第六章 第17話 憂い

 御門みかど芽衣めい天方あまかた聖斗せいと神代かみしろ朝陽あさひ


 図書コーナーで勃発ぼっぱつした三人の修羅場。


 少しヒートアップし過ぎか? と思った俺は、さながらレフェリーのよう介入。

 注意事項を言い渡してから、再び、ファイッ!


    ☆


 ――しかし三人とも、さっきの俺の介入で毒気どくけを抜かれたのか、黙ったまま棒立ちだ。


 多分芽衣あたりが改めて口火くちびを切るだろうけど、俺は聖斗が口にした「ちょうどいいし」という台詞せりふが少し気になっていた。


 俺としては口ごもった様子の聖斗をおもんばかって声を掛けたつもりだったのが、彼にとってはそうじゃなかったらしい。


 正当性をアピールしたいのか、俺たちを何かの証人にしたいのか、とにかく何かを聞かせたいわけだ。


 とりあえずは、推移すいいを見守ろう。


「それで? 聖斗。ちょうどいいとか言って、やっぱり何か言いたいことがあるみたいだけどさ。まずはあたしたちを無視する理由から言いなさいよね」


 そう言われた天方君は「きっ」と芽衣をにらみつけるが、すぐに目をらす。


 しかし、ただの一瞬でもにらみつけられた芽衣は、怒りよりも戸惑とまどいや恐怖が先に立ったのか、

「ちょ……マジで一体何なの? あたし、あんたに何かした……?」


 とうめくと、顔色がんしょくを失って一歩下がった。


 芽衣のやつは、本当に、何も気付いていないのだ。

 それはある意味、無関心と同義どうぎ


 もちろん芽衣にとって、四歳年下の小学生の男児など、仮に彼女の恋愛の土俵どひょうはなから乗っていなかったとしても無理からぬことだろう。


 もし俺が天方君の立場だったとして、好きな女の子に「二度と関わるな」なんて言うとしたら、どういう気持ちからのことなのか。


 しかも、その女の子の気持ちが――本当のところはどうであれ――自分の親友の方に向いていると感じてしまったら。


 あくまで俺の推測に過ぎないけど、どちらも自分から遠ざけたくなる気持ちはよく分かる気がする。


 ――ちなみに、ちまたでよく言われる「好きの反対は無関心」って説に、俺は反対の立場だ。


 俺が思うに、「好き」の反対はあくまで「嫌い」であり、無関心ってのは、好悪こうおのステージにすら乗っていない状態だと思ってる。


 例えるなら、ボクシングでも何でもいいけど、中央のリングの赤コーナーが「好き」、青コーナーが「嫌い」で、観客席が「無関心」って感じだろうか。


 まあ言葉の定義の問題だろうから、俺の考えでは、ってことで。


「先に言っておくよ。御門さん・・・・

「!」

 天方君の言葉に、今度こそ芽衣の表情は驚愕きょうがく狼狽ろうばいまった。


「俺は……どんなにせっつかれても、理由は言わねえ。言う気はねえ」

「聖斗……どうして……」

「一つだけ言うとしたら、別に御門みかどさんは何も悪くねえってことか。俺の問題だから」

「……う……あ……」


 普段なら立ていたに水のごとしゃべりっぷりの芽衣が、今にも泣きそうな表情でまともに話せないでいる。


 天方君の名字みょうじ呼びが相当ショックだったのか。


「それと……朝陽」

「な、何?」


 突然矛先ほこさきを向けられた神代君は、それでも芽衣に比べれば少しは落ち着いているようだ。


「お前もな……別に悪くねえよ」

「え……?」

「でも、これ以上お前たちと一緒にいると、ダメなんだよ。俺がダメになる」

「ダ、ダメにって、どういうこと?」

「だから、頼むから俺に近づくな。そんだけだ」

「あ……え……」


 到底とうてい承服しょうふくできないという顔で、必死に神代君があらがおうとする。


「せ、聖斗、もっとちゃんと説明してよ」

「……」

「そんなんじゃ僕、納得できないよ!」

「……お前は、満足だろうな」

「え?」


 天方君が神代君の眼を見据みすええて言った。


「このへんてこりんな世界せかいに来て、いじめからは逃げられたし、魔法ギームなんてすげえ力も身に付けたし。でもな、よく思い出してみろよ」

「……」

「そもそも何で俺たちは、こんな世界とこに来ることになったんだ?」


 ちょっと待て。

 いじめ?

