第五章 第30話 学校訪問 二日目 その10

「ねえ、こんなところに連れてきてどうしたってのよ」


 御門みかど芽衣めいは、胡乱うろんな目で親友――早見はやみ澪羽みはね――を見た。


 時刻は、日付が変わるまであと一時間ほどというところ。


 校舎北にとめてある車のかげで、芽衣に軽くにらまれた澪羽は思い詰めたような顔をしている。


「うん……あのね、芽衣ちゃん」

「うん」

「私、芽衣ちゃんに嫌われたくないから……自分から言うね」

「え、何? 何か聞くのが怖いんだけど」


 自分から言うと言いながら、なかなか切り出せずにいる澪羽。

 かしたくなる気持ちを、芽衣は我慢強くおさえていた。


 そして、ようやく澪羽は口を開いた。


「さっき、図書コーナーでみんなで遊んだよね?」

「え? あー、うん」

「その時、朝陽あさひ君が言ったことなんだけど……覚えてる?」

「朝陽が?」

「うん」


 いきなり朝陽の話?


 話の行方ゆくえが全く読めず、芽衣は戸惑とまどう。

 この子は一体、何の話をしようとしているんだろう。


「いろいろしゃべってたから、どのことか分かんないよ」

「そ、そうだよね……ごめん」


 芽衣の言葉の中に、かすかな苛立いらだちを澪羽は感じた。

 こんなまどろっこしい言い方をしている――自分が悪い。


「別にあやまるようなことじゃないでしょ? でもあたしとしては結論から言ってもらった方がいいな」

「うん、そうだよね。分かった」


 まなじりを決して、澪羽は言った。


「私も朝陽君とちょっと似てるの。そして……瑠奈るなちゃんも」

「……はぇ?」


 結論からとは言ったが、端折はしょりすぎではないか?

 因果がつながってない。


「ご、ごめんね。ちゃんと説明するからね」

 芽衣の反応リアクションあわてる澪羽。


「あのね、さっきの朝陽君の言ったことって言うのは、『何となくぼんやりと分かる気がする』っていうやつなの。聖斗君がこっちの言葉がちんぷんかんぷんで分かんないって言った時に」


「あー……、確かにそんなこと、あったかも」


「で、似てるって言うのは、私と瑠奈ちゃんは、リィナやシーラの言うことがもっとはっきり分かるってことなの」


「……え?」


 朝陽と、澪羽と瑠奈。

 それが意味するところを、芽衣は理解した。


「もしかしてそれって、魔法ギームと関係あるって話?」

「うん」


 ちくり、と芽衣の胸の奥が痛んだ。


 ――魔法班会議あれから、芽衣はひそかに魔法の練習を続けていた。


 しかし今のところ、発動に成功する気配けはいは見えない。

 聖斗も同様らしいが。


「ふーん……で、それってどんな感じなの? 精神感応テレパシーみたいな?」


 動揺どうようを押し殺して問い掛ける芽衣に、少し考えてから澪羽は答えた。


「テレパシーって私はよく分からないけど、もしかしたら似てるのかも。あのね、私の胸に『ノック』みたいなのが来たの。こんこんこん……って、リィナから」


「胸に……ノック?」


「うん、変だよね。でもそうとしか言えないの。それで、私がドアを開けてあげるような気持ちになった途端とたんに、いろんな情報みたいなのが飛び込んできて」


「……」


 沈黙をって先をうながす芽衣。


「伝わってくるのは確かに向こうエレディールの言葉なのに、その意味するところが私の頭の中でイメージになって、理解できたの」


「……そうなんだ。うん……そこまでは分かった。で、あんたの方から話しかけるみたいなことは出来たの?」


「出来た……と思う。『リィナですか?』って聞いてみたら『そうだよヤァ』って返ってきたから」


「――そっか……」


 そのまま芽衣は黙り込んでしまった。


 自分の中にいろんな感情が混ざったまま渦巻うずまいていて、どれを選んで言葉にすればいいのか分からなかったのだ。


 驚嘆きょうたん――


 嫉妬しっと――


 羨望せんぼう――


 焦燥しょうそう――


 愛着あいちゃく――


 劣等感れっとうかん――


 ……どれも素直に口にするには、芽衣にとってなかなかに困難なことだった。


 彼女の沈黙をどうとらえたのか、澪羽は話を続けた。


「シーラとも話せた。でもあの子はこう言ったの。『他の人がいるところで魔法ギームでこっそり話すのは、私たちの社会では礼儀れいぎわきまえない行為なんだよ』って。『あなたたちはいいの。そんなこと知らなかっただろうしね。でも、ザハドに来た時には気を付けてね』とも」


