第六章 第18話 エレディールの暦

 午後の仕事が終わった、午後三時過ぎ。

 そして、今日は三月二十九日。


 もちろん俺たちのこよみの上では、だが。


 エレディールでは、今のつき――こちらではせつと呼ぶ――を、フラステルナというらしい。


 フラステ流星のセルナちぢまったものだと言う。


 こちらの暦法れきほうによれば、「流星の節フラステルナ」は一年で最後のせつであり、俺たちの使っていたグレゴリオれきで言うところの十二月に当たる。


 ――「言語教室」で、暦法については粗方あらかた聞いたつもりだったけど、そう言えばこよみの名称については確かめてなかった。


 機会があったら、聞いてみよう。


 まあともかく、エレディールでは一年を十二のせつと五日間に分けているということだ。

 三十日×かける十二節に、プラス五日間で三百六十五日。


 地球の公転周期が元になってるらしいところは、同じだな。


 閏年うるうどしの概念については未確認。


 現時点で、日本は三月でこちらは十二月というふうに、三ヶ月以上もずれているのは基準になる日が違うからだろうけど、恐らくこっちでは春分の日あたりが一年の始まりになっている気がする。


 ――となると、再びこの世界が地球である可能性が濃厚になる。


 惑星の大気組成そせいが同じで、重力も恐らく変わらない。

 見えてる星座も一緒。

 ISS国際宇宙ステーションまでまわってて、更に公転周期まで同一と来たら――地球だろ。


 ただなあ……分かってるさ。


 それじゃあ魔法ギームは? だろ?

 こいつの存在を説明できない限り、やっぱり地球だと断言できないんだよ……。


 まあ、それはいいや。

 今は暦法の話だ。


 突然、こよみの話なんかを始めたのは、明日から「星祭りアステロマ」が始まるからだ。


 こちらエレディールでは、一年最後の節が終わった後、何節なにせつでもない「五日間」が存在する。

 その期間をして「星祭ほしまつり」と言うのだそうだ。

 さしずめ「五日間しかない星祭り月」ってところか。


 星祭りについては宗教的な概念がいねんとか、説明されてもよく分からない事柄ことがらばかりで、理解しきれていない部分が多々たたある。


 簡単に言えばその五日間は、はるか昔にエレディールがある出来事で一旦いったん壊滅かいめつ状態におちいり、そこから再生していったという歴史をなぞるもの、らしい。


 で、大き目の町や都市で、一斉いっせいに行われる祭りなんだそうだ。


 この辺じゃあ、ここザハドとか、リューグラム領都ピケという領主がいるところがそう。


 広大な畑や牧草地が広がっていた隣町のイストークではおこなわず、参加したい人はザハドまで出てくるという話だ。


 ――その星祭りに、俺たちもまねかれている。


 一月ひとつきほど前にあった学校訪問の時に、リューグラムさんから是非ぜひ来て欲しいと言われたのだ。


 ただ、二十三人全員が一斉いっせいに移動するのはちょっと無理があるし、何人かは参加を辞退じたいしているので、一日目に九人、二日目にもう九人というふうに分かれて参加することになった。