 それに……この二人が、転移した理由?


 そう言えば、と俺は思い出す。


 あれは――八か月以上前、こっちに転移してくる直前。


 ちょうど職員会議が始まろうと言う時に、天方あまかた君と神代かみしろ君は突然、職員室に入ってきたのだ。

 本当なら児童は全員、集団下校しているはずだった。


 確か……何か聞いてもらいたいことがあって、直接職員室に突撃とつげきしたみたいな、そんな感じだったと思う。


 直後に転移が起こって正直それどころじゃなくなったから、その二人がうったえたかったことが結局何なのか、有耶無耶うやむやになってしまっていたが……。


「場合によったら、何も解決してないのかも知れないぜ?」

「……」

「……まあいいよ。それは今回のこととは関係ねえし。ちょっと言ってみたくなっただけだから」

「なに? ……二人とも、何の話をしてんのよ……?」


 呆然ぼうぜんとしていた芽衣がようやくおろおろと口を開く。


 しかし、天方君はそれに全く取り合おうとせず、「じゃ、そういうことだから」と言い残して、俺の方に歩いてきた。


「八乙女先生」

「ん?」

「ちょっと一人になりたいんで、お昼まで休憩きゅうけいください」

「……そうか、分かった。どこ行くか知らないけど、気を付けてな」

「はい」


 そう言って、天方君は静かに図書コーナーを出て行った。

 芽衣と神代君は、無言のまま立ち尽くしている。


 上野原さんが小声こごえで話しかけてきた。


「八乙女先生、結局どういうことなんですかね。それに……いじめがどうとか言ってませんでしたか?」


「うん……話の流れからすると、転移前に神代君がいじめにっていたってことなんだろうけど……恥ずかしながら、俺は全く知らなかったよ」


 生徒指導主任としては情けないことではある。


 ただ、言い訳をするわけじゃないが、どれほどアンテナを高く広く張りめぐらせていたとしても、担任を持つ俺一人で全てのいじめの兆候ちょうこうや事実を把握することなど不可能に決まってる。


 そのために、全教職員で普段から情報共有を心掛けているのだから。


「それに、もう一つ気になることが」

 と、山吹先生。


「転移していじめから逃げられたって言うのは何となく分かるんですけど、何も解決してないかもって……どういう意味なのかしらね」


「んー……それがいじめのことを言ってるのかどうかは……。そもそも二人が職員室に相談に来た理由が何だったのか、まだ分からないからね」


「本人に聞ければいいんですけど、ね……」


 二人の方を見遣みやる。


 芽衣は手近てぢか椅子いすに座り、してしまった。

 神代君は青い顔で立ったままだ。


 俺は立ち上がり、二人に近づいて声を掛けた。


「芽衣、神代君。二人ともいろいろ思うところもあるだろうから、今日の仕事は終わりにしときなよ。俺たちは続けてるから、気をまぎらわせるためってんなら手伝ってくれてもいいけど、その辺はまかせるから無理しなくていい」


 芽衣は何も答えない。

 神代君は小さくうなずいた。


「あれこれと彼を問いただしたい気持ちもあるだろうけどさ、あの様子だとしばらくほうっておいてやった方がいい。お前たちも今はあんまり思い詰めるな。誰でもいい、話してちっとでも楽になるなら、そうするんだ。な?」


 芽衣は突っ伏したまま。

 神代君は、もう一度わずかに首をたてに動かした。


 ――いつか、セラウィス・ユーレジアでリッカ先生に魔法ギームを習った時に感じた、漠然ばくぜんとした不安。


 三人の不和ふわの原因はどうも他にもありそうだけれど、きっかけが魔法にもあることは疑いようもない。


(これだけで済めば、まだましなのかも知れない)


 一度き上がったうれいは、いまだ消えず。

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