第五章 第14話 報告会 その1

「では、第二回目の魔法班班会議を始めます」


 前回と同様、六年二組の教室に車座くるまざで座っている十三名が、緊張の面持おももちでこちらを見ている。


 リッカ先生のレッスンに参加した五人は、俺の左側に澪羽みはね神代かみしろ君、右側に加藤かとう先生と天方あまかた君という順番で並んでいる。


 ――俺たちザハド訪問の第二陣は、昨日無事に帰宅……ではなく、帰校した。

 前回同様、たくさんのお土産と、確かな成果と共に。


 出張?期間が割と短かったからか、事故とかアクシデントとか、そういうものには特に見舞われなかったし、今回も大成功と言っていいんじゃないだろうか。


 ただ一つ……ちょっと気になるのは久我くがさんだ。


 二日目の夕方にリィナの宿屋で待ち合わせたところ、ずいぶんと先に到着していたみたいで、俺たちが合流した時にはもう相当に出来上がっていた。


 会話にもロクに参加せず、何やらぶつぶつとつぶやきながら、エールをかぱかぱけているので、途中で教頭先生や不破ふわ先生にめられていた。


 あんな久我さんは初めて見た気がする。


 とは言っても、アルコールが入ればガラッと人柄ひとがらが変わる人はいるし、狂暴になったりウザがらみしてきたりってわけじゃないから、そこはいいのだ。


 問題なのは、翌日になってもぼーっとしてるところ。


 帰りの馬車の中でも、不破先生によれば「何かやたらとザハドの町の方をながめてたのよね。何か忘れ物でもしたのかしら」ということらしい。


 単独行動をしている時に、もしかしたら何かあったんだろうか。

 機会があったら聞いてみようと思う。


 その教頭先生と不破先生は二日目、ドルシラ……もとい、シーラと彼女の友達十人くらいに連れられて、町中まちじゅうの店や屋台や目ぼしいスポットや、近くにあるザナーシュという湖なんかを回っていたとか。


「何だか遠足の引率いんそつをしてるみたいだったわ」と、二人とも冗談半分でぼやいていた。


 ――ま、それはともかく。


「まず、魔法ギームについて学びに行った結果についてお知らせします」


 実は、俺たちのうちの三人ががりなりにも発動に成功したという話は、まだその場にいた五人しか知らない。


 昨日帰ってきたあと、例によって簡単な報告会が開かれたんだけど、魔法に関することは魔法班で報告してからにさせて欲しいと頼んだのだ。


 ただね……報告するの、百パーの笑顔で出来ないところが気が重いと言うか、切り出しにくいと言うかね。


 これってあの「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」ってやつなんだよ。


 でも当然、伝えないわけにはいかない。


 俺はひと息に言い切ることにした。


「結論から言うと、俺たちも魔法は使えます。ですが、もしかしたら使える人と使えない人がいるのかも知れません。その違いについてはまだ何も分かっていません」


 いきなりざわつくメンバーたち。


 加藤先生と天方君は俺の右に座っているけど、どんな顔をしているんだろう。

 確かめる勇気がない。


 瓜生うりゅう先生が手をげて言った。


八乙女やおとめさん、もう少しくわしく説明してもらってもいいかな」

「もちろんです」


 俺はあらかじめ考えておいた段取だんどり通りに進めることにする。


「まず俺たちは、リッカさんと言う人に魔法の使い方について教わりました。セラウィス・ユーレジアというところで働いている人です。言葉の関係で説明を理解するのはなかなか大変でしたが、結局のところ彼女が伝えたかったことは、意想外いそうがいにシンプルでした」


 俺は、用意してあったトイレットペーパーのロールを目の前の床に置いた。


 昨日のうちに黒瀬くろせ先生に頼んで借りた、まだ包装紙ほうそうしいてないやつだ。


 黒瀬先生にはすごく変な顔をされたけど、「明日の会議で使うから」と言って借りた。


 ――で、その黒瀬先生とおんなじ顔を今、目の前のみんながしている。


 そりゃあ俺だって、もっと相応ふさわしいものがあればそれを使いたかったさ。


 でも、リッカ先生が使っていたような木製もくせいたまなんてないし、かと言ってドッヂボールだと床に固定するのが難しいしで、ころがりやすくて安定しているモノって考えた末に思いついたのがトイペなんだよ。


