第六章 第03話 再編

 鏡先生の提案で開かれた全体会議。

 それは班編成の見直しと再編を求めるものだった。


 その中で、対外的な交渉を主な仕事とする班の新設が唱えられ、その適任者として突然名指しされた俺。


 俺は唐突な指名しめいに、思わず飲んでいた茶をく。


    ☆


「ぶっ」


 ――俺は、これまでずっと不思議に思っていたことがある。


 例のあの、思いがけないことを見たり聞いたりして驚いて、飲み物をブフォッと吹くあれだ。


 まあマンガ的表現として何の気なしに見てはいたんだけど、中には対面にいる人の顔面に向かって、消防ホースの放水がごとく、明らかに意図的に吹き付けてるような描写びょうしゃ散見さんけんされる。


 そういうのを見るたびに、心の中で「いやいや、そうはならんやろ」とぬるいツッコミを入れていたし、そもそもどうして驚くと口中こうちゅうふくんでいるものを吹き出すことになるのか、その機序メカニズムが理解できなかったのだ。


 だけど今、俺はその答えを身をって知ることになった。


 驚く。

 息をむ(ここ重要)。

 一緒に口の中の物も吸い込まれる。

 気管きかんに入る。

 むせる。


 なるほどこういうことか、どちらかと言うと吹き出すより吐き出すだから「ぶっ」より「がはっ」だななどと、盛大せいだいき込みながら俺は考えていた。


 ならばなぜ、俺は「ぶっ」となったのかと言うと、これは口じゃなくて鼻腔びくうに回った液体が鼻から出た時の音なのだ。


 より正確に表現するなら「すぶっ」の方が近い。


「ちょ、ちょっと八乙女先生、大丈夫ですか?」


 幸い、お茶はちびちびと飲んでいたので、正面で目をいている鏡先生にぶちまけるような事態にならずに済んだが、よく考えたら原因はこの人なんだから、ちょっとぐらいぶっかかってもよかったのではないか?


 俺の鼻から噴霧ふんむされた液体がエアロゾルになって、少しでも鏡先生に辿たどり着くことを祈る。


 それにしても鼻からお茶をれ流す俺に引くことなく、即座に背中をさすってくれてる上野原うえのはらさん……優しい子だな。


「そ、そんなに驚くことかね……」

 俺の醜態しゅうたい意想外いそうがいだったらしく、この人にしては珍しく若干狼狽ろうばい気味で言う。


「い、いえ、ちょっと、待ってください」

 俺は机の引き出しを開け、中からポケットティッシュを取り出すと、手早く自分や机の上の後始末をする。


 ようやく落ち着いたところで、俺は立ち上がった。


「大変失礼しました。えーと、鏡先生がさっきおっしゃったことですが、このエレディールの人たちと良好な関係をきずくのは、兵站へいたん的な意味でも大目標の――日本に帰る――ための情報収集という観点からも、けては通れないことだと俺も思います」


 周囲を見回す。


 さっきくすくす笑っていた黒瀬くろせ先生や芽衣めいたちも、一応真面目な顔で聞いているように見える。


「俺が最適任かどうかはともかく、一番彼らと接しているのは確かに自分たち・・でしょう。もしそっち方面に専念できるような班が出来れば、彼らとの関係性の構築がより早く進むと考えます」


 俺は山吹やまぶき先生を見た。

 逃げんなよ? と。

 すん、とすまし顔の彼女がどう思っているのか、残念ながら分からない。


 教頭先生が、黒板にかっかっと何か書き始めた。


 ・食料物資班の増員

 ・外交班|(仮)の新設

 ・調査班の今後について


「複数のトピックが上がったようなので、一旦いったん整理しました。前二つの要望は置いておき、先に調査班の扱いについて意見をいただきたいと思います」


 相変わらず仕切りが上手い。


「はい」

 と早速、瓜生うりゅう先生が手を挙げた。


「僕はさっきも言ったように、班として食料採集を続ける必要はないと思ってます。投入する人員や時間に比べてリターンが少な過ぎるし、自給手段として頼りにするには不安定に過ぎます。いっそのこと、調査班は解体して他にリソースを回した方がいい。ただ、狩猟しゅりょうそのものについては個人的な興味があるので、休日に有志をつのって出掛けることはあるかも知れません」


