています。

 ――熾烈しれつな戦いによってギードスとウーティアは大層たいそうな怪我をいました。

 ――そしてその傷をいやすため神のくらをおりになり、何処いずこかへお隠れになったのです。


    ◇


「あれ……?」


 町がだんだん近づいてくる。


 星祭りって聞いてたから、キラキラした電飾でんしょくみたいなのとか、もしかして魔法ギームか何かを使った、とにかくきらびやかな街並みを私は勝手に想像してたんだけど……。


「ねえねえ、何か様子が変じゃない?」


 私――山吹やまぶき葉澄はずみ――は馬車に同乗している二人に話しかけた。

 御門みかどさんは一度ここに来て様子を知っているし、瓜生うりゅうさんは……まあ何となく。


「んー、何かお祭りって割に静か、かな?」

「僕は初めてだからよく分からないけど、何となく人通りが少ないように見えるね」


 私たちの乗る馬車は一号車。

 二号車に花園はなぞのさん、不破ふわさん、椎奈しいなさんが。

 三号車に加藤かとうさん、諏訪すわさん、天方あまかた君が乗っている。


「ねー、山吹せんせー」

「ん? 何?」

「せんせーはどっちに泊まるの?」


 今回の訪問では、宿泊先が代官屋敷だいかんやしき山風さんぷう亭の二ヶ所になっているのだけれど、初めての人は、ほとんどお屋敷の方に泊まりたがってるのだ。


 それも無理ないなあと思う。


 だから、私みたいに一回以上来ている人たちは、なるべく山風亭を選んだ。

 御門さんも天方君もそう。


 特に外交班のメンバーは、会話的に多少のアドバンテージがあるから。


「私もリィナちゃんのとこだよ。御門さんたちと一緒だね」

「そっか。じゃあ、一、二……五人か」


 かぞえている最中さいちゅうにちょっとだけ微妙な表情になったのは、やっぱり天方君のことがあるからだろうか。


 と言っても、御門さんが取り乱していたのはあの、図書コーナーでの出来事の時だけ。


 きっと胸の内にはいろんな思いがあるんだろうけど、毎日の仕事で彼女がそれを表に出すことは今のところない。


 私の見ている限りでは、三人の間に会話は全くないと思う。

 それでも一生懸命仕事に打ち込む姿が、あまりに健気けなげでちょっとだけ涙を誘うのだ。


 ――代官屋敷が近付いてきた。


 門のところで、御者ぎょしゃさんが衛士えいしらしき人と何か言葉を交わしているのが聞こえる。

 瓜生さんが「おお……」と、溜息ためいきらしている。

 多分感動しているんだろう。

 私もそうだった。

 何と言うか、西洋が舞台のお伽話とぎばなしとか映画の登場人物になったような気がするのだ。


「あれ、確かレオさんって人だよ」

 御門さんが得意げに言う。


「へー、話したことあるの?」

「うん。あとね、えーと……リオンだかリアンだかって人もいた」

「そうなんだ」


 コミュニケーション能力が高い御門さんらしいと思った。


 ――黒瀬さんにはうに見透みすかされてるけど、私はどちらかと言えば早見さんに近いタイプの人間だ。


 人見知りとまではいかなくても、必要以上の情報を他人に与えるのがとても怖い。


 多分そのせいで、昨年度は同じ学年部だった八乙女さんに、一歩引いた態度を取られていたのを私は自覚してる。


 だから、御門さんみたいに相手のふところにぽんと入り込める人のことを、うらやましく感じるところがあるのだ。


 ――馬車が止まる。


 代官屋敷に泊まる瓜生さんが、「じゃお先に」と一人で下りていった。


 窓越しに、玄関で迎える女性が見えた。

 確か……ヴィルテクラーラさんだったかな。


「いらっしゃいませ、みなさま」

(えっ!?)


 今、確かに「いらっしゃいませ」って。

 ヴィルテクラーラさんが優雅ゆうがにお辞儀じぎをした後に、言った。


「御門さん、聞いた?」

「? 何が?」

「あの女性が、日本語で『いらっしゃいませ』って言ったのよ」

「あたし、気付かなかったけど……八乙女せんせーあたりが教えたとか?」

「そうなのかな……」


 まあ有り得ない話でもないか。


 八乙女さんなら昨日会ってるだろうし、あの人は最近、エレディール語がめきめき上手くなってるし。


 ……やっぱり「精神感応テレパシー」が出来ると違うんだろうな。


 私は何故なぜか、自分が魔法ギームを使えないことに不思議と納得してるから、練習なんかほとんどしていないんだけど、あの人の上達ぶりを見るとちょっとだけうらやましくなる。


 ガチャリ、と馬車の扉がひらいた。


 向かい合わせに座っている御門さんの表情がさっと強張こわばる。

 見ると――天方君がゆっくりと乗り込んできたのだ。


 天方君は無表情で私と御門さんを交互に見る。


 どちらの横に座るべきか――とでも考えたのだろうか、一瞬迷うような素振そぶりを見せてから、彼は黙って私の横に腰かけた。


「天方君もこっちなのね」

「はい……」


 天方君は正面を見たままうなずいた。

 御門さんは窓の外に目を向けている。


 ちょっとびっくりしたけど、言われてみれば山風さんぷう亭に泊まるのはこの三人なんだから、彼が乗り込んでくるのも当たり前だった。


 当たり前なんだけど……どうしよう、この空気。


 あんまり私が気にし過ぎると、余計に気をつかわせちゃいそうだし……。


 天方君の向こう側の窓の外で、花園先生たちが手を振っている。

 御者さんが何か言うと、ガタリと揺れて馬車が動き出した。


 私は外のみんなに手を振り返す。

 天方君は、頭を軽く下げた。

 御門さんは、反対側の窓を凝視ぎょうししたまま微動びどうだにしない。


 ――結局、山風さんぷう亭に着くまで、私たちはただの一言ひとことも言葉をわすことはなかった。

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