第六章 第02話 提案

 猟師ロヴィク小屋ユバンでの勉強会も回数を重ねて、俺たちもザハド側の人たちもお互いに理解が深まってきた。


 以前は参加を我慢してもらっていた芽衣も、今日は参加している。

 その訳は、昨日の午後にまでさかのぼる――


    ☆


「――というわけで、班の構成を見直す時期が来たのではという提案がありました」


 ここは職員室。


 先日、ザハドからのお客さんたちが帰り、後始末やら片付けやらが済んで、ようやくゆったりした日常が戻ってきたところ。


 一時間ほど前に昼食を済ませ、一息ひといき入れたところで全体会議が始まった。


「元々、班については必要に応じて統廃合とうはいごう、新設があり得るものとされていましたので、具体的に話をめるべく、こうして全員に集まって頂きました」


 司会は教頭先生。

 校長先生は相変わらず体調が思わしくない。


 具体的に何かの病気になったとか、怪我をしたというわけではないから、今すぐ命がどうこうって話じゃないらしいけど、こう長引くとさすがに心配になる。


 サプライズでチェロの演奏を披露ひろうしてくれた時には、持ち直してくれたかと嬉しくなったんだけどなあ……。


「緊急性のある話ではないのですが、出来ればこの場で班の構成を練り直し、新しいメンバーを決めるところまで進められたら、と思っています」


 とりあえず校長先生は、いつも通り保健室のベッドで休んでいる。


 思えば副リーダーってのをはっきり決めてはいなかった。

 いて言うなら、各班長がそれに当たるのか。


 でも、校長先生の代わりを教頭先生がすることに違和感はなかったし、特に反対の声も上がっていない。


「えー、まず私からいいですかね」

 かがみ先生が挙手きょしゅする。


「班の練り直しと言っても、何の手がかりもないのではやりにくいでしょうから、言い出しっぺの責任として叩き台を出そうと思います。構わんでしょうか」


 異論はないようだ。

 俺もその方がいいと思う。


 ぐるりと周りを見回して、鏡先生は言葉を続けた。


「まず現状維持と言うか、引き続き必要な班として、食料物資班と保健衛生班をげます。人員の増減や変更はあってもいいでしょうが、廃止するわけにはいかんでしょう。どうですかね」


「いいですか?」

 花園はなぞの先生が手を挙げる。


「今がった食料物資班の班長としての意見です。最初の頃は、調理と言っても主に備蓄びちく物資のアルファ米を人数分食べられるようにそろえるとか、割と簡単な作業でんでいました。ですが最近は大変ありがたいことに、ザハドからいろんな食材が届くようになって、料理のバリエーションもずいぶんと増えたんです」


 ホントだよなあ。


 大晦日おおみそかの料理とか、こないだの学校訪問の時とか、以前じゃ考えられない程いろんな料理を楽しませてもらった。


 普段の食事だって、それに準じたものを出してくれてるわけで、感謝しかないな。


「それにともなって、作業内容も時間も格段かくだんに増えました。正式な班員は五名ですが、実質的には手のいてる方たちが積極的にお手伝いしてくださっているおかげで、何とか回っている状態です」


 これもみんながよく知ってる事実だ。


 恥ずかしながら俺はほとんど手伝ったことはないけれど、芽衣めい澪羽みはねが手伝っている姿はよく見るし、やっぱり女性が中心になって支えてくれている現実がある。


 男女差別をしてるってわけじゃないんだけどな。


「ですので、正式な班員の数を増やしてほしいと思います。ただですねえ、私が言いたいのは仕事が大変だってことじゃないんですよ」


 ん?


