第五章 第20話 一日目を終えて その2

 ザハド御一行いっこう様による学校訪問の、第一日目が終了した。


 疲労困憊こんぱいしていた俺こと八乙女やおとめ涼介りょうすけは、職員室のソファで一息ついていた。

 そこに瓜生うりゅう蓮司れんじ先生がやってきて、エレディールのことを考察しつつ、雑談。


 そして再び、職員室の扉が開いた。


    ☆


 ガララ。


「あ、いた。瓜生先生、八乙女やおとめ先生、お疲れ様です」

 と言いながら、上野原うえのはらさんが入ってきた。


「お疲れ様。上野原さん」

「どうしたの、上野原さん。眠れないとか?」


「いえ、眠いと言えば眠いんですが、上からグラウンド見たら何か綺麗きれいで……一階から見てみたくなったんです」


「不用意に近づくと警戒されるよ。ほら、見張りも立ててるみたいだしさ」

「う……そっかも知れませんね」


 そう言って、俺の隣りにちんまりと座った。


「あれ、寝ないの?」

「んー……せっかくりてきたから、もうちょっと」


 ……よく分からん理由だけど、まあいいか。


 俺たちの会話を聞いていた瓜生先生が、


「上野原さん、料理の方で大活躍だったんだって? 花園先生たちから聞いたよ」

「えっ、そうなんだ」

「い、いえ……そんな大したことでは……」

「あれでしょ? あのひらたいパスタとアイスクリーム、上野原さんが作ったそうじゃない」


 ……マジか。


「あのトマトソースみたいのがかかってたやつ? きしめんみたいな?」

「まあ、はい。って言うか、タリアテッレって言うんですよ。きしめんじゃないですから」


 LEDの光に照らされてる彼女の顔は、照れてるのかむくれてるのか……でも、何か嬉しそうな気持ちが伝わってくる感じがする。


「そっか。タリア……も美味しかったけど、アイスもよかったよ。なつかしい味がした」


「ありがとうございます。でも、パスタもアイスクリームも作り方はそんなに難しくないんですよ。花園先生や不破先生もご存知ぞんじでしたし。それに」


 どういうわけか、一旦いったん言葉を切る上野原さん。


「八乙女先生たちが、ザハドでしたっけ? 町の偉い人たちと交渉して、小麦粉やミルクやタマゴが手に入るようにしてくれたおかげなんですよ」

「ああ、そうか。ん~でも、運が良かったってのもあるんだよなあ」


 ……ちなみに、職員室の冷蔵庫は最初期から稼働かどうさせている。


 二台あるポータブル電源と太陽光発電パネルで、必要な電力は十分じゅうぶんまかなえることが分かったからね。


 ――ガラララ。


「あ、やっぱりいたー」

「何してるんですかー?」


 何だよ、やたら集まってくるな。


山吹やまぶき先生、黒瀬くろせ先生、お疲れ様です」

「お疲れ様ー、上野原さん」

「お疲れ様」


 二人の手には、しっかりマグカップがにぎられている。

 ダベる気満々か。


「ほら、二人ともここ座りなよ。僕はそこのパイプ椅子いすを使うからさ」

「えっ、いえいいですって。私がパイプ椅子を」

「いいからいいから」


 瓜生先生はさっさと立ち上がって席をけると、パイプ椅子を取りに行った。


「すみません、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 二人はしばらくもじもじしていたが、お互いうなずき合ってから俺の向かいのソファに座った。


