第六章 星祭り

第六章 第01話 勉強の家

「りょーすき! のいん違った……りょーすけ!」


 リィナが俺を呼ぶ。


「はいはい。でもリィナ」

「えー、なに?」

「今、『のいん』って言ったね?」

「あ! う、わたし、いう、いった」


 がっくりと項垂うなだれるリィナ。

 彼女の頭をよしよしとでるシーラ。


 ……ん?


 そう言えば「よしよし」って、エレディール共通語で何て言うんだろうか。


「シーラ」

「な、なに?」

「頭を撫でる時、シーラは何て言う?」


 俺は彼女シーラ真似まねて、横にいた芽衣の頭をなでなでする。


「ちょ、ちょっとせんせー!」

 驚いた芽衣めいが両手で俺の手を押さえる。


 シーラはちょっと考えてから、

「ナーナーナー、いう。わたしたち、こうする、とき」


「どうして『ナーナーナー』なの?」

 山吹やまぶき先生の問いかけに、答えたのはリィナだった。


「わたしたち、えーと、いう、かわいい、なーでぃあ。ナーナーナー、なーでぃあの、なー」


「なるほどー」

「きゃわきゃわきゃわって言ってるってこと? 可愛かわいすぎ!」


 何故なぜか喜ぶ芽衣。


 ……それにしても、にぎやかになったもんだ。


 この勉強の家イルヌメレートも。


 ――いやいや、分かってる。


 芽衣や山吹先生にも散々さんざん言われたから。


 俺にネーミングセンスがないってことはさ。


 ――まあそれはともかく、最初はお互いの言葉を少しでも早くあやつれるようになるための、ごく真面目まじめな集まりだった。


 いやまあ、今だって真面目にやってはいるけど、この通り、きゃいきゃいとなかなかやかましいことになっている。


 ――ここは俺たちが言うところの「東の森」の中、どちらかと言うと俺たちの出口のほうに近いところにある、猟師ロヴィク小屋ユバンだ。


 猟師りょうし小屋ごやなんてものにこれまで全くえんのなかった俺だが、ここには思いのほか、いろいろな設備が整っているようだ。


 獲物を解体するためのでかいテーブルみたいなものとか、それに使う道具類、かまどなんかの調理設備に加えて、ひと休み出来る寝具しんぐまでそろっているらしい。


 まあ見た目は、ちょっと年季ねんきが入ってる感じだけどね。


 ――その結構大き目の小屋に、俺たちの方は四人。


 俺と山吹先生と芽衣、それに神代かみしろ君。


 ザハドのほうはリィナとシーラ、その父親のエリック、あとオズ先生ことオズワルコスさんでやっぱり四人。


 ――ちょうど今は、日本語だけで話すという約束の時間帯なのだ。


 ちなみにエリックは言葉を覚える気は全くないらしく、このあとしょくす予定の獲物えものを、外で絶賛さばき中。


 この勉強会は週に二回ほどの開催頻度ひんどだけど、それなりに続けているおかげで、こっちも向こうもずいぶん理解が深まってきた。


 特にオズ先生が加わってからは、言葉ばっかりじゃなくて、ここの社会の仕組みや文化についての知識をも得ることが出来るようになった。


 四日ほど前に、リューグラムさんひきいる学校訪問団が帰ったばかりでも、この集まりはちゃんとこうして続いている。


「――何かいいにおいがしてきた」

 芽衣が鼻をひくつかせている。


 確かに窓の外から香ばしい……何かを焼いているような香りがただよってきている。


 ちなみに、小屋のそとにも解体設備やちょっとした料理ができる場所はあるらしい。


いいオーナ、におい?」

 首をかしげるリィナ。


「匂いっていうのはね、こういうのよ」

 山吹先生が顔の前の空気を集めて、鼻に吸い込ませるようなジェスチャーをする。


「ああ、エグラ分かった! ハーユ。におい、ハーユ」


 なるほどよしよし、これでまた一つ語彙ごいが増えた。


 匂いなんて割と基本的な単語だと思うんだけど、こういう目に見えないものってなかなか意識しづらいところがあるからね。


 オズ先生も、すかさずノートのようなものにメモしている。


「これ、この、におい。にくのにおい」


 ……こうやって覚えたことをさっと使えるようになるのが、リィナのすごいところなんだよな。


 実践じっせん力というか応用力の高い子だ。


 ――そうそう、冒頭ぼうとうのように俺の名前は、とうとう正確に覚えてもらうことが出来た。


 山吹先生を「はぅみ」と呼んでいたのも、ちゃんと「はずみ」と訂正ていせい出来ている。


 最初は発音しづらそうで「はずぅみ」みたいになってたのはご愛敬あいきょうってことで。


 黒瀬くろせ先生を呼ぶ「ましろ」の長音ちょうおん記号については……まあ許容範囲、かな。


 知らんけど。


 ――ところでこの言語習得のための集まりには、以前から芽衣たちも参加したがっていたところを、遊びじゃないからという理由で遠慮えんりょしてもらっていた。


 一応、それぞれに班の仕事があるわけだしね。


 だけど、ここに来て解禁かいきんになったのには理由がある。


 それは、昨日の午後のこと――

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