第六章 第05話 苦悩

 猟師ロヴィク小屋ユバンでの勉強会には、以前はいなかった芽衣たちも参加するようになった。


 それは全体会議で班を再編成し、新しい体制でスタートしたからだった。


    ☆


 ――とまあ、こんな経緯いきさつがあったわけだ。


 ちょっと回想が長くなったけど、思い返すとあの会議は鏡先生のひと舞台ぶたいの感があったな。

 ほとんど鏡先生と教頭先生の二人で、話が進んでいったようなものだ。


 校長先生が本調子じゃない今、頼もしいリーダーシップの発揮ぶりだった。


「せんせー、もう勉強なんてやってる場合じゃなくない?」

「は? 何で」

「この匂いだよ! 胃袋がきゅーきゅー言って止まってくんない!」

「僕もお腹いたかも」


 お腹を押さえながら神代かみしろ君がぽつりと言う。

 時計を見ると、まあお昼にしてもいいかなって時間帯だ。


 ……もしかしてエリックのやつ、わざとにおうようにやってないか?


 ちなみに外交班のうち、ここにいない四人は学校で辞典づくりに取り組んでいる。

 純一じゅんいちさんが中心になって進めてくれているはずだ。


 ――この「言語教室」と辞典作りは、適宜てきぎメンバーを入れ替えている。


山吹やまぶき先生、そろそろ昼飯ひるめしにする?」

「そうですね。私もさっきから匂いで全然集中できないし……ご飯にしましょう!」

ひるごはんミラウリス?」

ヤァそうよシュールフォルベルード支度しましょう


 リィナたちが日本語で話して、俺たちはエレディール共通語で話す――まだぎこちないところは多々あるとしても、なかなかいい感じなんじゃないか?


 後から加わったオズ先生も、読み書きを教えてるだけあって上達が早い。


 やってることはあんまり変わらないけど、外交班としてのすべり出しは順調だ。


    ◇◇◇


「ねえ、あのね、芽衣めいちゃ――」

「ごめん、あたしトイレに行きたいから」

「あ、うん、分かった……」


 そう言って走り去っていく芽衣ちゃんの背中。

 私はそれを、ただ見送ることしか出来ない。


    ◇


御門みかどさん、このスープのなべを向こうに持ってって、配膳はいぜんしてくれる?」

「はーい、不破ふわ先生」


 食事の準備を手伝おうと私が職員室のドアを開けると、芽衣ちゃんが並々とスープの入ったお鍋を重そうに運んでいる。


「芽衣ちゃん、手伝おうか?」

「……」

「ねえ芽衣ちゃ――」

「ああ、ちょうどいいところに早見はやみさん。ちょっとこっち手伝ってもらえないかしら?」

「あ、はい……」


 花園はなぞの先生に呼ばれてしまい、そちらに向かう。

 遠くの机で、芽衣ちゃんが黙々もくもくとスープをお皿によそっている。


    ◇


「いい? 二人とも。上手く言えないんだけど、やっぱり大事なのは八乙女やおとめ先生が教えてくれたみたいに『イメージ』と『胸』なんだと思う」

「胸かあ……」

「……ちょっと、聖斗せいとあんたどこ見てんのよ」

「どこっていてっ! 横っ腹つねんないでよ芽衣ねえ、マジでいてえから」


 図書コーナーから声が聞こえる。


 部屋三-一を出て様子を見てみると、芽衣ちゃんと男の子二人がいた。

 魔法ギームの練習をしてるみたい。


 ……魔法かあ。


 もしかして私も魔法が使えなかったのなら、こんな風にはならなかったのかな。

 私は別に、使いたかったわけじゃなかったのに。

 最初は確かにびっくりして、ちょっとは嬉しかったけど……。


 「あ……」


 芽衣ちゃんと目が合ってしまった。

 一瞬で、芽衣ちゃんの笑顔が固まる。

 そして、そのままふいってらされた。


 聖斗君や朝陽あさひ君も、私に気付いてこっちを見た。


「さてと、それじゃあたしはそろそろ、ご飯の手伝いに行くかな」

 そう言って、さっさとその場を立ち去ってしまった。


 流石におかしな空気を感じ取ったのか、男の子たちが小走こばしりで駆け寄ってくる。


「なあなあ澪羽姉みはねえ、芽衣姉と何かあったの?」

「ケンカでも、したの?」


「……ん-ん、何にも、ないよ」


 心配そうなこの子たちの顔を見て、私はくちびる真一文字まいちもんじに引きめた。

 そうしないと、泣いてしまいそうだったから。


    ◇


 さっき、勇気を出して芽衣ちゃんの部屋に行ってみた。

 でも中に入れてもらえなかった。

 今、疲れてるから、また今度って。

 そう言われてしまったら、引きさがるしか、ない。


 ――いつからこんな風になっちゃったんだろ。

 いつからって……ホントは分かってる。


 十日とおかくらい前、リィナやシーラたちと楽しく遊んだ後、私は芽衣ちゃんに打ち明け話をした。

 その次の日から、芽衣ちゃんの様子が何となく変だった。


 嫌われたくなかった。

 だから、自分から話をした。

 ちゃんと説明して、言葉も選んで、芽衣ちゃんが傷ついたりしないように気を付けてたつもりだった。


 何がいけなかったんだろ。

 私はいつも、こうだ。

 言葉が足らないのか、選び方が下手なのか――他人ひとをイライラさせてしまう。


 ――魔法まほうなんか、使えなくたってよかった。


 そんな力より、誰かとちゃんと話が出来る力の方が、よっぽど欲しかった。

 それをなんなく出来ちゃう芽衣ちゃん……もう、ダメなのかな。


 ごめんね、芽衣ちゃん。

 もう私、どうしていいのか、分かんないよ……。

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