「さすが瓜生先生、紳士ですねー」


 そう言いながら上野原さんがひじで俺をつつく。


 何だっつーの。

 俺にそういうイケメンムーブを求められても困るんだが。


 大体さっきの状態で俺が席を空けたところで、おひとり様用のスペースが一つずつ、向かい合わせに出来るだけじゃんか。


 そう反論したら「そういう問題じゃないんですよ……」とあきれられた。

 山吹先生と黒瀬先生は、さいわいなことに黙って笑ってるだけだった。


「そりゃそうと、どうしたの? 二人とも」

 面倒な流れにならない内に、話題を変える。


「何か下の方から、ぼそぼそと話し声が聞こえてきたから、様子を見に来たんですよ」


 黒瀬先生が答える。


「えー? 聞こえた? 二階で?」

「しーんとしてると、結構ひびくんですよ。ここって草原の割に、何でか虫の声がひかえめだから」

「窓なんかもう、ずっと開けっ放しですもんね」


 そういうもんなのか。


「八乙女さん、接待アンド通訳お疲れ様」


「ありがとう。でもホントに疲れたよ。あの人たち、こっちのペースなんかお構いなしにしゃべり倒してくるんだからね。こちとらネイティブじゃないっつーの」


「リィナとシーラも、眼を白黒しろくろさせてましたね、ふふ」


 ドアと言うドアは一つ残らずけて、眼にするものいちいち「これは何だ?」「何で出来てる?」「どうやって使うものだ?」ってんだから、もうね。


「校舎北を案内した時も、リアクションがすごくなかった?」


 山吹先生の言う通りだが、俺としてはその前に、スリッパのまま外に出ようとするのを阻止そしするのが大変だったよ。


 当然のことながら、最初に校舎に入る時もそのまんま土足どそくで行こうとしてたからね。


 ――ところで、裏の駐車場に止めてある車は、普段使い?してる俺と教頭先生のもの以外、基本的に動かしていない。


 前にガソリンを全部抜いて、俺たちの車と瓜生先生のバイクに集約して使おうということにはなったけど、万が一の事故や故障した時の予備スペアとして、一週間に一度くらいエンジンをかけてバッテリー上がりを防いでいる。


 それに、車の持ち主としてはやっぱり、ただちさせるのは忍びないという思いがあるようだ。


 その気持ちはよく分かる。


「車に対してもそうだったけど、アスファルトにも興味を示してたね」


「あとバイクにもね。動かしてみて欲しいって言うから、瓜生先生に来てもらったら先生ったら調子に乗っちゃって」


 山吹先生は笑って言うけど、バイクを見た時のあの人たちの食いつきがホントにすごかったのだ。


 そこに瓜生先生がウオンウオン吹かして駐車場をぐるぐる走るもんだから、リューグラムさんとかおじいちゃん――リンデルワールさんとか興奮しちゃって、大変だった。


「おかげで明日、乗せて走らなきゃならなくなったよ」

 やれやれって顔してるけど、自業自得ですからね、瓜生先生。


「明日は明日で、朝から晩まで盛りだくさんよね。ねえ、八乙女さん」

 涼しい顔で言う黒瀬先生。


 うっ……。


「そう言えば、準備は大丈夫なんですか? 八乙女さん?」


「だ、大丈夫さ……大丈夫。練習頑張ったし。それより山吹先生だって出番あるでしょ? 大丈夫なの?」


「私ですか? 私はもちろん平気です」


 一日目の今日は、学校の施設とか備品とかの、いわゆるハードウェア的なところを案内したわけだが、二日目の明日は、ソフト面というか文化的なあれこれをお見せしようという計画なのだ。


「だって、楽譜とかないんでしょ?」


「ありませんよ。自分の楽譜がくふは家に置いてあるので……でも私、流石さすがに全部とは言いませんけど、今までいた曲はほとんどおぼえてますよ?」


「え、ウソでしょ?」


「本当です。記憶してると言うより、指が覚えてるって感じですけどね。明日の演目えんもくもちゃんと練習してありますから」


 はえー……確かに演奏動画とかだと、譜面ふめんなんてないことが多いけど……。


 いやそれでも、練習した曲をほとんど暗譜あんぷしてるって、すごくない? そういうもの?


「八乙女さんが怪我しないかってのもちょっと心配だけどさ、あれ、マジでやるの?」

 瓜生先生が真面目な顔で聞いてくる。


 八「あれって……外でやるあれですか?」

 瓜「そう」

 黒「投擲とうてき能力は人類が最強って聞いたことありますから、何かちょっと怖い」

 山「先方には、ちゃんと了解を取ってありますよ。ラインも引いてありますし」

 上「何て説明したんですか?」

 山「ピルコける運動ゲラック……って」


 そんな感じで、さっき黒瀬先生が言ったみたいに、明日は本当に朝からこれでもかってくらい、いろんなイベントというかアクティビティというか、とにかく目白めじろ押しなのだ。


 異文化交流とか、それにともなう結構重めな覚悟とか、ただ楽しいだけじゃ済まないことも実はある。


 でも俺は正直、学習発表会――本校だと銀濤祭ぎんとうさいと言う――のような文化祭のような、あのわくわくしながらいそがしく準備をするような、懐かしい気持ちがあることも否定しない。


 何と言うか……久しぶりに、教師っぽいことをしてる気がするのだ。


 それに――明日は長い間待ちに待った、あれ・・の開放もある。


 ――そのあと俺たちは、明日のことやら関係ないことやらについてあれこれと話に花を咲かせた。


 そして、もうあと十分じっぷんほどで日付が変わろうという頃になって、お互いに就寝しゅうしん挨拶あいさつを交わしつつ、それぞれの寝床に戻っていったのだった。

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