第六章 第07話 話を聞かない男

 夜風を浴びようと外に出た俺の耳に、怒声どせいが響いてきた。


 そこで見たのは、夜闇やあんの中から走り出してきた芽衣と、一人たたずんで涙を流す澪羽みはねの姿だった。


 風邪でもひいたらことだと思い、俺は彼女を職員室に連れて行き、事の成り行きを聞くことにした。


 いさかいの原因はまだ分からないが、先日のザハド勢による学校訪問の際、子どもたちだけで集まった時にどうやらたんはっしているらしい。


    ☆


 あんまり立て続けに聞いて、問いめるような感じになっちゃうのもよくないだろうから、話を変えとくか。


 俺は立ち上がり、自分の机に向かった。

 引き出しからボールペンを一本取り出して、手にしてから澪羽のところに戻る。


「俺さ、毎日魔法ギームの練習を欠かさずしてるんだけど、澪羽はどう?」

 応接テーブルの上にボールペンを置き、魔法でころころと転がしてみる。


「魔法……」


 ひざの上で、りょうこぶしをぐっと握りしめる澪羽。

 そして固くまぶたを閉じると、そのままうつむいてしまった。


 ……あれ?

 もしかして、これも地雷だったとか?


 困ったな。


 芽衣、魔法、というキーワードを組み合わせると、不穏ふおんな予感しかしない。

 ザハドの学舎で必死に頑張っていた加藤先生と天方あまかた君の姿が思い浮かぶ。


 あの時感じた漠然ばくぜんとした不安が、的中してしまったのだろうか。


 だけど、ここでだんまりを決めてしまうのも不自然だ。

 もう少しだけ魔法がらみの話を続けよう。


魔法これって、考えれば考えるほど不思議なんだよね。普通だったら、何か未知の力が働いて~とかで済ませちまうのかも知れないけど、俺はどうしても理由を知りたくなる」


 転がったボールペンを、今度は反対方向から動かしてみる。

 ころころ。


「手を触れずにモノを動かすって、別に魔法じゃなくても出来るよね。いろんな方法――例えばうちわであおいだり、ドライヤーを使ったり――で再現可能だ。それはつまり、俺たちの眼で見えないだけで、実際は空気って言う、正確に言えば窒素ちっそとか酸素とかだけど、そういう分子がぶつかって動かしてるわけだ」


「……」


「だから魔法も同じように、不可視だけど存在する何かをあやつって、それをぶつけてるのかも知れない……って考えてる。まあその場合、どうやって操るのかって問題があるけど、そこに『胸』が関係してるんじゃないかなあ」


 一方的に俺の考察をれ流していると、少しずつ澪羽の頭が上がってきた。


「『胸から放出するように』ってイメージが何故なぜ大事なのか……俺たちのこの胸の辺りにきっと何かがあるわけだ。イメージを出すためのあなみたいなものがあるのか」


「……」


「それとも単純に臓器ぞうきのどれかか? この辺にあるものって言ったら、肋骨ろっこつって言うか胸骨きょうこつ体に気管きかん食道しょくどう心臓しんぞう胸腺きょうせん甲状腺こうじょうせん……はどっちかって言うとのどか。あとぶっとい血管もある」


「……あの」


はいだとちょっとずれてる感じだしなあ……特別な呼吸法の一種いっしゅって可能性もあると思うんだが……」


「……先生?」


「でもなあ、いずれにしてもその内臓ないぞうのどれかに魔法を使う力があるなんて、ちょっと考えにく――」


「先生!」

「おわっ!」


 いつの間にか、澪羽は顔を上げきってまたしても俺をにらんでいる。


「と、すまん」

「もう……先生。そう言うの、『天丼てんどん』って言うんですよ?」


 いや……別にボケたわけじゃないんだけど。


 それにしてもここで「もういいです!」とか言って、席を立ったりしないのが澪羽の優しいところなんだよな。


 まあ澪羽が天丼を知ってたことへの若干の違和感はさておき、話してる相手がいるのに思考の沼にとらわれてしまう癖、いくない。


 大体、さっきまで澪羽は泣いてたんだからな、もっと真面目に向き合わねば。


「何か……先生を見てたら、泣いてるのバカみたいです……」

「ああいや、ごめんな。ちゃんと聞いてるつもりなんだけど、つい」

「じゃあもう一回、ちゃんと話、聞いてくれますか?」

「うん」


 二、三回深呼吸をしてから、澪羽は訥々とつとつと語り始めた。

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