第六章 第08話 Confession

 二、三回深呼吸をしてから、澪羽は訥々とつとつと語り始めた。


 リィナとシーラをまじえて、子どもたちだけで図書コーナーで遊んだこと。

 その際、神代かみしろ君がリィナたちの言うことが何となく分かると言ったこと。

 自分や瑠奈るなも同じで、魔法で会話が出来ること。

 そのことを、自分から芽衣に打ち明けたこと。

 そしてそれ以来、芽衣の態度がおかしくなったことを。


「うーん……」


 正直、とんでもない話がぶっこまれてきて、混乱してる……どうしたものか。


 と言うのも俺の中にずっとあった、ある疑問の答え合わせが思いがけないところでされたからだ。


 ちなみに、澪羽と芽衣の関係悪化についての答えも、何となく分かった。


 もちろん、本当のところは芽衣自身に確かめなければ分からないんだけど、前述ぜんじゅつしたように俺が杞憂きゆうであってほしいと願っていた事柄ことがらのようだから、多分合ってる。


 どっちから話したものかと思ったけど――当然芽衣とのことからに決まってるな。


「澪羽」

「……はい」

「何で芽衣がへそを曲げてるか、分かるか?」

「……私が、芽衣ちゃんを傷つけてしまったから、です」

「具体的には、何をして傷つけたか、分かる?」

「……えっと、何だろ。よく分からない、です」

「そっか」


 俺は、もう大分だいぶめてきたあしたば茶を一気に飲み干した。


「多分だけど、一つだけ、俺には分かる気がする」

「ど、どれですか?」

「芽衣が怒ってるのは。黙って心をのぞかれたことだと思う。ただな――」


 澪羽の顔がさっと青ざめる。


「そうですよね……いくら確かめるためと言ったって、無断でそんなことすれば、怒るのは当たり前です……」

「まあ俺も、澪羽や芽衣と出会ってまだ一年もってないからさ、お前たちのことをよ~く理解してるとは言えないと思うけど、芽衣ってそんなにいつまでも引きずるタイプじゃないと思うんだよな」

「……」

「きっといつもの芽衣あいつだったら、『勝手に覗くなんてひどくない?』ってその場で文句は言っても、その場で終わりにしてたと思う」


 首をかしげる澪羽。


「いつもの芽衣ちゃんじゃなかった、ってことですか?」

「あくまで俺の想像だけどさ」


 応接テーブルの上のボールペンを手に取って俺は言った。


「これだよ」

「……ボール、ペンですか?」


 俺は澪羽に、リッカ先生と魔法の練習をした時に感じた懸念けねんを話すことにした。

 まるところそれは、持つ者と持たざる者の構図こうずだ。


 未知の力を持つ圧倒的少数の持つ者と、大多数の持たざる者。

 持つ者側の問題としては、その力を鼻にかけた選民意識的差別感の生起せいき

 持たざる者側としては、羨望せんぼう嫉妬しっとによる少数派排除の空気の醸成じょうせい


 同じ人間同士なのに、片や使えてもう一方は使えない。


 加藤先生が例えた宝くじの話は、実に言い得てみょうだった。


 赤の他人がそういうたぐいの幸せを射止いとめたのなら、自分には関わり合いのないことだと思えても、仲良くしている二人の場合はそうもいかないだろう。

 

 まあステレオタイプもいいところの考えなのは認める。


 でも、ステレオタイプになってしまうほどありふれていて、おちいりやすいテンプレ的状況だとも言えるのだ。


「芽衣ちゃんが私に嫉妬してるって、ことですか?」

 澪羽は今一つ納得のいかないような顔をしている。


「気を悪くしてもらいたくないんだけど……聞くか?」

「えぇ? ……ちょっと怖いですけど――はい」

「澪羽たちと俺が最初に出会った時のこと、思い出してみてくれ」


 俺の脳裏のうりに、あの転移前、職員室の窓の向こうに立つ二人の女子高生の姿が浮かぶ。


 大きな声で手を振りながら、不破ふわ先生を呼んでいた芽衣。

 その後ろに、ひっそりと隠れるようにしてこちらをうかがう澪羽。


「何て言ったらいいか……太陽みたいに元気な芽衣と、静かに咲く花みたいな澪羽、って感じの二人っつーか」

「……ふふっ」

「笑うのか? 怒ると思ったのに」

「すみません、笑って。でも……先生の言いたいこと、分かります」

「そうなの?」

「はい。私、中学までずっと一人でいることが多かったんです。一人っ子だからってのもそうだけど、何か他人ひとと上手く話せないっていうか……何て言おうって考えてるうちに、相手がいらいらしちゃうんです」

「へー……今はそんな感じ、しないけどね」

「それは……きっと、大人の人たちは辛抱しんぼう強く待ってくれてるんだと」


 澪羽ははにかんだように言う。


「でも、芽衣ちゃんは違うんです。あんな風に一方的にしゃべって、私がもごもごしちゃうのは変わらないんですけど、あの子はお構いなしに話をどんどん進めちゃうんです。でも、肝心かんじんなところではちゃんと聞いてくれるから……はたから見たら私が振り回されてるように見えてたとしても、私は全然いやじゃなかった」


「なるほどね」


 そういう関係性は、二人の普段の様子からも容易よういに想像できる。

 きっと二人の中で、うまいことみ合っていたんだろうな。


「そんな一見いっけん、自分のあとをついて回っていたような澪羽を、恐らく芽衣は自分が何とかしてあげなくちゃみたいに思ってたのかも知れない。そういう意味では、無意識に上から見ていたのかもな」

「……そうなんでしょうか。でも、そう思われていても不思議じゃないし、別にそれでもいいって思います」

「そんな風に思っていた澪羽が、魔法を使えたわけだ。自分がどれだけ頑張っても使えない魔法を」

「それで嫉妬しっと、なんでしょうか」

「それもあるだろうけど、もっといろいろと複雑なんじゃないか? で、心がぐちゃぐちゃになってるところに、あなたの心をのぞきましたって」


「――!」

「一番見られたくないものを、見られたって思ったのかもな」


「……どうしよう……」

「え?」

「私、芽衣ちゃんにひどいことを……」


 澪羽の顔がみるみるうちにゆがんでいく。

 まなじりに涙の玉がふくれ上がり、ほおつたい始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る