第六章 第14話 聖斗の決意

八乙女やおとめさん、ちょっとお時間ありますか?」

「はい、大丈夫ですよー」


 今は朝ごはんを食べ終わって、班の仕事が始まるまでのちょっとした空白の時間帯だ。

 職員室の自席でのんびり準備をしていると、珍しいことに椎奈しいな先生が声を掛けてきた。


 椎奈先生とは別に仲が悪いってことはないんだけど、元々あんまり接点がなかったってのと、彼女は寡黙かもくと言うかストイックと言うか、普段からあんまりぺらぺらしゃべっている印象がないということもある。


 今は空手の練習でお世話になってて――まあ師匠みたいなものだから、転移前と比べれば会話をする機会も大分だいぶ増えたけどね。


 そんな椎奈先生が、空手の時間以外で話しかけてくるのはまあまあレアだ。

 何だろうと思っていると、


天方あまかた聖斗せいとのことなんですけどね」

「天方君ですか」

「八乙女さんのとこの班ですよね、彼は」

「そうです」


 この時点で、何となくいやーな予感がした。


 と言うのも、おととい言語教室から戻ってきた山吹やまぶき先生から、その天方君たちのことである報告を受けていたからだ。


 とりあえずは、話の先をうながしてみる。


「彼がどうかしたの?」

「まあ大したことじゃないような気もするんですけどね、一応確かめとこうと思いまして」

「と、言いますと?」


 一つ咳払せきばらいをしてから、椎奈先生は続けた。


「空手の練習を増やしたいって言われたんです。要するに毎日稽古けいこをしたいと」

「ふむふむ」

「私も新しく食料物資班になって、平日はそっちに忙殺ぼうさつされちゃうからちょっと難しいって答えたんです」

「なるほど」


 食料物資班は大人三人子ども二人体制から、大人六人にめでたく増員がなった。


 とは言え、朝昼晩二十三人分の仕込みと支度したく、片付けに加えて漬物つけものなんかの常備菜じょうびさいを作り始めたり、塩漬けや燻製くんせいとかの保存食づくりも進めたりと、なかなかの仕事量らしいのだ。


 しかも今までは、休日の食事は各自食べたい時に調理していたのが、アルファ米の備蓄びちく大分だいぶ減ってきたことで、平日のうちにあらかじめパンを焼いたり肉を切っておいたりしてくれるようになっている。


「そしたら彼は、平日でも一人で修行出来るやり方を教えて欲しいと」

「はー、よっぽどやりたいんだなあ……。まあ天方君は外交班の仕事にも精力的に取り組んでくれてるから、特に問題もないと思うけど」

「彼は真面目ですからね。私としてもそこまで言うならって感じで、一人でもこなせる練習メニューを教え始めてるんですが……」


 そう言えば、と思った。


 昨日の作業の合間に、グラウンドに出て突きや蹴りをする聖斗を見たのだ。

 俺もストレッチがてらやったりするから、似たようなものだと思っていた。


「でも、その程度のことなら別にいいんじゃない? 俺もたまにやりますしね」

「そうなんですけど、急にそんなことを言い出すから理由を聞いたんです。そしたら」

「そしたら?」

「もう魔法ギームの練習はしないから、そのぶんだって」


 ……ほら、当たった。

 な予感。


 山吹先生の話にあった、例の帰り道でのやり取りが確実にからんでるだろ、これ。


「練習をめた理由、聞いた?」

「才能がないから、って言ってました」


 俺が山吹先生から聞いた限りだと、その時点では決定的な感じはしなかった。

 特に朝陽あさひについては、聖斗に対してかなり気をつかった物言ものいいをしていたようだしな。


 恐らくそのあとに何かあったんだろうが。


「外交班の方で、確かにちょっとあったってのは聞いてる。今のところ天方君が何かまずいことをしているってわけでもないから、俺の方でも注意して見ておきますよ」

「お願いします。特に何もないなら、それでいいんですけどね」

「情報提供、感謝します」


 椎奈先生は職員室から出て行った。


 ――どうしたもんかな。


 芽衣めい澪羽みはねの例でもそうであるように、いくら仲が良くたってケンカぐらいはする。


 天方君の場合には、芽衣が少し空気を読まない発言をしたぐらいで、神代君と直接ぶつかったってわけじゃないようだからなあ。


 それにしても、あれほど熱心に頑張っていた魔法の練習を、「才能がない」ですっぱりめてしまったのか……うーむ。


 昨日は休みだったから、二人の姿をほとんど見ていない。

 今日は……言語教室はないので、全員で辞典作りのはず。


 とにかく、まずは様子を見てみるか。

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