第五章 第21話 学校訪問 二日目 その1

「――――!」

「******!」


 耳慣れない掛け声のようなもので目が覚めた。


 枕元まくらもとのスマホを見ると、まだ午前五時半だ。


(おいおい、マジか……)


 昨日の夜はちょい夜更よふかししたもんで、正直寝足ねたりないのだが……。


 眼をぐしぐしとこすりながら、俺は仕方なく起き上がる。


 パーティションの向こうから、あちこちでごそごそ音がするから、俺と同じように起こされた人が何人かいるんだろう。


 のろのろと着替える。


 ……少し洗濯物がまってきたか。


 たった二日分程度ではあるけど、えが潤沢じゅんたくにあるわけじゃなし、溜めすぎて困るのは自分なので、お客さんが帰る明日あした、洗おう。


 ――タオルと歯ブラシと水の入ったペットボトルを持って、指定の洗面所に移動。


 洗面や歯みがきは今まで外でやってたんだけど、なかなか大変だと言うことで試験的に一階廊下にある水道のところだけ使ってみることになった。


 もちろん蛇口じゃぐちひねっても水は出ないので、あくまで水を流すだけの用途ようとで。


 半月ほど続けてるけど、今のところ目に見える異常は起きていない。


 配管はいかん的にも、排水は恐らく地面に吸収されているらしいとのこと。


 ――職員室からは、既に忙しそうに立ち働く気配けはいが音と一緒にれてきている。


 ガララッ。

「キャッ」

 おっと。


 ドアが勢いよくひらき、中から出てきた人物が、中の様子をうかがっていた俺とはち合わせになる。


「おはよう、澪羽みはね

「あっ、す、すみません、おはようございます。先生」

「朝早くからご苦労さん」

「あ、えーと……はい」

「リィナたちはどう?」


 お客さんたちのうち、リューグラムさん一行いっこうとリンデルワールさん一行、あとアウレリィナさんは例によってグラウンドで野営して夜を明かしている。


 ――ちなみにだけど、リューグラムさんたちをファミリーネーム呼びして、アウレリィナさんは名前呼びしてることに、特に深い意味はない。


 いて言えば、呼びやすさだな。


 アウレリィナさんについては、本来は「ヴァルクスさん」って家名かめいで呼ぶほうがいいのかも知れないけどね……貴族みたいだし。


 でも「ルテームレーロラウエリィナエリィナとよんでください」とにっこりして言われたから、お言葉に甘えてエリィナさんと呼んでいるのだ。


 面と向かっては「エリィナさんグレス・エリィナ」ね。

 リィナと若干まぎらわしいってのは、俺もそう思う。


 流石さすがにリューグラムさんとか、特にリンデルワールさんをファーストネーム呼びするのは失礼が過ぎるだろうから、呼ぶ時は「リューグラム卿ノスト・リューグラム」みたいに声を掛けている。


 ……「何とかきょう」とか呼ぶの、ちょっとカッコイイよな。


 ――それで、リィナとシーラとエリックは野営道具がないこともあって、図書コーナーにスペースを作って、そこに俺たちと同じような段ボールパーティションで個室をこしらえたのだ。


「まだ寝てると思いますよ」

「そっか。まあそろそろ起きるだろ」

「そうですね」


 ――ザハドの町では、多くの人は一日の最初になるかね、つまり一時鐘いちじしょうで起床するらしい。


 こっちで言うところの午前六時だから、仕事やら何やらでそれより早い人も遅い人もいるだろう。


 ……ふと思ったが、この辺だと鐘の音は聞こえてこない。

 彼らは起きられるんだろうか。


 ――そんなことを考えていると、職員室の中から芽衣めいが出て来た。


「おはよー、八乙女せんせー」

「おう、おはよう、芽衣めいも早くから偉いな」

「まあね。仕事だからね」


 なかなか偉そうなことを言う。

 ま、実際頑張ってて偉いんだが。


「そう言えば、グラウンドの声、聞こえたか?」

「うん。リューグラムっちが護衛ごえいの人たちと朝の訓練してるみたい。かっこいいよ」


 ちょっと待て。


「……お前、リューグラムっち・・とか、本人に向かって言ってないだろうな」

「当たり前じゃん。あ、『当たり前エヴィダン』だっけ?」

「そうだけど! ……全く、そう言うの咄嗟とっさの時に出るもんだからな。気を付けろよ」


 まあ日本語じゃあ言われても分からないだろうけど、万が一説明を求められたら面倒だしな。


「そうそう。ちょっと教えて欲しい言葉があるんだけど」

「ん? 何?」

「『バカ』って、何て言うの?」

「お前ね……英語を習い始めた中学生みたいな質問はやめなさい」

「いいから、早く」

「ったく……確か『カダグラーヴァ』だな」

「やだ……何かかっこいい」


 ……意味を教えてやるか。


「あのな、カダグラーヴァって『桶頭おけあたま』って意味だぞ」

「何で桶なの?」

からっぽだからだろ?」

「ぷ。ウケる」


 けらけら笑う芽衣。


「やたらめったら使うんじゃないぞ?」

「分かってるって。あ、まだ朝ご飯は準備中だからね。じゃーねー」

「私も準備に戻りますね、先生」

「あ、うん。よろしく頼むな」

「はい」


 そう言って、二人は職員室の中に戻っていった。


 ……そう言や澪羽あいつは、何のために出てきたんだ?


 ガラッ。

 赤い顔をして澪羽が出てくる。


「私、保健室に行くんでした……」


 うつむいたまま、走って行ってしまった。


 ――食事の準備は、特にこの三日間についてはいつも以上に大変だと思うから、本来なら手のいてる人は積極的に手伝った方がいいんだろうが……その辺のことは、事前にお達しがあったのだ。


 花園はなぞの先生が中心となって、各々おのおのの仕事や提供する料理やイベントとかを総合的に段取だんどって、人員を適切に配置しているんだそうな。


 忙しくしてるところに、ポンと飛び入りがあると、かえって邪魔だと。

 まあきっと、気をつかってそう言ってくれてるんだろう。


 俺や山吹先生は、お客さんがいる間はそっちに付きっきりになるから、準備やら片付けやらの仕事は、ありがたいことに全面的に免除めんじょしてくれているのだ。


 そう言われてたら、無理やり押し掛けるわけにもいかないし……ひげをったら、リューグラムさんたちの訓練の様子でも見学するか。


    ◇


 昨日の第一日目は、ちょっとボリューミィなプロローグ。


 ――そして、ザハドぜい訪問二日目――メインパート――は、こんな風に始まったのだった。

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