第五章 第16話 星暦

「それでギル、彼らの中に魔法ギームを使う者が現れたと言うのは本当なのか」


「はい、昨日さくじつ当家の使用人パーラブ手解てほどきをしたところ、その場にいた五名のうち、三名がわずかな力ながらも発動に成功したとの報告ポルタートがございました」


「うーむ……」


 代官セラウィス屋敷ユーレジア領主ゼーレ私室にて。


 代官のギルベール・シャルナド・ラマファールは、領主であるディアブラント・アドラス・リューグラムと向かい合わせとなって、豪奢ごうしゃ椅子いすに腰かけている。


 彼の後ろには常に付き従う従者エルファ、ラーシュリウス・ベック・オリヴァロがいつものように不動の姿勢で立っている。


「そうすると益々ますます分からなくなるな」


 ディアブラントは卓上のディトを一口すすってから言った。


「彼らは前節プリアッタル先月せんげつ)、あのサブリナの宿屋で魔法ギームを試し、一人として行使し得なかったと聞いた。はるか昔からこれほど一般的でありつ基本的な技術を使えないというのは如何いかにもおかしな話だが、同時に彼らの特異性セルファフニスを確かに表しているとも思った」


「特異性……とは?」


 ギルベールの問いに、マブロイを寄せて答えるディアブラント。


言葉ヴェルディスが全く通じないこと、彼らからおくられた数々かずかずの不可解なボニィ黒いヴァーティハールに黒いアルノー。エレディールのマルカと比べて十分じゅうぶん特異的であろう」


「今回訪れた女性フェムの一人は、黒髪ではなく若干茶色マッリィがかっていましたが――」


「ちょっと待て」


 ギルベールの言葉をなかさえぎるように、ディアブラントはつぶやいた。


「すまんな。今思い出したのだが……あれは何の資料だったかな、我が国エレディールも遥かファードウ、それこそ神代かみよの頃には色々な髪色をした種族アレンズールがいたと書かれていた。髪ばかりでなく、ペルリスの色も様々だと」


「あー……そう言えば私も読んだ記憶がありますね。金髪はもちろん黒い髪も赤いクルーミィ髪も、ペルリス白かったヴィッティり黒かったり……でしたか」


「それだ」

 と、ディアブラントは手を打った。


「それがある時をさかいに、金髪の人以外はほとんどいなくなってしまった」

「そうらしいですね」

「まあ、だから何だという訳ではないが」


 ひとつせき払いをして、話を戻すディアブラント。


「まあ身体的特徴については、個人差もあるし、ここエレディールでも誰もが完全に同一というわけではない。しかし彼らの場合、基本がそもそも異なっているのだ。明らかに別の文化圏メルディルス・レギーナ(ぶんかけん)に所属している者たちとしか考えられん」


「しかし、この国エレディールの外は……」


 言いよどむギルベール。


「そうだ。だからこその禁足地テーロス・プロビラスなのさ。あの地なら可能性はある。分かるだろう?」

「はい、確かに。ですが、やはり荒唐無稽こうとうむけいであるという思いを禁じ得ません」

「そうなると、少しだけ矛盾が生じますね。ディアブラント様」


 ラーシュリウスが話に参加する。


「魔法が使えると言うことは、彼らの特異性がかなり重要な部分において否定されたということですから」


「そう、つまるところ我々と同じか、そう変わらん存在だと言うことになってしまう。振り出しに戻るわけだ」


 ディアブラントがこめかみ《カールム》を押さえてなげく。


「こういう時にこそ、あのお方たちの知見シグレッドが必要になると言うのに」

「そう言えば、禁足地の訪問ビーゾックについての可否かひを問い合わせたんですよね。先方さきかた様は何と?」


「ああ」


 ディアブラントはうつわに残っていた茶を一気に飲み干すと、


許可ルミッサそのものは特に問題もなくりたよ。条件コンソラールをつけられたがね」


 と言った。


「条件……とは?」

「ある人物ヴィル帯同たいどうさせることだそうだ。あのヴァルクス家の」

「ヴァルクス……ははあ」


 ギルベールはあごに手を当てる。


「『小刀アルヴェール』ですね。お会いになったことが?」


「公的な場所では数度顔を合わせたくらいだが、以前ピケの領主ゼーレユーレジアまでたった一人で訪ねてきたのさ。何を考えているのか、表情イレームからは全く読めない人物だね」


「なるほど、曲者くせものですか」


「まあそう言えなくもないかも知れないが、私を含めて貴族ドーラなどそのようなものだよ。それに今はまだ、表面上だけでもあのお方たちとは関係性を良好にしておきたい。むしろこれを機に、ぐっと食い込みたいとすら思ってるよ」


