第五章 第27話 学校訪問 二日目 その7

 エレディールの西方に位置する、リンデルワール凰爵こうしゃく領。

 その寄子よりこたるリューグラム家が治めるリューグラム弾爵だんしゃく領。


 そして、リューグラム領都りょうとピケをはじめ、流域りゅういきの町々にその名の通り大いなる恵みグラティエをもたらす大河、グラティエノヴォザナーシュ――通称グラーシュがわ


 その水源であるザナーシュ湖のほとりたたずむ塩の町、ザハド。


 ザハドの西の森の彼方かなた茫漠ぼうばくと広がる草原――禁足地。

 その地に、周囲の建物と共に突如とつじょ現れた、日本人二十三名。


 二つの文化が、禁じられた地にてまじわる二日目の夜。

 最後の追い込みとばかりに、各所で言葉をわす姿が見られた。


 あるいはけに、或いは暗がりでひそやかに。


    ※※※


「なあ、お、男はいないのかよ、男は」

「残念ながらいないわねー。ザハドにはいたけど」


 場所は、校舎二階の図書コーナー。

 時刻は……午後九時過ぎ。


 壁際かべぎわに立てかけてあった机や椅子を引っ張り出して、七人の子どもたちが集まっていた。


「まずあれね、この中でリィナやシーラとちゃんと面識めんしきがないのは、男子のあんたたちだけだから、自己紹介ね」


 当然のように場を仕切り倒す芽衣めい

 このメンバーではさもありなん、である。


 そもそも聖斗せいと朝陽あさひは、女子高生の二人――特に姉貴風あねきかぜ露骨ろこつに吹かせてくる芽衣――には普段からどうにも頭が上がらない。


「えーと、お、俺、天方あまかた聖斗」

「僕は、えー、神代かみしろ朝陽」


 口をもごもごさせながらも、それでも素直に名乗る二人。


 彼らに対して、リィナとシーラはにっこりと笑いかけながら、


「サブリナ・サリエール。リィナ、よぶ」

「ドルシラ・ギール。シーラ、よぶ」


 と右手を差し出した。


 思わず顔を見合わせる聖斗と朝陽。


 なかなか差し出された手にこたえようとしない少年たちの手をがっしりと握り、強引にリィナたちのそれつながせる芽衣。


「えーと、ポリーニごめんね、リィナ、シーラ。セオアルノァスこの子たち、えーっと、恥ずかしがるって何だっけ?」

「えっ、な、何だっけ? 私も分かんない」


 いきなり聞かれてわたわたと戸惑とまど澪羽みはね


 その様子を見ていたリィナが、


「あー、わたし、わかる。おとこのこ。わたし、リユナスオーナだいじょうぶ

「おー、大丈夫ユニタオーナね。マロースありがとう、リィナ。大人ねえ。それに引き換え」


 そう言って聖斗たちの顔をめつける芽衣。


「あのね、言っとくけどこの二人、あんたたちのいっこ下なんだからね」

「ウソだろ!?」

「マジで?」

「マジだっつーの」


 そう答えながら、芽衣は自分の飲み物をくぴりと一口飲んだ。


 冷蔵庫でしっかりと冷やした、グァバふうの果実水。

 それにつられたかのように、他の子どもたちも飲み物を口にする。


 リィナとシーラは、そんな新しいエスキムアプリアたちの様子をやわらかく微笑ほほえんで見ていた。


 ――もしリィナが日本語をもっとたくみに聞き取ることが出来ていれば、同じように年齢の話で驚いていたザハドにいる友人たちのことを思い出したかも知れない。


 それでも、正確には分からずとも大まかなニュアンスを感じ取れるくらいには、特にリィナの日本語能力は上達していた。


 そしてそのことは、彼女のある能力の向上にも寄与きよすることになった。


「それで芽衣ねえ、何で俺たち集められたの?」


 何と、芽衣は四歳下の聖斗たちに自分のことをあね呼びさせていた。


 聖斗としては、最初こそ相当な抵抗があったようだが、一度そう呼び始めたらいつの間にか自然になっていた。


 澪羽に対しても「澪羽姉みはねえ」と、かなりしたな呼び方になっている。


 そう呼ばれることに、澪羽は多少の気恥きはずかしさを感じつつも、満更まんざらでもない様子でもある。


 一方朝陽あさひはどういうわけか、かたくなに「芽衣さん」「澪羽さん」呼びをあらためようとしないでいる。


 それでも当初の「苗字プラスさん」に比べれば多少は軟化なんかしたものだと、芽衣は妥協だきょうしている。


「別に深い意味はないよ。大人は大人たちでいろいろやってるから、あたしたちも子ども同士で仲良くしようって思っただけ」


「んーでもさ、仲良くするのはいいけど、何話していいのか分かんないよ。俺、言葉とかちんぷんかんぷんだしさ」


「僕は、何となくぼんやりとだけど、分かるような気がするんだよね」


「マジかよ、朝陽」

「うん」


 すると、何故なぜか澪羽と瑠奈が顔を見合わせている。


 芽衣はその様子に気付いたふうでもなく、話を続ける。


「言葉は確かに難しいし、あたしもまだよく分からないけどさ、昼間のドッヂボールとか面白かったじゃん」


「うん……まあ、確かに面白かったけど」


 ――ドッヂボールもバドミントンも、子どもたちは子どもたちでとても盛り上がったのだ。


 最初は「女子に当てるなんて」と、若干およごしだった男子二人も、リィナとシーラの思いがけない運動能力をの当たりにして、本気を引きずり出されていった。


 しまいには、上手くいったらハイタッチやフィストバンプぐータッチをしたり、失敗したら「ドンマイ」と声を掛けたりして、コミュニケーション面でも上々じょうじょうだったのである。


 それが時間をおいてしまって、急に「照れ」がぶり返している。

 芽衣はポケットから何かを取り出した。


「じゃーん。という訳で、もうちょっと仲良くなるためにトランプを持ってきました!」


「あれ、それうちのクラスのやつじゃん」

「そう? 洗濯物をす時に見つけたんだけど」


 朝陽の指摘してきした通り、芽衣は六年一組のロッカーからそれをちゃっかり調達していた。


「そうだよ。他にも将棋とかオセロとかあったでしょ? 遊びクラブで使ってたやつだよ」


「あったよ。でもオセロとかは二人でしか遊べないから、取りえずトランプね」


「トランプって、何やるんだ?」

「ババ抜きね」


 ――それからしばらく、ああでもないこうでもないとわちゃわちゃしながらも、七人の子どもたちは、いつしか笑い声がえない程の楽しい時間を過ごした。


 その最中さいちゅう、澪羽はある決心を固めていた。

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