第六章 第15話 困惑

 そしてその日の午前中、外交班の作業場所である図書コーナーにて。

 聖斗せいと朝陽あさひ、二人の様子は誰が見ても明らかにおかしかった。


 とにかく、会話が一切ない。

 作業場所も遠く離れている。


 態度としては聖斗は一見いっけん、いつも通りのように思える。

 分からないことは普通に質問してくるし、バリバリと作業をしてもいる。


 ただし、朝陽との会話は明確に拒絶きょぜつしている。

 そして芽衣めいとも。


 一方、朝陽の方は可哀想なくらい動揺どうようしているのが見て取れる。

 終始しゅうしうつむき加減で、作業もほとんど進んでいない。

 聖斗とはもちろん、誰とも話をしようとしていないのだ。


 そして、芽衣は……。

 彼女も二人の様子に戸惑とまどっている。


 外交班の普段の雰囲気は、それほどかたいものではない。


 瑠奈が話さないのはいつも通りとして、芽衣たち三人は時々冗談を言い合ったり、軽く小突こづき合ったりして、言うなれば和気藹々あいあいとしていたのだ。


 それなのに今日の二人は、視線を合わせるどころか、作業場所からして離れてしまっている。

 そして何故なぜか、芽衣は涼介りょうすけたちともあまり目が合わない。

 積極的に視線をけているわけでもなさそうなので、受け答えはきちんとしているが、妙な違和感は残る。


 実のところ、芽衣には芽衣でかかえていることがあった。


 言うまでもなく、澪羽みはねとの関係である。

 涼介と話して読んでみる気になった澪羽からの手紙に、芽衣は自室で一人、目を通していた。


 そこには、芽衣の気持ちに気付かず無神経な行いをしたことへの謝罪しゃざいと、澪羽の本心、そして芽衣の許しを辛抱しんぼう強く待つこと、それまで自分から話しかけることはしないという意味の内容が、ごく短い文章でつづられていた。


 自分の心を激しくかき乱したことについて、芽衣はまだ澪羽を許すつもりはなかった。

 昨日も、澪羽とは挨拶あいさつすらわしていない。

 それでも、手紙を読み終えて、芽衣は自分の心が少しだけ軽くなっていることを認めた。


 そこに来て、今日のこの状態である。


 まさか自分の何気なにげない一言ひとこと引金トリガーになっているとは夢にも思わない彼女は、まずは様子の明らかにおかしい朝陽を、作業の合間に外へと連れ出した。


    ◇


朝陽あさひ、一体どういうことなの?」

「どういうって……何が?」


 外に引っ張ってこられた理由を朝陽は何となくさっしつつも、詰問きつもん口調の問いに問い返す。


「何って、決まってるでしょ? あんたと聖斗せいとのことよ」

「……」

「あんたたち、朝から一回も目を合わせないじゃない。ケンカでもしたの?」

「うん……そうみたい」

「はあ?」


 他人事ひとごとのように言う朝陽に、芽衣のボルテージが上がる。


「そうみたいって、どういうこと? 原因は何なの?」

「……分かんない」


 朝陽は、おとといのあの夜からずっと考え続けている。

 自分の何が悪かったのか。

 何が聖斗の逆鱗げきりんに触れたのか。


 可能な限り会話の詳細しょうさいを思い出しても、彼自身が口をすべらせたようなことはなかったように思える。


 ただ、聖斗が芽衣のことを好きなのかな、ということは朝陽も何となく分かっていたので、あの森の帰り道でのことが関係してるだろうとは推察すいさつしていた。


 それにしても、聖斗があそこまで怒るのを見たのは、初めてだった。


 これまでも何度か小さないさかいがなかったわけではないが、あそこまで拒絶きょぜつされるようなことはなかった。


 激発げきはつした怒りと言うより、静かに沸騰ふっとうしているような。

 それも熱いのではなくて、触れたらあっという間にこおり付きそうないかり。


 このまま問い詰めてもらちが明かないと感じた芽衣は、戦法を変えた。


「まあ、あんたたちだってケンカぐらいするだろうけど」

「ええ……それ、芽衣さんが言う?」


 ここ最近の芽衣と澪羽の様子を見ていれば、何かあったのだろうということぐらい朝陽でも容易よういに想像がつく。


 思わぬ反撃に、芽衣が若干ひるんだ。


「あ、あたしたちのことはいいの。関係ないでしょ?」

「それなら僕たちのことだって、芽衣さんには関係ないじゃん」

「関係あるわよ! 聖斗あいつったらあたしとも話そうとしないし。視線すら合わせないし」

「……」

「そのくせ、せんせーたちとは普通に話すって何? 明らかにあたしとあんたが原因だって言ってるようなもんじゃん」

「……」

「あんたが分からないってんなら、直接聞くよ。その方が手っ取り早いでしょ」


 朝陽はあわてた。

 火に油をそそぐ結果になる未来しか見えない。


「それは……やめといた方がいいよ」

「何で?」

「……言われたんだ。『金輪際こんりんざい、関わるな』って。芽衣さんにもそう伝えておけって」


 突然飛び出した強い言葉に、芽衣は一瞬鼻白はなじろむ。


「何それ……どういうこと? あたし、あいつに何かした?」


 芽衣は混乱していた。


 彼女を「芽衣ねえ」と素直に呼んで、なついてくれてると思っていた聖斗。

 好かれてこそすれ、まさか嫌われてるなどとは夢にも思っていなかった。


「あたし……確かめてくる……」


 そうつぶやくと、芽衣は昇降口しょうこうぐちに向かってふらりと歩き出した。


 止めようかどうか迷う朝陽。

 しかし、聖斗の心を知りたいのは、彼も同様だった。


 最悪の展開を予想しつつも、朝陽は芽衣のあとを追った。

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