第六章 第10話 バーカ

 早見はやみ澪羽みはねの悩みは、すぐに解決するようなものではなかったけれど、そこに至るまでの道筋をようやく見出みいだした彼女は、精神感応せいしんかんのうという新しい頭痛のたねを残して部屋に戻っていった。


 頭をかかえつつも、過去にあった関係しそうな事柄ことがら八乙女やおとめ涼介りょうすけが思い出していると、職員室のドアが叩かれた。


    ☆


 控えめなノックの音と共に、職員室のドアがいた。


「おばんでーす……」


 おばんですとか、この辺じゃあんまり使わないだろ、黒瀬くろせ先生。


 ――いや、日本じゃなかったか。


「ちょっといい? 八乙女やおとめさん」

「いいけど、どしたの?」

早見はやみさんのことで」


 そう言うと、彼女はどっかりと俺の正面のソファに座った。


 風呂から上がってまだそんなに時間が経ってないせいか、髪がしっとりとれている。


 ――そう言えばドライヤーが欲しいって、誰かがぼやいてたな。


「お疲れ様、八乙女さん。早見さんのカウンセリング、してくれたんですよね」

「ああ、カウンセリングっつーか、まあ成り行きでね」

「私も気になってたから、あの二人のこと」

「やっぱりみんな知ってるの?」

「女の人たちは、多分。料理の準備とかで一緒になることも多いし」


 なるほどね。


 俺、あんまり料理の方は手伝ってないからなあ。


「さっきね、早見さんがわざわざ私のところに来て、報告してくれたんですよ。『八乙女先生に話を聞いてもらいました』って」

「そうなんだ」

「私もあの子に、相談に乗るよって話はしてたんだけど……八乙女さんに取られちゃいましたね」

「取ってないって。澪羽に会ったのも偶然だったんだよ」

「養護教諭としては、ちょっとけますね」

「はあ?」

「リィナたちにもずいぶんなつかれてるみたいだし……何かやけにモテてません?」

「おいおい、冗談とふんどしはマタにしてくれっての」

「でたわね」

「まったく……あ、そうだ」


 俺は黒瀬先生に聞こうと思っていたことを思い出した。


「小耳にはさんだんだけど黒瀬先生、魔法ギームを少し使えるようになったんだって?」

「え? ああ、うん。でも、ちょびっとだけですよ」

「ちょびっとでも、練習して使えるようになったんだ……」

「そうですね」


 これが今現在、使えない人たちにとっての福音ふくいんになりるのかどうか……俺は今ひとつ手放しで喜べないでいる。。


 何故なぜなら、魔法ギームを使える人とそうでない人は、実は明確に分かれているんじゃないかと思っているからだ。


 俺を含めて澪羽も神代かみしろ君も瑠奈るなも、大した苦労もなしに比較的あっさりと出来るようになった。


 一方、俺の知る限りでは加藤かとう先生も天方あまかた君も、相当な努力を重ねているのにも関わらず、今もって発動するきざしもないらしい。


 澪羽の話によれば、芽衣も同様みたいだしな。


 ――要するに、鳥は努力しなくても生まれつき飛べるけど、人間はどれだけ頑張っても自力じゃ飛べない、みたいなことだ。


 俺は自分が鳥側だからラッキー、だなんてこれっぽっちも思っちゃいないぜ?


 むしろ、この二十三人のコミュニティの中では「異物いぶつ」と見做みなされそうな恐怖があるくらいだ。


 芽衣と澪羽みたいなことが、他でも起こらないとも限らない。


 ――一番危惧きぐしているのは、加藤先生や天方君たちが必死に積み上げている努力が、結果として徒労とろうに終わってしまうことだ。


 あれだけ膨大ぼうだいな熱量をつぎ込んで、結局意味がありませんでしたなんて分かったらとしたら、おかしくなってしまうんじゃないだろうか。


 ――そして、それはつまり黒瀬先生は本当は鳥なんだけど、何かしらの理由で人間っぽく見えていただけ、ということを意味する。


精神感応テレパシーの話は、聞いてる?」

「ええ? テレパシーって?」


 俺は状況をかいつまんで話した。


 聞きながら、黒瀬先生の眉根まゆねがだんだん寄っていく。


「それはまた、新たな火種ひだねになりそうな話ですね……」

「やっぱそう思う?」

「思いますよ。今ですら御門みかどさんと早見さんみたいなことがあるわけだし」

「ちなみに、黒瀬先生にも出来るか、ためしてみていい?」

「いいですよ」


 あっさりと許可が出たので、早速彼女に「ノック」してみる。


(こんこんこん)

「……」

(こんこんこんこん)

「……」

(こんこんこんこんこん)

「……あ」

(黒瀬先生、1たす1は?)

「……んん?」

(黒瀬先生、1たす2は?)

「……んんん?」

(――黒瀬先生のバーカ)

「むっ!?」

「ぶ、ぶはははは!」


 我ながら小学生みたいなメッセージを投げたもんだが、どうやら一応「接続」出来たようだ。

 彼女が魔法ギームの力に目覚めたというのは、本当のことらしい。


「なんか悪口を言われた気がしましたけど?」

「そう? でもあれだね。例えるなら、電波が悪い時にケータイで話すみたいな感じだね」

「そうなんですかね。私にはうっすらぼんやりしたイメージしか伝わってきませんでした」


 ここから練習を重ねることによって、精度が上がっていったりするんだろうか。

 少なくとも澪羽とは、最初から「高品質な通話」が出来てたからなあ……。


「まあ、これからもちょくちょく検証に付き合ってもらうと思うけど」

「私でよければ。あ、お風呂、男の人たちの番になってますよ」

「本当? それじゃあ、ひとっ風呂ぷろびてこようかな」

「うん、いってらっしゃい」


 澪羽のことをわざわざ伝えに来てくれたことへの礼を言って、俺は席を立った。


 支度したくをして、湯殿ゆどのへ向かう。


 ――このこびりつく不安を、風呂の湯が洗い流してくれることを願いながら。

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