第六章 第11話 芽衣の思い

エレムレスタさようなら!」

さようならエレムレスタ、めい」


 リィナたちが手を振って帰っていく。

 御門みかど芽衣めいがこの「言語教室」に通うのは、今日で五回目になる。


 彼女が新しい班になってからのことだから、まだそれほど回数は多くない。

 しかし、地道な努力のせいか、上達はなかなかに早いものがある。


御門みかどさん、行くわよー」

「はーい」


 山吹やまぶき葉澄はずみが芽衣を呼ぶ。

 上野原うえのはられい天方あまかた聖斗せいと神代かみしろ朝陽あさひが待っている。


 彼らはこれから一時間ほど歩いて、森の出口に向かうことになる。


 週に二~三回ほど行われる言語教室のうち、一回は森から学校への道も徒歩で帰ることになっている――もちろん燃料の節約のため――ので、森を抜けたら一休みして、改めて帰校するのが日課となっていた。


 調査班として、転移以来毎日似たような日々を送ってきた葉澄や玲にとっては、一時間や二時間の歩きなどものの数ではないほどに、二人はきたえられていた。


 カイジ班として肉体労働の多かった聖斗や朝陽も同様。


 つまり、この往復でひいひい言っているのは、芽衣一人なわけである。


「芽衣ちゃんも大分慣れてきたよね。歩くの」

 玲がめる。

「そうかも。でもまだ休憩なしだとキツいかなあ」


 芽衣にとって、この六つ年上の大学生である玲は、気さくに話せる数少ない大人の一人。


 元々芽衣はあまり物怖ものおじしない性質たちで、たとえ教師相手でも言いたいことは言うし、初対面の相手とでも気軽に話すことが出来る。


 年上に対してそうなのだから、自分より年下の男子二人や瑠奈には、完全にお姉ちゃんキャラとして接している。


 彼女は世話好きな性格でもあるのだ。


 それでも、気を許せる存在というのはまた別。


 今のところ、玲はノーガードで本音ほんね吐露とろできるとまではいかないが、そこそこ気安い仲にまで進展しんてんしている。


 澪羽との関係が上手くいっていない現状では、年齢が割と近い貴重きちょうな話し相手なのである。


 ――そう。

 ここ数日、芽衣は澪羽と一言も言葉をわしていない。


 いつだか、部屋の入り口のところに手紙のようなものが置いてあったが、到底とうてい読む気になどなれず、まだ開いてすらいない。


 もとより芽衣の方から望んだ状態ではある。

 絶対に許せない――そう思ってもいる。


「くそう……ダメだあ、何でだよマジでさー」


 芽衣の前を歩く聖斗が、悪態あくたいをついている。


 比喩ひゆではなく、彼はもう何千回と魔法ギームの練習を繰り返していて、いまだ使えるようになっていない。

 それでもくさらずに努力を続けている聖斗のことを、芽衣は感心して見ている。


 自分を差し置いて、どうか結果にむすびついて欲しいとも。


 実際のところ、芽衣自身は魔法について、使えても使えなくてもどちらでもいいと思っている。


 もちろん使えた方がいいに決まってるのだが、正直先の見えない練習にんでいたし、何より加藤七瀬ななせの宝くじに例えた話に感銘かんめいを受けたのだ。


 あの先生のように考えられれば、使えなくても気にならない。


「なあ朝陽、何で俺、出来ないんだと思う?」


 芽衣は心の中でうなずいた。

 彼女も同じようにかかえている疑問である。


「ごめん聖斗。僕もどう説明すればいいのか、分かんなくて」


 芽衣は軽く驚いた。

 同じことを芽衣は涼介からまなそうに言われていたから。


 涼介も澪羽も朝陽も、ザハドでレクチャーを受けたあとは、ほとんど苦労せずに魔法が使えるようになったらしい。


 仮に膨大ぼうだいな努力を重ねたとしても、その先に本当に自分の望む未来が待っているのか――出来ない人はどう頑張っても出来ないんじゃないか――そう考えてしまって以来、芽衣は一切の魔法の練習をめてしまっていた。


 心理学的には代償だいしょう行動と言うのだろうが、芽衣は魔法にかける労力と時間を、エレディール共通語と文化の習得に全振ぜんふりりすることにしたのだ。


 それが芽衣の言語教室での、出色しゅっしょくの上達ぶりの一因いちいんになっている。


「聖斗。こないだ胸の中に何か飼ってるのかって言ったよね」

「ああ、言った」

「もちろん、ホントに何かいる訳じゃないけど、イメージとしてはそうとらえてもいいように思うんだよ」


 ぎょっとした顔で、聖斗は朝陽の顔を見る。


「んん? ……ってことは『何とかさん何とかさん、俺こんな感じで石をすっ飛ばすイメージを思い浮かべたんですけど、その通りにやってくれませんか?』みたいに?」

「はは、僕はそんなにはっきりお願い事をしてはいないけどさ、まあそんな感じ」

「マジか」


 どうやら聖斗は、朝陽の助言を素直に取り入れて試すらしい。

 芽衣は少しわくわくしながら、彼の様子を見守った。


「――うーん、やっぱダメみたいだな」

 微動だにしないてのひらの小石を見ながら、残念そうに聖斗がつぶやいた。


「そっかあ、ごめんね」

「いや、アドバイスくれたんだから、あやまるとこじゃねえだろ」


 親身しんみになって聖斗に接する朝陽を見て、芽衣の脳裏のうりに親友の顔が浮かび上がる。


 澪羽も最初の頃は、朝陽と同じようにあれこれと助言をくれた。

 あの子らしく、考え考えしながら、訥々とつとつと。


 言う通りにしてもちっともはかが行かなくて、あとは自分で頑張ってみるからと言ったら黙ってしまった、澪羽の顔……。


「そう言やさ、またザハドに行くんだってな」

「うん。そうみたい。星祭りってのがあるらしいね」

「そん時に、またリッカ先生に教えてもらえねえかなあ」

「どうだろね。八乙女先生にお願いすれば、もしかしたら」

「そっか。まあそれもいいけど、星祭りってのも楽しみだよな」

「うん、一緒に見たいね」

「おう、見ようぜ見ようぜ」


 仲良く会話を続ける二人を見て、芽衣は三日ほど前、涼介とわした会話をふと思い出した。

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