「賛成です」

「私も賛成です」

「賛成」


 同意する声があちこちから上がる。


「調査班はひとまず、その使命を終えたと考えるかたが多いようですが……反対もしくは別の考えのある方、いらっしゃいますか?」


「はい」

 椎奈しいな先生だ。


「調査班の扱いについては、私も廃止でいいと思います。ただ、これまで石窯いしがまなんかに使うまきの調達も調査班がになってました。私、こないだ完成したお風呂――湯殿ゆどのでしたっけ?――すっごくありがたいんです。正直なところ、一週間に一度くらいじゃ全然足りないんですけどね」


 隣りの上野原さんが物凄ものすごい勢いでうなずいてる。


「えーっと、要するにですね、調査班はなくしても薪を入手する仕事は必要だと思うので、どこかの班に割り振るか、専用の班を作った方がいいんじゃないかってことです」


 そう。


 これまで料理はほとんどIHクッキングヒーターを使っていたので、薪の需要はあまりなかった。


 しかしそれも、かまどや石窯が出来てからはそうはいかなくなった。


 そして、湯殿も当然のことながら結構な量の薪を必要とする作りなので、これまでのようにのこぎり一本持ってギコギコだけじゃ、到底とうてい足りないのだ。


 ――でも、風呂を作ったからには、そこにだって抜かりはない。


「薪の話が出ましたので、私からお伝えしたいことがあります」

 教頭先生が話し始めた。


「詳細ははぶきますが、薪の調達に関してはリューグラムと大まかな合意がなされています。端的たんてきに言いますと、東の森入り口付近の樹木伐採ばっさいの許可、あちらの水車大工によるごく簡易な水車小屋の建築協力を確約して頂いています。出来た薪は私たちが作った水路を使って運ぶ予定です。この計画は以前、ザハドを最初に訪れた時から始まっていました」


 おー、と声が上がる。


 ザハドではあまり見かけなかったが、隣町のイストークにはあちこちに水車小屋があった。


 恐らく小麦などをいたり、製材したりといろいろなことに使っていた水車を、俺たちも作って利用してみようと言うところから始まった話だ。


 もちろん、俺たちだけじゃ資材も技術も足りないだろうから、リューグラムさんたちの協力が不可欠だった。


「ですから、今すぐにではありませんが、そちらの仕事に従事する班、もしくは仕事の割り振りが必要ですね」


 と言って、教頭先生は黒板に新しく「伐採と薪づくり」という項目を書き足した。


「他にはどうですか? ……では、調査班はとりあえず終了ということでよろしいでしょうか」

「異議なし」

「いいと思います」


 これで、まずは俺の所属していた調査班はお役御免やくごめんってとこか。

 今だからいう訳じゃないけど、なかなか楽しい仕事だった。

 リィナたちと出会うきっかけにもなったことだし、成果としては充分だろう。


 ・調査班の今後……廃止


「では、私から班編成の見直しを提案した、もう一つ理由について述べさせてもらいたい」

「どうぞ、鏡先生」

「では」


 再び鏡先生が話し始めた。


「施設管理維持班についてです。これまでトイレやゴミ捨て場、長大な水路や道路、かまどや石窯、風呂等、他の班と同様に多大な貢献こうけんをしてきてくれた班ですが、今後新しいものを作る予定はありますかな?」


 カイジ班副班長の教頭先生が答える。


「現時点ではあと一つ、炭焼き用のかまを作る計画があります。他はありません」


「なるほど。そうすると、カイジ班の仕事もぐっと減ることになりますな。もちろん、既存きそんの施設のメンテナンスもあるでしょうし、さっき出た木材加工のこともありますから、班をなくすことは出来んでしょう。ただ、人数の最適化が必要だと私は考えます」


 板書ばんしょが更に書き加えられる。


 ・薪調達の割り振り

 ・施設管理維持班の人員最適化


「決めるべきことが、明確になってきたようです。それでは班の統廃合と人員の再配置を具体的に行っていきたいと思います」

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