第五章 第15話 報告会 その2

 ザハドで魔法ギームの使い方について学んで帰った後、その成果を伝えるべく、俺は第二回目の魔法班会議を六年二組で開いた。


 運よく?魔法が使えるようになった俺と神代かみしろ君は、皆の前で力を披露ひろうした。


 そして――習得できなかった加藤かとう先生が手を挙げた。


    ☆


「実はですねー、私も八乙女やおとめ先生たちと一緒にリッカ先生から魔法を習ったんですけど……どうしても出来ないんですよ」


 ざわざわしていた場が、一瞬でしずまる。


 俺は思わず、隣に座っている彼女の顔を見た。


 俺の視線に気付くと、加藤先生はにっこり笑ってふた呼吸ほど置いてから続けた。


「もうね、すんごくくやしくて。何十回も、多分軽く百回は越えて頑張ってるのに、ぴくりとも動かないんです。最後の方はちょっとだけベソかきながらやってました」


「……」


「それからずっと、ひまがあればやってみてるんです。お土産にもらった岩塩のちっちゃいかたまりをもらって、帰りの馬車の中でも森を歩いてる時にも。学校に戻ってからだって、ゆうべはもちろん今日もこの会議が始まる直前まで練習してたんですけど……いまだに出来てません」


 そう言って、ピンク色をした親指のつめほどの欠片かけらを見せる。


「正直、くそー何で八乙女先生たちだけ? って思いましたね。ずるい、とも。一体私と何が違うのって、もうねたましいやら憎らしいやらで、口もきたくないって。完全に八つ当たりなんですけど」


 ……軽くショックを受けるが、とにかく今は彼女の言い分を聞くしかない。


「でもですね……初めて出来た時こそ喜んでましたけど、八乙女先生たちってば、それからは全然嬉しそうじゃないんです。リィナちゃんの食堂でわいわいやってる時も、話が魔法ギームのことに及ぶと途端とたんに口が重くなっちゃって。澪羽みはねちゃんなんか半分泣きそうな顔してるし……ってあれ、私から言っちゃまずかったかな?」


 黙って首を横に振る澪羽。


「え、澪羽も出来るの……?」

 そして何故なぜ動揺どうようを隠せないでいる芽衣めい


 すると、


「そ、そうなんです」

 天方君が口を開いた。


「オレも加藤先生と同じで、どんだけ頑張っても何度練習しても、全然出来ないんです。それなのに朝陽あさひは何か知らないけど軽々かるがる出来てて。うらやましくて羨ましくて、気が狂いそうです。岩塩じゃないけど、オレだって森の中で拾った小石を使って昨日も今日も練習してます。まだ出来ないけど」


「……」


 視界のはしで、神代君の肩がぴくりとれるのが分かった。


「そうなんだよねー聖斗せいと君。君の気持ち、ホントによく分かる。ある意味同志どうしだね。でも……よく考えなくても、八乙女先生たちはなーんにも悪くないんだよね」


「……」


「それなのに、出来ない私たちのことをおもんばかってくれて、本当はすごく嬉しいはずなのに逆につらい顔をさせちゃってさ。ああもうこれ私、かんぺきにギルティだなって」


「ギ、ギルティ?」


 やべ。

 思わず反応してしまった。


「そうですよー、八乙女先生。だからね、私、こう思うことにしたんです。八乙女先生と澪羽ちゃんと朝陽くんは、宝くじを連番で買って一等前後賞丸ごと当たった超ラッキーな人たちなんだって。そう考えれば、そりゃあめっちゃうらやましいけど、私だって確率はものすごく低くてもチャンスはゼロじゃないって思えるし。気持ちの落としどころとしては、われながらどんぴしゃりじゃないですか?」


「す、素晴らしいっす、加藤せんせー」


 諏訪さんが感極かんきわまっている。


「それでね、あとこれだけ言わせてください。結局何が言いたいのかと言うと、これからここにいる皆さんもいない皆さんも、きっと自分にも出来るかどうか試しますよね。私の予想では、恐らくほとんどの人が出来ないだろうって思ってます。あ、違います。別にこれ、くやまぎれに言ってるわけじゃないですよ。そもそも出来ないのが普通なんです。宝くじなんて、一等が当たらない方が普通なんです」


「……」


「だから、もし出来なくても落ち込まないでください。あ、落ち込んでもいいんですけど、出来なかったらダメな人ってわけじゃないし――何より、八乙女先生たちは何にも悪くないんです。ノットギルティです。気をつかわせてしまってホントにごめんなさい。八乙女先生、澪羽ちゃん、朝陽くん」


 そう言うと、加藤先生は体育座りのまま、俺たちに向かって深々と頭を下げた。


 ――――――――――

 ――――――――

 ――――

 ――


 あれ……何だ俺。


 あれほど重くし掛かっていたものが、きれいさっぱり流れていってしまったみたいだ。


 この――久しぶりにほほつたう熱い液体と共に。


 見ると、目頭めがしらを押さえて鼻をすする人が続出している。


 加藤先生は、出来ない立場の者の心を率直そっちょく吐露とろし、ごく少数派となるだろう俺たちのことを気遣きづかってくれた上に、今後起こりかねない問題に優しいくさびを刺してくれたのだ。


 ――ありがとう、加藤先生。


 それ以外の言葉が、見つからない。


    ◇


 その後、トイペロールを使ったり加藤先生たちから岩塩や小石を借りたりして、魔法班員全員が「フォーレス」「スタウト」を試した。


 その結果、俺たち三人以外で成功したのはただ一人――瑠奈るなのみ。


 この場に集まっていなかった残りの人たちにも、会議が終わったあとに時間を取って試してもらったが、成功者はゼロ。


 現状で魔法ギームあやつれたのは、二十三人中、たったの……四人だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る