第六章 第16話 衝突2

(修羅場だな……)


 俺の目の前で繰り広げられてるこれ・・は。


 山吹やまぶき先生も上野原うえのはらさんも、何も言えずにただ眼前がんぜんの光景を見つめるだけ。

 純一じゅんいちさんもだ。


 瑠奈るなは、そこに自分の父親がいるってのに何故かぜか俺の隣りに来て、服のすそつかんでいる。


 ――と言っても、誰もめに入らないのは俺がそうするように頼んだからだ。


 どのみち、あそこまで悪くなった空気は生半可なまはんかなことじゃ変えられないし、分からないことがあるのなら、少なくともあの三人の間では共有させるべきだと思った。


 先に進むのは、それからだと。


「言いたいことがあるんなら、言えばいいじゃない!」

「別に……ねえよ」

「うそ! 何か気に食わないことがあるんでしょ!?」

「……」

朝陽あさひ、あんたも言ってやりなさいよ。あんたも分かんないんでしょ? 聖斗せいとが何でこんなに態度が悪いのか」


 最初は芽衣めいもここまで激しい口調くちょうじゃあなかった。


 朝陽を連れて戻って来るやいなや、作業をしている聖斗の横に立ち、遠慮がちとも言える調子で彼に声を掛けたのだ。


 その呼びかけの一切を無視して、聖斗は黙々と作業をしていた。


 具体的には画用紙に人間の全身図をき、細かな部位一つひとつの名称をエレディール共通文字で書き、カタカナによる読み方をえていく仕事だ。


 単純作業に思えるかも知れないが、これがなかなか大変なのだ。


 何しろ、このエレディール共通文字ってやつが非常に厄介やっかい


 リィナに頼んで、スコラート学舎で使っていたテキストらしきものを持ってきてもらい、それを元に俺たち全員で書き取り練習のようなことをしている。


 少しずつ慣れてきているとは言え、お馴染なじみのアルファベットとは似ても似つかぬ文字に苦戦をいられているのだ。


 まあそんな感じで、エレファベット――エレ・・ディール共通語のアルファベット・・・・・――のひょうにらめっこしながら悪戦苦闘している聖斗を、芽衣が無理やり立ち上がらせたのだ。


 ちなみに芽衣の身長は椎奈先生より少しだけ小さいくらいだ。

 百六十そこそこってところだろう。


 一方、聖斗は黒瀬先生とどっこいどっこいだから、百五十センチ台なかばってところか。


 聖斗はそんな強硬きょうこう手段に出られることも想定済みだったのか、無理やり立たされても顔色一つ変えない。


 少なくとも、力で対抗しようとする気はなさそうだった。


「いや……僕は……」

 口ごもる朝陽を、芽衣はどやしつける。


「しっかりしなさいよ! あんたあんなに顔色悪くして悩んでたじゃない。あんなに一生懸命聖斗のためにあれこれ頑張ってたじゃないのよ!」


 芽衣の台詞せりふに、微妙に表情をゆがめる聖斗。

 彼の心中しんちゅうが何となくさっせられて、俺は少し胸が痛くなった。


 そこに、おずおずと朝陽が口を開いた。


「ねえ、聖斗。本当にごめん。でも僕、どうして聖斗がそこまで怒ってるのか、どうしても分からないんだ。関わるなって言うんなら、そうする。だけど理由は……教えて欲しいよ」


「あんた、あたしにもそう伝えろって言ったんだって? どうして? 何で? 理由を言いなさいよ!」


 ……やっぱり、山吹先生が報告してくれた出来事のあとにも、何かあったんだな。

 しかし、理由も言わずに関わるな――とは。


 聖斗は黙ったままだ。


 何となく迷ってるふうにも見えるが……。

 別室で三人だけにした方がいいのかも知れない。


 と思ってたら山吹先生が、


「八乙女さん、こんなみんなが見てる場所だと……」

「うん、今俺もちょうどおんなじことを考えてた」


 俺は立ち上がり、すそにぎる瑠奈に「ちょっとごめんな」と言って、三人のところへ向かった。


「なあ、ここだと人目があって、言いたいことも言いにくいかも知れないから、場所を変えた方がよくないか?」

「……あたしは別に、どっちでもいいけど」

「……」

「……いや、俺は別にここでかまわないです」


 あれ、意外だな。


「そうか、それとも俺たちが他に行こうか? お前たちも作業どころじゃないだろうし」

「あたしはどっちでもいい」

「……」

「いてくれて構いません。ちょうどいいし」

「はあ? ちょうどいいってどういう――」


「分かった分かった。それじゃあ俺たちは引き続き、作業しつつ聞いてることにするよ。事情は今一つよく分からないけど、お前たちはまず、言いたいことをちゃんと言い合った方がいい。よっぽどのことがなければ口ははさまないから、遠慮えんりょなくやれ。ファイッ!」


 そう言って腕をクロスさせると、俺は元の席に戻った。


「ちょっと八乙女先生、『ファイッ!』って何ですかもう」

「え、ダメ?」

あおってどうするのって話ですよ、八乙女さんはもう」


 女性二人にもうと言われた。


「でも、確かに第二ラウンド開始って感じですよね~」

 と、呑気のんきに純一さん。


 瑠奈が自分の椅子いすをんしょんしょと持ってきて俺の横に置くと、ちょんと座ってすそにぎる。

 それに気付いた純一さんが、俺に微妙な視線を投げかけてくる。

 お蔭で俺も何だか居心地がよくない。


 ――瑠奈るなが妙に俺になついているのは結構前からの事なんだけど、俺にはその理由がいまだによく分からない。


 こないだ、精神感応テレパシーが使えると分かった時に、その辺のことが聞けるかと思って瑠奈とも試してみた。


 でもこの子はどういうわけか、俺からの「ノック」に応じない。


 つながらないわけじゃあないと思う。

 ノックすると、首をふるふる振って拒否するのだ。


 嫌がるものを無理強むりじいするわけにもいかないから、その時は解放リリーズした。


 もしかして何らかの理由で嫌われでもしたか、と思ったけど、今の彼女の様子を見るとそういうわけでもないらしい。


 で、三人の方はどうかと言うと――

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