「なるほど……それはでも、分かる気がするね」

「うん、私もそう思う。だから、芽衣ちゃんにはちゃんと話そうと思ったの」


 芽衣は、澪羽がわざわざこんな風に打ち明け話をした理由が、すとんとに落ちた気がした。


 ――この子は、私を傷つけたくないと考えたんだ。


 魔法ギームがらみのことなら、あれこれやっている内に必ず誰かが気付く。

 気付けば、きっと八乙女やおとめ先生の耳にも入る――。


 そうすればあのせんせーのことだから、分かったことは恐らくみんなで共有しようとするだろう。


 そうやって、他の人から事実が伝わるよりは、自分が話した方がショックが少ないだろうって。


 ――私を……見くだしてるってことかな。


ためしに瑠奈ちゃんともやってみたんだよ。そしたら、出来たの。初めて瑠奈ちゃんの声が聞けて、ちょっと嬉しかった」


 ――自慢、かな?


「そうだ。一番大事なことを言ってなかった。あのね、この、えーと……取りあえず芽衣ちゃんが言った精神感応テレパシーって言っとくね。これって、勝手に人の心を読んだり出来ないみたいなの。悪いとは思ったけど、あの場でちょっと試してみたから」


 澪羽はあせっていた。

 芽衣の沈黙がどんな感情の表れなのか、分からなかったのだ。


 その不安から彼女にしては珍しく饒舌じょうぜつになり、致命的な一言ひとことを口走ってしまったことに気付かなかった。


 ――あたしの心を、勝手にのぞいたんだ……


 普段だったら「勝手に見ないでよー」程度で済んだことだったのかも知れない。


 しかし今は、如何いかにもタイミングが悪かった。


 芽衣の心の片隅かたすみに、澪羽は見下したりなんかしてない、あたしを思ってしてくれたことなんだと、必死で叫ぶ彼女自身がいた。


 しかしそれは、もっとずっと大きくて疑心暗鬼ぎしんあんきとらわれたもう一人の芽衣自身によって、今にもつぶされそうになっていた。


「……め、芽衣ちゃん?」


 背中を向けたまま、一言すら発しない芽衣に、恐怖すら感じて澪羽は呼び掛けた。

 すると芽衣はくるりと笑顔を向けて言った。


「ありがとね、澪羽。わざわざ教えてくれて」

「え、あ、う、うん」

「あたしのことを、気遣きづかってくれたんだよね」

「うん……」


「あたしも魔法ギームの練習、もっと頑張んなきゃ。知ってる? 黒瀬先生がほんのちょっとだけトイペを動かせたって」

「あ、うん。聞いた」


 ごくわずかな距離だが、黒瀬が魔法の行使に成功したというニュースは、澪羽も耳にしていた。


 初めは全然出来なくても、練習を重ねてゼロ0.1れいてんいちに変えられた人がいる――この事実が、現時点では成果が出ない面々にとって希望のしらせであったことは言うまでもない。


「で、話はそれでおしまい?」

「うん、そうだけど……」


 芽衣は再びにっこりと笑った。


「そっか。じゃあそろそろ戻ろうか。明日お客さんたちを見送るまではきっと忙しいだろうからね」


「う、うん……」


 そう言ってきびすを返すと、芽衣は校舎に向かって歩き出した。


 ――言い知れぬ不安を感じながらも、澪羽はあわててその背中を追ったのだった。


    ◇


 翌日午後十時ごろ、ザハド勢一行は学校をった。


 来た時と同様に、たちばな響子教頭と八乙女涼介りょうすけの乗用車で、東の森の入り口まで送っていった。


 土産みやげとして、リンデルワールたちが所望しょもうしたA4コピー用紙二締ふたしめと画用紙一締ひとしめ、いくつかの文房具と会食で振るまわれた料理のレシピなどが持たされた。


 最も望まれた乗用車については、さすがに丁重ていちょうに断るしかなかった。


 ザハド勢からも、大量の食材や建材等がもたらされている。


 また、約一せつ(一ヶ月)に五日間の星祭りアステロマなるものが開催されることが学校側に伝えられた。


 ぜひ招待しょうたいしたいというリューグラムからの提案を学校側も快諾かいだくし、これによって三度目のザハド訪問が決定した。


 こうして、双方そうほうのある交流として、表面上はつつがなく終わった学校訪問。


 ――しかしその裏側では暗暗裡あんあんりたねかれ、すでかれていた種はあやしく芽吹めぶき、既に芽吹いていた萌芽ほうがはとある様相をゆるゆると、不気味にかたどりつつあったのだった。

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