第五章 第26話 学校訪問 二日目 その6

こちらへどうぞヴェーニャセオジョールルテーム


 案内するのは、校舎西側に新たに現れた建築物。

 即ち、「風呂バーナ」だ。


 はっきり言って見た目はちょっとシンプルな掘っ立て小屋だけど、脱衣所、洗い場、三畳ほどの広さの浴槽よくそうそろった、素晴らしい施設なのだ。


 まあ作りはかなり甘い。


 小さな隙間すきまはあちこちに開いてるし、使った木材も十分じゅうぶん乾燥かんそうさせていないからいずれはゆがんでくるんだろうけど、そもそもこれは風呂だし。


 不都合が出たら修理すればいいのだ。


 ――最初のお客さんは、四人。


 リューグラムさんとリンデルワールさん、あとそれぞれの従者の人が二人。

 身分的に妥当だとうなところなんだろうね。


 次に男性の護衛三人と、エリックの四人。


 最後に、女性の護衛二人とエリィナさん、リィナとシーラの計五人。

 この九人は、職員室で順番待ちしてもらっている。


 ――俺と瓜生うりゅう先生はこの建物の横で、何かあった時のために待機しているのだ。


「いやあ、何とか間に合ってよかったね」

 瓜生先生が嬉しそうに言う。


銅管どうかんを作ってもらえたのが、でかかったですよね」

「届くのにずいぶん時間がかかったけどね」


 風呂を作るに当たっての課題はいろいろあったけど、お湯をどうやって作るかってのが一番大変なところだった。


 ドラム缶でもあれば、シンプルに五右衛門ごえもん風呂とかいけたかも知れないが、生憎あいにくそんなものはなく。


 あれこれアイディアを出し合った末、ほそい金属のくだに水を通して、その管を火で直接熱すると言う、乱暴に言えば瞬間式ガス給湯器きゅうとうきの仕組みに似たやつになったのだ。


 この方式の最大のネックは、その細い金属の管を入手できるかどうかというところだったんだけど、最初にザハドを訪れた時に、まあダメもとで頼んであった品が十日ほど前に届き、急ピッチで完成させたというわけ。


 ちなみにもし入手できなかった時には、焼石やきいしをたくさん作って水を熱するという力技で対応するつもりで、建物の建築そのものは進めていたのだ。


「しかし……使い方とか大丈夫かなあ。こっちザハドの人って大分僕たちとは習慣が違うんでしょ?」


「うーん、一応説明はしてありますけど……正直なところ、ちょっと心配ではありますね」


「サウナなんだって? エレディールは」


「国としてそうかどうかは分かりませんけど、少なくともザハドはそうですね。セラウィス・ユーレジアにもありましたし、町の中にも湯屋ゆやみたいのがありましたから」


「シャワーなんかはどうだった?」


「そう言えば……セラウィス・ユーレジアでそれらしきものを見ましたね」


 俺たちの計画でも、浴槽よくそうが無理ならせめてサウナをって話もあった。


「サウナもいいよねえ。あの銅管どうかんねっする部分の火を利用して作れそうな気がする」


「お、いいですね。カイジ班にはかってみましょうよ」


 瓜生先生が出来そうって言うなら、結構期待できるな。

 この人は、割と何でも作っちゃうから。


 ――それにしても……風呂と言えば、俺にはひとつ疑問がある。


「ねえ、瓜生先生」

「ん?」


「マンガでもアニメでもいいんですが、風呂の場面になると『カポーン』ってき文字があったり、実際に音がしたりしますよね?」


「え? ……んー、まあ言われてみれば、そうだね」

「あれって……何の音なんですかね」

「ええ?」


 ずっと、分からないんだよなあ、これ。


 最初は、オケか何かがどこかにぶつかって鳴る音かと思ってたんだけど、露天風呂の場面でも音がしてたし、何なら鹿威ししおどしの効果音としてえがかれている時もあったし。


「鹿威しって、カポーンなんて音はしませんよね?」

「うーん、そうだね。あれは『コン』って感じかな」


 ……すると風呂の方から「ふー」とか「うー」とか声が聞こえてくる。


 まあいいか、この話は。

 それより、ちゃんと洗ってから湯船ゆぶねに入ってくれって言ったの、通じてるだろうか。


 一応、お湯のほうは絶え間なく流れ込むかけ流しにして、あふれるお湯が常に流れ出るようになってるから、よどんだりはしないだろうけど。


「瓜生先生、このあといよいよですね」

「うん? ……ああ、そうだね。これが吉と出るか凶と出るか分からないけど」

「こうまで関わり合ったら、もうどのみち隠しておくことは出来ませんよ」

「確かに」


 お客さんたちにお風呂を楽しんでもらった後は、夕食を食べながら今回のメインと言えるイベントを行う。


 ――それは「情報開示かいじ」だ。


 具体的には、俺たちの持つスマホに保存されている様々なデータ――おもには写真や動画等の映像資料、ゲームとう――を、プロジェクタを使って紹介していく。


 俺たちの住んでいた世界、文化をエレディールの人々に知ってもらう――これは即ち、俺たちの正体と価値を知らしめるってことを意味する。


 ……これを言い出したのは、俺だ。


 当然のことながら、結構な反発を食らった。

 要するに、手のうちを全て明かしてしまうことが不安だと言うのだ。

 この気持ちは、俺にもよく分かる。


 確かに俺たちの持つ知識や技能は、ある意味切り札でもある。

 それを開示してしまうことで、危うい事態じたいまねきかねないという可能性も理解できる。


 でも、忘れちゃいけない一番大事なことは、「元の世界に戻る」という俺たちの大目標なのだ。


 俺たちが違う世界ところからやってきたことを明らかにしない限り、帰るための具体的な情報や手立て、協力を得られることは恐らくあり得ない。


 犬のおまわりさんに出てくる迷子まいごの子猫ちゃん相手じゃあ、向こうだって「わんわんわわーん」だろ。


 ――大体、もうすでに俺たちはスマホやら車やら校舎やらをお披露目ひろめしちゃっているのだから、隠すのも今更いまさらってもんだろう。


 それに、向こうだって俺たちの正体についていろいろ考えて、当たりを付けてるんじゃないかな。


 その答え合わせをしてやるんだから、驚きはされても納得感の方が大きいように思う。


「りょーすき!」

「……ん?」


 職員玄関の方から、手をげながらでかい声で俺を呼ぶのは……エリックか。


 あの男とはもう何回顔を合わせているのか分からないくらいなので、相当気安くなってきている。


 年齢としははっきり聞いてないけど、俺と同年代かあっちがちょっと上か、そんなもんだろ。


 ……ちょうどいいタイミングで、風呂の建物――湯殿ゆどのと呼んでおこう――から先客四人が出てきた。


 ――Tシャツに短パン姿で。


 お貴族様のこんな恰好かっこうは、そうそう見られるもんじゃないだろうなあ……


 着替えとか持ってきてるだろうとは思ったけど、一応浴衣ゆかた代わりに余っていたやつを貸したのだ。


 それにしても……貴族のくせに、意外と似合ってるな。


 ま、俺たち学校勢も午後八時くらいから交代で入る予定だ。


 楽しみにしとこう。

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