 まあ、リッカ先生は転がすと言うより吹っ飛ばしてたから、きゅうとかえんこだわる必要はないのかも知れないけど、流石さすがにまだそこまでの自信はない。


「フォーレス」


 俺はまず、自分のひたいゆびさす。

 ゆっくりと指を下げていき、胸のところにいたったら、


「スタウト」


 そうとなえると同時に、目の前のロールに向けて手の平を軽く開く。


 ころころころころろろろろ……――――。


 トイペは五十センチほどゆっくりと転がってから、止まった。


「おおおおおおおお!」


 途端とたんに、ものすごいどよめきが上がった。


 ふう……昨日から練習した甲斐かいあって、今までで一番距離が出たな。

 既に何人かは、今見せた一連の動きを真似し始めている。


「ちょ、すごいじゃんせんせー! どうやったの?」

「まじすか……」

「く……何かのトリックじゃないんですかね?」

「八乙女先生、もう一回見せてください」

「いいですよ。それじゃあ……」


「先生、今度は僕がやります」


 俺の左側にいた神代かみしろ君が、そう言ってずいっと前に出る。

 俺はうなずいて、転がったロールを彼の前に置く。


「よし、じゃ、どうぞ」


 すると、彼は仕草こそ俺と同じだが、黙ったまま指を動かし、手の平をひらいた。


 ころころころころろろ……――――。


「おおおおおお!」

詠唱えいしょう破棄はきっすか!」


 再び上がるどよめき。


「俺が考えるに、要点は二つだけのようです。まずは起こしたいと思う現象を、出来るだけ正確に、はっきりくっきりと具体的なイメージとして思い浮かべます。そして、そのイメージを胸のところに移動させる感じで持ってきて、胸から放出するように念じるんです」


「胸、ですか?」


 山吹先生がたずねてくる。


「はい。でも何故なぜ胸からなのか、俺は今でも理解できていませんし、リッカ先生に聞いてもよく分からないようでした。俺としては、頭の中で念じてそのまま飛ばすようなイメージの方がしっくり来るんですけどね」


「さっき、神代君は呪文?みたいのをとなえなかったよね?」

 今度は瓜生先生だ。


「恐らくですが……呪文は必要ありません。リィナもペルオーラも、リッカ先生も黙ったまま魔法ギーム行使こうししていました。大切なのはさっき言った二点だけで、指を動かす必要すらないんです。こんな風に」


 ここで俺は、とっておきの隠し玉を披露ひろうすることにした。


 ちょうど車座の中心くらいのところに移動していたトイレットペーパーを、ひとにらみしただけで再びころころと転がして見せたのだ。


「ええええええええええええ!?」

「す、すごい……」

「どうなってんの……?」


 騒然そうぜんとなる中、俺は少し呼吸を整える。

 周囲の熱量が高まるほどに、自分の心がひんやりとしてくのを感じる。


 ……すごいすごいと言われても、とてもじゃないが素直に喜べないのだ。


 両肩にずん、と重石おもしし掛かっているような、重苦しい気分だ。


 ちなみに、周りにはにらんだだけのように見えただろうが、実際は頭の中で「フォーレス」「スタウト」ととなえてはいる。


 脳内詠唱すらなしでも試したが、まだ上手くいかなかったのだ。


「八乙女さん」

 しばらくして、瓜生先生が問い掛けてきた。


「前回ザハドに行ったみんなが見たのは、まきに火をける魔法ギームだったよね。八乙女さんや神代君が見せてくれたのは、魔法と言うより念力ねんりきみたいなんだけど」


 そうですね、と俺は答えた。


「火を点ける魔法は、万が一のことを考えてまだ試していません。今お見せした、何て言うか超能力っぽいやつは、単にリッカ先生が教えてくれたものをそのままなぞっているだけで、多分ですが初心者がイメージしやすい入門的な実技なんでしょう」


「なるほど……」

「でも、きっと本質的にと言うか、やることは変わらないと思いますよ」


「あのう……」

 秋月先生がおずおずと手を挙げた。


「私、ずっと気になってるんですけど、八乙女先生、最初に『使える人と使えない人がいるかも』って言ってましたよね?」


「あ、はい」


 ――来てしまったか、この質問が。


 実際のところ、まだそうと決まったわけじゃあない。


 例えば英会話みたいに、ある程度のところまでは努力次第で誰にでも……って可能性がないわけでもない。


 だけど……それを言っていたずらに期待を高めてしまうのが、怖いのだ。


 何と説明すべきか、いい考えが思い浮かばず、おろおろしていると――


「――えーっと、私からいいでしょうか」


 加藤先生が手を挙げた。

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