「ディアブラント様……」


 ラーシュリウスが困ったような顔をする。


「またリンデルワール様にお小言こごと頂戴ちょうだいすることになりますよ」

「ふん、そんなものはほうっておけばいいのさ、まったくあのじいさまは」


 ディアブラントが肩をすくめる。


「大体、今回の禁足地行きだって、行きたいのなら自分から俟伯爵じはくしゃく閣下に可否をあおげばいいものを、いちいち私を使うんだからな」


「あの方のことですから、きっと何かお考えがあるのでしょう。それに、ディアブラント様だって興味津々しんしんでございますでしょうに」


「うん……まあ、な」


「結局のところ、禁足地へはどなたが行かれるので? わたくしも同行させて頂きたいところを、りょーすき殿から出された条件があるゆえ、今回は断念致しますが」


 ディアブラントとラーシュリウスのやりとりを見ていたギルベールが、我慢できずに口をはさむ。


「そうだな。我々の援助デステックを求めるくらいだから物資プロタス潤沢じゅんたくではないだろうし、何より十分じゅうぶんなもてなしが出来る施設クリントスがないと言うのだからな。草原メーデのど真ん中では、野営テーブロするも致し方なかろうよ。何しろこちらは押し掛けるがわだ」


ごく少人数で行かれるわけですね?」


「そうだ。まず私のところがラーシュと護衛レスコール二名、じいさまのところは護衛を含めて五名で来るそうだ。それに……例の「小刀アルヴェール」と、あとは森の中の道案内のためにあの猟師ロヴィクと、言葉の仲立ちがどうしても必要だから、いつものアルフェムたち二人というところか」


 ギルベールが驚きに目をみはる。


「本当にたったそれだけの人数で行かれるおつもりで? 禁足地ですぞ?」


「あの地の危険性は、人員の多寡たかでどうにかなるものではないだろう。それをのぞけばただの広大なランディア草原メーデに過ぎん」


「しかし万が一ということが」


「大丈夫だよ、ギル。仮にぞくがいるとしてもシルヴェスの中だが、移動経路周辺は事前に掃除する・・・・しな。とにかく今回は、護衛レスコール達に荷物キャリーク運びをさせるほど人数をしぼるのだ。これで妥協だきょうすべきだろう」


「なるほど……承知いたしましたセビュート


 理詰めでかれると、さすがにそれ以上言いつのることは出来ない。

 ギルベールは仕方なく口をつぐんだ。


 そんな彼を見て、ディアブラントがなだめるように声を掛ける。


「まあ土産みやげ話を楽しみにしてるがいいさ。それに私自身、かつてない予感がするんだよ。その正体はまだ判然はんぜんとしないが、何か大きなうずに確実に巻き込まれようとしているという予感がね。大丈夫、かじ取りさえ間違えなければ、私はきっと飛躍ひやくできる」


「はっ。私もどこまでもおともいたします」


 力強く宣言するディアブラントの後ろで、ラーシュリウスもまた自らの使命をまっとうすることを改めてちかった。


「それはそうと、ギル」

「はい」

「あちらの準備フォルベルードは進んでるか? もうそれほど先のことでもあるまい」

「あちら……『星祭りアステロマ(ほしまつり)』のけんでしょうか」

「そうだ。あと一節いっせつ一月ひとつき)半というところだろう?」

「はい。町長殿と共にとどこおりなく準備を進めております」

「うむ。ザハドについては頼んだぞ」


 ディアブラントは満足うなずいた。


「ピケの準備も順調だが……それにしても、気が遠くなるほどの年月としつきあいだ続いているのだな――あの五日間は」

「さっきの話ではありませんが、まさ神代かみよの昔から、と言ったところでしょうな」

「そうだな。来年は……何年だったか?」


 ディアブラントの問いかけに、少し置いてラーシュリウスが答えた。


「来年は――――星暦アスタリア一万二千五百十一年です」


    ◇


 そして同日、ほぼ同時刻。

 とある・・・場所にて。


「やはり、そのノァス魔法ギームの発動に成功したそうだな」

「はっ、少女アルフェムの方は今回はいなかったようですが」

前節プリノード先月せんげつ)のお前のいさみ足も、これで得心とくしんの行く結果エルディーヴに落ち着いたわけだ」

「……恐縮です」

「ただし、可能性が事実と確認されただけだ」


 男は眉根まゆねを寄せる。


「結局、まだ彼らの正体については何も分からぬまま」

「……」

「それゆえ絶好ぜっこうの機会だな」

「はい」

すでに聞いているだろうが、此度こたびについてはお前たちの手には流石さすがに余るがゆえ、我があるじが手配してくださってある」

うかがっております」


 配下の男がうっそりと頭を下げる。


「お前たちの得た情報を元に、今回の策は組み立てられている。かの部屋をかげうかがっていたのは、たしかにその者なのだな?」

「は、間違いございませぬ」

「そうか。ならば、一行いっこうの地から戻ってからがお前たちの仕事だ。頼んだぞ」

「お任せください」


 ――配下が出て行ったヴラットながめながら、男はつぶやいた。


「どうころぶかはともかく、これで事態は大きく動く……」

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