第五章 第19話 一日目を終えて その1

「ふ~~……疲れた」


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――は応接コーナーのソファに、どっかりと腰かけた。


 時刻は、午後十時過ぎ。


 グラウンドに、モンゴルあたりの遊牧民族が使うゲルのような天幕てんまくが、五つほど建てられているのが見える。


 どの天幕のキャノピーも中の光がけて、まるでそれ自体が巨大な照明のようにぼんやりと光っている。


 ……あれも、きっと魔法ギームの光なんだろうな。


 護衛ごえいの人が二人立ってるな……いわゆる歩哨ほしょうと言うやつだろうか。


 まあ安全だろうとは言っても、丸っきり無警戒でいるわけにもいかないんだろう。

 お疲れ様です。


 それにしても――月並みな言い方だけど、嵐のような一日だった。


 まず、迎えの車から降りた後、学校の建物と周辺を見て口をあんぐり開けたまま、ぼっ立っているザハドのお偉方えらがた一行いっこう様。


 分かる。


 ちょっと違う意味でだろうけど、転移直後に俺もおんなじことやったから。


 ――そんな彼らを、山吹やまぶき先生が先導せんどうして職員室に案内していった。


 俺は、まだ森の入り口にリィナたち四人を残してきていたので、急ぎ戻って連れてこなけりゃならなかったからね。


 そのリィナたちは案のじょう、車に乗って大はしゃぎの大興奮だった。


 もう乗り込むところから大騒ぎだったが、走り出してキャーキャー、パワーウィンドウを開け閉めしてやってもキャーキャー。


 俺も調子に乗ってサンルーフを開けてやったら、予想通り顔を出してギャーギャー。


 ……まあ日本じゃないし、障害物なんて全くない状況だからね。


 リィナとシーラは、着いてからも芽衣めいたちとキャイキャイとまあ……あの年頃の女の子ってのは、例え世界が違っても変わらないもんなのかな。


 ――そう言えば、女の子と言えば、新顔の女性が一人いた。


 俺の記憶が正しければ、全く知らない人ってわけじゃない。

 リィナの宿屋ところで見たことがある顔だ。


 食堂でみんなと飲み食いしてる時、近くのテーブルで一人でポツンと食事をしていた女性――二回目に行った時にもいたから、記憶に残っていたのだ。


 その人は「アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクス」と名乗っていた。


 この世界の命名規則――コーディングのほうじゃなくてね――みたいなの、まだ全然分からないけど、ミドルネームがある人は貴族っぽいと今のところは判断してる。


 リィナは、「サブリナ・サリエール」らしいから。


 この女性、どうやらリィナとは顔見知りのようだが……。


 けど、アルヴェールって確か短剣とか小刀こがたなみたいな意味だった気が……。

 どういう経緯けいいでつくんだろうか、ミドルネームは。


 ……おや、ドアの外で足音が聞こえる……と思ったら、ガラリと開いて瓜生うりゅう先生が入ってきた。


「おっと、八乙女やおとめさんだったか」


 そうして、何やら飲み物の入ったカップをテーブルに置くと、俺の向かい側におんなじようにどっかりと座った。


「お疲れさん」

「お疲れ様です、瓜生先生」


 俺は何となく、自分のマグカップをかかげた。

 瓜生先生も、流れるようにカップを持って、俺のマグに軽く当てた。


 ちなみに俺が飲んでたのは、もういい加減めてきているアシタバ(仮)茶だ。


「八乙女さんと山吹さん、お客さんたちにほぼ付きっきりだったからねー」

「まあ役目じょう、しゃーなしですよ」


 ――訪問第一日目の今日は、学校とか周辺の見学がおもだった。


 花園はなぞの先生と不破ふわ先生をメインシェフに、腕によりをかけて作ったたくさんの料理を昼の会食でふるまってからは、食休みをはさんで一階から三階まで、裏の駐車場周辺とかトイレとか、とにかくありとあらゆるところを案内することになった。


 昼食のメニューの中にも、平べったいスパゲッティとかいくつか彼らの興味を引くものがあったようだ。


 どうもこちらには、めん料理がないらしいのだ。

 まあ広い国のことだろうから、この辺にはないだけかも知れないけど。


 ……国と言えば、彼らと話す中でいろいろなことが分かったのは収穫だ。


 まず、ここは「エレディール」という国だと言うこと。

 分かっていたことだけど、元の世界でそんな名前の国は聞いたことがない。


 ――そしてトップが一人いて、その直下ちょっかに七人いること。


 トップのことは「ロア」と呼んでいたが、それが「おう」なのか「皇帝こうてい」なのか「大統領だいとうりょう」なのか「首相しゅしょう」なのか、そこまでは分からなかった。


 とりあえず、現時点ではこの「ロア」を「王」としておく。


 だから「エレディール王国」ってことだ。


 ――で、むちゃくちゃ驚いたのが、その王様ロアの下にいる七人の内の一人が、今ここに来ているリンデルワールさんなんだと。


 あの、ただの気のいいおじいちゃんみたいな人が……俺、知らないうちに無礼なこととかしてないよな。


 ……ちょっと怖い。


 七人の中の五人の位階いかいが「バルフォーニア」、残りの二人がそれぞれ「レフクリードラ」「ヴァジュラミーネ」だそうな。


 ……まるでピンと来ないが。


 正直、その序列じょれつについてはまだよく分からないけど、一応日本語に訳さなきゃならない。


 全容が分かったら俺の知ってる元の世界の爵位のシステム――公爵とか伯爵とかね――に当てはめてみようと思う。


 そのまんま使って解釈に問題があると困るから、音だけ借りて字は変えよう。


 ――ちなみに、リューグラムさんの位階は前にも聞いたが「ラファイラ」だ。


「それにしても……予想はしてたけど、お客さんたちの驚き具合いはすごかったね」

「全くですよ」


 俺はやれやれとうなずく。


「どこを見てもそく質問の嵐。移動しながらも質問攻め。俺もここの言葉を大分だいぶ勉強した気になってましたけど、半分以上分からなかったし、答えられたと思うのは更にその半分くらいですからね」


「いやまあ、それだけ話せれば、結構すごいんじゃないの?」


 ガララ。


 ……おや?

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