第五章 第22話 学校訪問 二日目 その2

 さてと……八時五十分か。


 もうあと十分じっぷんほどで、一つ目のメニューが始まる。


 ――空手の練習風景と演武えんぶ披露ひろうだ。


 もちろん、俺こと八乙女やおとめ涼介りょうすけも参加するのだ……マジで。


 ――お客さんの案内をまずは山吹やまぶき先生にまかせて、俺はいつも練習に使っている六年二組の教室にさきんじて来ていた。


 道着どうぎなどないので、これまたいつもの服装であるTシャツにひざまでのハーフパンツに裸足はだしというで立ちである。


 俺のほかには、同じく練習生である天方あまかた君と神代かみしろ君と瑠奈るな

 師である椎奈しいな先生。

 そして何故か、かがみ先生までがいる。


 鏡先生は昔取った杵柄きねづからしく、腕に多少の覚えがあるんだそうだ。


 椎奈先生は黒板の前に、俺たちは彼女と向かい合うようにして南側から俺、天方君、瑠奈、神代君、鏡先生の順で並び、正座している。


 ――しばらくして、どやどやと山吹先生に先導せんどうされたお客さんたちが入ってくるのが感じられる。


 衣擦きぬずれの音で、彼らがそのまま教室の後ろに横並びに座るのが分かった。


 ――この国エレディールの武術事情?については、今のところ何の情報もない。


 今朝、剣の練習をしていたらしいから、剣技けんぎについては何かしら体系だったものがあるのかも知れないな……。


 「姿勢を正して……黙想もくそう


 椎奈先生の言葉に、目をつぶる。

 後方の何人かが何かを話していたが、それも自然にむ。


 たっぷり三十秒ほどって、


「やめ。正面にれい


 ぐぐっと頭を下げる。


「互いに礼」

押忍おす!」


「では、準備体操から」


 ここからおも柔軟じゅうなん体操が始まる。

 これがなかなか、地味にキツイのだ。


 手首足首とか、膝の屈伸くっしん伸脚しんきゃくくらいはいいんだけど、いわゆる「女の子座り」「アヒル座り」「ぺたんこ座り」と呼ばれてるらしい、あしを伸ばした状態からひざをこう外側に曲げて、かかとケツ近くに持っていく座り方が、俺的には完全に不可能。


 あんまり無理にやるなと言われてるから、俺はいまだにぺたんと尻をゆかにつけられず、中途半端に腰を浮かしてぷるぷるしているのだ。


 はっきり言って、一番見られたくない姿勢なんだが、俺以外はみんな、鏡先生すら涼しい顔でぺたんこしている。


 流石さすがに俺の無様ぶざまなりを見て笑うような人はいないようだ。


 よかった……。


 あと、けん立て伏せも苦手だ。

 教室の床でやるの、痛いから。

 五回くらいしか出来ないけど、これも無理しなくていいと言われている。


 ――体操が終わったら、基礎練習だ。


 まず、閉足へいそく立ち、むすび立ち、猫足立ちなんかの立ち方をやったら、並行立ちから構えて中段突き。


 椎奈先生が「いち!」「にぃ!」と数えるので、それに合わせて正面を突き、「じゅう!」の時に「あー!」とか「やー!」とか言いながら突いて終わる。


 とにかくデカい声でさけぶので、後ろの方がザワつくのが分かった。


 中段突きの次は上段突き。


 それが終わったら、うわ受け、した受け、そと受け、うち受け、受けてから突きを繰り返して、今度は中段り、横への込み。


 膝の蹴り下ろしも。


 それから首を狙って左右で手刀しゅとうそと回し打ち。

 あとはした突き。


 下突きは突く方のわきめて、何と言うか腰ごと打ち込む感じ。

 アッパーとはちょっと違うね。

 手の甲は当然、下を向く。


 今度は今やった基本の突きや受けや蹴りを、移動しながら教室を南北に往復して繰り返す。

 ここでも一々いちいち、声を出す。


 それでようやく、基礎練習が終わるのだ。


 その頃にはもう汗だっらだらで、床にもぽたぽたしずくが落ちる。


 普通の道場とかだったら、全部終わった後に掃除をするらしいんだけど、何しろせまい教室だし足元がれてると危ないので、気付いた時に雑巾ぞうきんくようにしている。


 ――基礎練の後は、防災頭巾ぼうさいずきんを重ねて作ったパンチングミットやキックミットを使って、適当にバラけたりお互いにペアになったりして、技を実際に当てる練習をする。


 今日のところは俺と椎奈先生、鏡先生と瑠奈、天方君と神代君でペアを作って、順突じゅんづきや前蹴り、回し蹴りを簡単に披露ひろうして終わった。


 最初はちょっと緊張してた俺も、汗をかくうちにギャラリーのことはどうでもよくなっていった。


 ――そんな、いい感じに場も身体もあったまってきたところで、次は演武えんぶだ。


 まずは、俺と鏡先生が椎奈先生に襲い掛かるやつから。


 あんまり多いと俺たちが覚えきれないので、俺と鏡先生それぞれ三つずつ攻めるパターンを練習したのだ。


 子どもたちは廊下側の壁のところに移動して、正座。

 お客さんたちはそのまま、教室後方こうほうに。


 俺たちが攻め、椎奈先生が受けて攻撃を返す。


 目の前でバトルが始まったと、リィナたちがビビってるのが分かったけど、護衛達は流石さすがと言うか、ひたすら俺たちの動きに注視していた。


 結果的に、一応練習通りのことは出来たと思うが……正直椎奈先生とは絶対にケンカしたくないと思った。


 攻撃は基本的に寸止めだから、実際に吹っ飛ぶようなことはないはずなのに、あまりの技のキレと気迫に気圧けおされて、俺は想定以上にぶっ飛ばされて窓側の壁に激突。


 椎奈先生は「あ、やば」という表情をしたけど、それも一瞬。

 すぐに次の動きに入っていった。


 あとで「ごめーん、八乙女さん」と無茶苦茶あやまられたけど、当ててないんだから彼女が悪いわけじゃない。


 それほど気迫のこもった攻撃だったというだけの話だ。


 そのことは、最後の椎奈先生による単独演武できっと他のみんなにも伝わったと思う。


 やってることは、突き、受け、蹴りを組み合わせているだけなのに、静と動のメリハリというか、動きのキレがすごすぎて、ギャラリー一同、椎奈先生の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを文字通り固唾かたずを飲んで見守るしかなかった。


 技を出す時の、教室全体を震わせるような発声、震脚しんきゃくをしたわけでもないのに、瑠奈がびくんと一瞬浮くくらいの迫力……最後の残心ざんしんが終わって、一礼いちれいした椎奈先生には、自然と割れんばかりの拍手が贈られていた。


 ――そして、全ての演目が終わると、最初のように並んで正座。


 黙想もくそうが終わって正面に礼、お互いに礼、そして、


「お客様に礼!」

「押忍! ありがとうございました!」


 ――ふう……。


 これでまず、最初のイベントは無事に終わった。


 ……ザハドのみんなはどんな印象を持ったんだろうな――――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る