「今、手伝ってくださっている方たちはきっと、手伝わなきゃって思ってくださってるんですよ。こちらとしては本当にありがたいことではあるんですけど、そのかたたちは本来の班の仕事をした上で、更に手を貸して下さっているわけで、逆にこちらがちょっと申し訳ないんです。そういう意味で、正式な班員で余裕をもって回せるようになれば、手伝わなきゃってプレッシャーもなくなると思うんですよねえ」


 なるほどね。

 さすが、花園先生は気の回し方が違う。

 年のこう……とか言ったら、ぶっ飛ばされそうだが。


「はい」

瓜生うりゅう先生、どうぞ」


「食料の話なので、僕からも。えー、現状僕は調査班ではあるんですが、ここ最近はむし狩猟しゅりょう採集班と言った方がしっくりくるような活動に従事じゅうじしてます。まあ調査と全く関係ないわけではなくても、大分だいぶ当初の想定とは違ってきてますね」


 そうなのだ。


 ザハドへの道が開通してしまった今、未踏みとう地域をわざわざ調べる必要性はほとんどない。


 意味があるとすれば植物性の食料調達のためぐらいで、それもザハドから月に二回定期便が来るようになって、かかる労力の割にコスパが悪いと言わざるを得なくなっている。


 更に言えば、特に俺と山吹先生はリィナたちとの勉強会で抜けることが多く、調査班としては本来の半分も貢献こうけんできていないという実態じったいもある。


「花園先生、実際のところ、ザハドからの肉や野菜だけでやっていけそうですか?」


 瓜生先生の問いかけに、


「そうねえ……今のペースであの量が保障されるんでしたら、十分じゅうぶん以上です。特にお野菜は思った以上に種類も豊富ですし」


 答えを聞いて、瓜生先生はうなずく。


「となると、危険をおかして僕たちが狩りをしたり、可食植物を採集したりする意味って、もうあんまりないように思います。まあ、あのコケモモみたいな果物とかは惜しいですし、ちょっとしたお茶用の葉っぱを採集するのはいいと思うので、そこを踏まえた新しい班編成をすべきだと、僕は考えます」


「いやしかし」

 壬生みぶ先生が立ちあがった。


「こちらの自給手段をなくしてしまうのは、ちょっと危険じゃあないですかね。そもそもザハドからの食料提供って、いつまでしてもらえるんですか? 何しろあれだけ大量の物資を無料で提供してくれるだなんて、何て言うか、頼り切ってしまうのは危ない気がしますね」


 んー。


 確かに壬生先生の懸念けねんももっともなんだよな。


 ただ・・より高いものはない、じゃないけど、これほどよくしてくれることに一切いっさい見返りを求めていないなんて、有り得ないと俺も思う。


 それに、リューグラムさんは当面の間は・・・・・対価はらないと言っていた。

 この物言いは、いつかは払ってもらうよって意味にも取れる。


 とは言え……。


「まあ壬生さんの心配も無理からぬものでしょう。要は彼らに生殺与奪せいさつよだつけんを握られているわけですからな。向こうにその意図いとがあるかどうかは分からんですがね」


 鏡先生が壬生先生の言葉を引き取って続ける。


「これが、私が班編成の見直しを提案した理由の一つ目ですよ。調査班は実質的に存在意義が曖昧あいまいになってきている。食料と言う我々の生き死にを左右するおうぎかなめをザハドの人々に無条件に握られるのはけたいが、かと言って今後ずっと、二十三人が自給自足できるかと言えばそれもなかなかの無理筋。となれば答えはおのずと見えてくる」


 一体、鏡先生はどう結論付けるつもりなのか。

 俺も含めて、みんなが固唾かたずを飲んでいるのが分かる。


「簡単なことですよ。あちらともっと関係を深めるんです。分からんから不安になるわけで、言い方はあれだがずぶずぶ・・・・になってしまえばいい」


 鏡先生のある意味強烈きょうれつな言い回しに、職員室の空気がこおりつくような気がした。


 言っていることは分からなくもないのだが、どうにも不安がき立てられるようで仕方がない。


「そ、それは具体的には、どんなことを考えていらっしゃるんですか?」


 教頭先生がどもるのは珍しい。

 かなり意表を突かれたということか。


「さあ……それが分かれば苦労はせんのですが、まるところ、そのための足掛かりを作って相手と交渉し、食い込んでいく専門の班が必要だと言いたいわけです」


「それを鏡先生が……?」


「いや、今の状況だと私には荷が勝ちすぎるでしょう。現時点でもっとも適任なのは八乙女やおとめさん

じゃないですかね。私は彼をします」


「ぶっ」

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