第六章 第19話 星祭り 第一日目 ―1―

   星祭りアステロマ 第一日目イシガディーナ ―1―


   ふる神々かみがみ闘争とうそう――ヴァルカ・ノヴィナ・ステーラ


 望星教エクリーゼ聖典アスキュラータより。

 

 ――はるいにしえの時、創世神そうせいしん様が御座おわしました。

 ――その方の偉大なお名前は、伝えられていません。

 ――創世神様は、天空と大地と、生きとし生けるもの全てをおつくりになりました。

 ――創世神様はひと通り世界をお創りになった後、元の御座ぎょざ還幸かんこうされました。

 ――その際、天使ジェル―ア様を通じて私たちにそのたっと御業みわざの一部を、つの神器じんぎと共にさずけてくださいました。

 ――神器を手にされたお方は、この世界における神格しんかくを与えられました。

 ――そして、この世界は「祖の地アリウス」と名付けられました。

 ――その神の末裔まつえいたる三柱みはしらふるき神々。

 ――主神ギードス。

 ――ギードスの娘、ウーティア。

 ――この二柱ふたはしらの神に対して、別の神であるアルディスがある時、叛乱はんらんを起こしました。

 ――アルディスには配下はいかの下級神たちが、ギードスたちにはそれ以外の神々が味方につきました。

 ――その戦いはすさまじく、あめつちるほどだったと言います。


    ◇


「マジで!?」


 星祭ほしまつりの第一日目。

 例によってリューグラムさんたち手配の馬車で、俺たちはザハドの町に到着した。


 東の森――どうやらザハドの人たちは西の森シルヴェス・ルウェスと呼んでいるらしい――は、俺たちへの定期便が始まった頃から道が整備され始めている。


 正確な距離きょりは分からないけれど、現時点で森の結構深いところまで馬車が入ってこられるようになっていて驚いた。


 第一陣のメンバーは、俺――八乙女涼介りょうすけ――以外にたちばな教頭先生、かがみ先生、壬生みぶ先生、如月きさらぎ先生、純一じゅんいちさん、秋月あきづき先生、上野原うえのはらさん、神代かみしろ君の合計九名だ。


 俺と純一さん以外は、代官屋敷だいかんやしきに宿泊することになっている。


 神代君が通訳係になってはいるけど、今回はお偉方えらがたとの会食とかは一切なく、純粋に宿泊施設として代官屋敷に逗留とうりゅうする予定だから、った話になることもない。


 多分、大丈夫だろう。


 馬車はまず代官屋敷に到着。


 入り口で迎えてくれた侍女ハシュメアのクララさんから挨拶サルヴェティートと一緒に、星祭りの間の軍資金ぐんしきんを頂いた。

 その時に彼女から受けた説明へのリアクションが、冒頭ぼうとうの俺の叫びである。


「八乙女さん、どうしたんですか?」


 教頭先生が怪訝けげんな顔でたずねてきた。

 他のみんなも目を丸くしている。

 クララさんは平然としてるけど、「マジで」の意味が分からないんだよなきっと。


「あ、いや、すいません。ちょっと驚いたもんで……」

「どうかしたんですか?」


 んー、どう説明したものか……と思ったが、そのまま伝えるしかない。

 下手へた胡麻化ごまかしても、何の意味もないしな。


「えーっと、こっちに来る前に星祭りについては説明しましたよね。神話の頃の出来事を五日間かけてなぞっていくものだって」

「ええ」

「で、今日はその第一日目なわけですが、端的たんてきに言って二つのポイントがあります。一つ目は、今日一日、町ではお互いに水を掛け合うんだそうです」

「……は?」


 いつも冷静な教頭先生が、口をあんぐり開けている。

 ま、そうなるよな。

 星祭りって名称と水かけに、イメージが全然つながらないし。


「それはあれか? 通行人が水をぶっかけ合うってことなのか?」

 鏡先生はあきれた顔をしている。


「そういう意味だと思いますよ。ちなみに六時鐘ろくじしょうのティリヌスまで続くそうです」

「ティ、何だって?」

「午後五時のことです。大きなかねが六回と、小さいのが二回鳴ったら終わりみたいですね」

「マジか!」


 鏡先生がマジとか言うの、初めて聞いたな。

 言いたくなるよな。


「タイにそんなようなお祭り、ありませんでしたっけ?」

 上野原さんのつぶやきに、俺は同意する。


「ソンクラーンだろ? あれは水を掛けるのは敬意のあらわれらしいけど、こっちのは神様がバトルして混乱しまくってる様子に見立ててるんだと」

「はえー」

「文化が違うと面白いわねー」


 如月先生がうんうんとうなずいてるが……分かってんのかな。


「そういうわけなので、水を掛けられたくなければ外出はおすすめできません。水着とか持ってきてませんよね?」

「それじゃあ我々は、この屋敷から出られないってことですか?」


 壬生先生が不満気ふまんげにしているが正直、俺に言われてもなあ……。


 でもまあ、ここはちょっとリィナに文句の一つも言ってやりたいところではある。

 この水掛けのことぐらいは事前に教えてくれててもいいじゃないかと。


「それと、もう一つあるんですよ。今日の食事はお昼ご飯だけだそうです」

「えーーっ!!」

「マジで!?」


 阿鼻叫喚あびきょうかん、とまではいかないが、皆さんなかなかに絶望的な表情をしている。

 さっきから変な声ばっかり上がってるから、ちょっと周りの人目が気になってきた。


「どういうこと? 八乙女さん。私、このお屋敷での食事すごく楽しみにしてたのに……」


 如月先生が泣きそうだ。

 秋月先生……この人のこんなほうけた顔は初めて見るな。


「儀式の由来はちょっとよく分かりませんが、星祭りの第一日目は昼に一度だけ、半分に割ったパンとトマト風の真っ赤な野菜スープのみを食べることになってるらしいですね」

「そんな……」


 主に女性陣のなげきっぷりがすごい。


 ちなみにだが、俺がここまで星祭りのことを細かく理解できているのは、決して俺の語学スキルが高いせいじゃない。


 もちろんそっちも日々頑張ってみがいてはいるけど、今回の場合はクララさんにちゃんと許可を得た上で、精神感応せいしんかんのうを使っているのだ。


 おかげで言葉とジェスチャーだけじゃとても聞き取れなさそうな表現や概念がいねんを、割と正確に把握はあくできるようになった。


 そのクララさんが微妙に困った顔をしている。

 そろそろ助け船を出すか。


「でも、ここに泊まる人たちは安心してください。お客さんにはちゃんと、夕食も朝食も用意してくれるそうですから」

「ほんとーっ!?」

「マジ!? マジ!?」


 女性四人が飛び上がって喜んでる。


 まあ気持ちはよく分かるから、野暮やぼなツッコミはやめておこう。


 これならたとえ屋敷から出られなくても、今日一日くらいは敷地内の散策さんさく探索たんさくだけで十分楽しめるだろう。


「町に出たらそうはいかないみたいですから、俺と純一さんは我慢ですね」

「一食や二食抜いたって死ぬこたあないでしょうから、大丈夫ですよ」


 純一さんは、大して気にしてないみたいだ。


 ただ、水をかけられるのは何とかしないとまずいな……。


 馬車は一台、門の外で待ってくれている。


 俺と純一さんを広場まで送ってくれるらしいんだけど、リィナの宿屋とこに横付けしてもらえるよう、交渉してみるか。

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