 ちなみに参加を辞退したのは校長先生。


 相変わらず体調が思わしくないからだ。

 で、看護かんご係として黒瀬くろせ先生も残る。


 あとは、澪羽みはねも黒瀬先生を手伝うと言って残留ざんりゅう


 久我くが母子おやこも理由は分からないが、行かないと言う。


 特に英美里えみりさんは、まだ一度もザハドへ行ったことがないのだけれど、本人はそれでもいい、と言うことで、五人ほど学校で留守番となった。


 ――一週間ほど前にあった、芽衣めい天方あまかた君と神代かみしろ君ら三人の騒動そうどうは、あれから事態じたいに大きな動きはない。


 天方君と二人の間に、俺の知る限り会話は一切いっさい発生してないと思う。


 だからと言って芽衣は神代君と話すでもなく、単独で仕事に打ち込んでいるように見える。


 神代君も同様で、天方君は言わずもがな。

 要するに三人はバラバラってことだ。


 今のところ、三人から何か相談されるようなこともないし、多分俺たちがしてやれるのは普段通りせっすることぐらいだろう。


 芽衣については澪羽との関係もあるから、俺としては結構心配している。


 天方君とのことが、もしかして澪羽とのわだかまりを払拭ふっしょくしてくれるかと期待もしたが、そう単純にもいかないらしい。


 その澪羽も、淡々たんたんと保健衛生班としての仕事を日々ひびこなしている。


 食事の支度したくを手伝うことも多いようだが、同じように手伝う芽衣と鉢合はちあわせても、会話は特にないと不破ふわ先生から聞いた。


 子どもたちの関係がここに来てぎくしゃくしていることに、俺のみならず他の先生たちも心を痛めているのだけれど、幸いなのは彼ら四人がからこもったりせず、今のところ俺たちとの対話チャンネルをけてくれているということだ。


 それだけでも、少しは安心できる。


 澪羽は、例の精神感応テレパシー瑠奈るなともよく話しているらしい。


 精神感応でだと、澪羽は俺とはあんまり話してくれない……っていやいや、まあ普通に口頭こうとうでは会話してくれるからいいんだけど、何となく疎外そがい感をおぼえる。


 それに、よく考えれば三十代なかばのおっさんと高校一年の女子が、精神感応で一体何を話すんだというちょっとキモい問題もある。


 ここで多くを望むのは無粋ぶすいってものだな。


 そんなわけで、ザハドに向かう面々は明日のための準備に追われているところだ。


 と言っても、忙しそうにしているのはおもに女性陣だな。

 特に、まだ行ったことのない花園はなぞの先生とかが異常に張り切っているらしい。


 今回から、訪問するのにいちいちお土産みやげらないと言われている。

 フリ・・じゃないだろうなと重ねて確かめたが、本当に不要らしい。


 その分、こっちが学校に帰る時のお土産もないんだろうが、すでに定期便で大量の物資を提供されているんだから、文句などあろうはずがない。


 なので、余計に準備するものがないのだ。


 ただ、星祭りの概要がいようは聞いていても、細かな内容とかは「秘密イロス」だとリィナに言われたので、何も分かってない。

 来てみてのお楽しみ、というやつなのだろうが、若干じゃっかん心配ではある。


 ――そう言えば、今回の宿泊先は代官屋敷セラウィス・ユーレジア山風亭ファグナピュロスの二ヶ所に分かれることに決まっている。


 理由ははっきり聞いてないけど、人数の関係じゃないだろうか。


 代官屋敷はざっと見ても、二十人やそこらの客室くらい用意できそうではあっても、もしかしたら他の客もいるかも知れないし……何しろ祭りだからね。


 それでも初訪問組はほとんど屋敷を希望しているから、大分だいぶかたよりがある。

 ま、了承りょうしょうはちゃんと得られてるから、大丈夫だろう。


 そうそう。


 ずっと分からなかった「セラウィス・ユーレジア」という言葉の翻訳ほんやくがやっと出来た。


 前回会ったギルベール・シャルナド・ラマファールという人が、リューグラムさんの代わりにザハドを治めている人、つまりは代官だいかんだ。


 で、領主ゼーレであるリューグラムさんが住まうのが、ピケにあるゼーレ・ユーレジアなのだから、ユーレジアは屋敷やしきとか邸宅ていたくみたいなでかい家と考えられる。


 結論として、代官様のお屋敷――代官屋敷だいかんやしきやくそうとなったのだ。


 俺はもちろん代官屋敷ではなく、リィナのとこの宿屋に泊まるつもりだ。

 根が貧乏性びんぼうしょうなせいか、あんまり広い部屋だと何となく落ち着かないからね。


 ――さてと。


 今日の湯殿ゆどの当番は俺と神代君なのだ。


 さりなくはげましながら、頑張ってこよう。

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