第五章 第10話 要諦

バルトゥス?」

「ヤァ。バルトゥス」


 俺が真似まねをして自分の胸をゆびさして言うと、リッカさんは満足そうにうなずく。


 加藤かとう先生たちも真剣な顔で同じようにしている。


 ……何と言うかその……視線を非常に定めにくい状況ではある。

 細かく説明はしない。


 ――ザハドに着いて、今日は二日目。


 ここはセラウィス・ユーレジアにある学舎スコラート

 予定通り俺たちはここで、リッカさんから魔法ギームの手ほどきを受けている。


 とりあえず、昨日の第一日目の会食やら何やらはつつがなく終了した。

 持参じさんしたお土産も、前回同様、喜んでもらえたと思う。


 まあ……今回は小難こむずしい交渉事こうしょうごともないし、前回の経験で多少でも勝手が分かってるしね。


 会食のホスト役がまた知らない人だったのは、ちょっと驚いたが。


 ラマファール……えーと、何だっけ。

 セラウィスと言われて、そっちに気を取られてしまった。


 セラウィス・ユーレジアのセラウィスと、きっと何らかの関係があるんだろうし、ちゃんと説明もしてもらったんだろうが、結局よく分からずじまいだった。


 ――リューグラムさんは領主りょうしゅで、ヒルディーフランカさんが町長ちょうちょう……俺はてっきりリューグラムさんの代わりにヒルディーフランカさんがこの町ザハドおさめてるものだと思っていた。


 しかし……セラウィスという言葉から察するに、ラマファールさんがこの屋敷のあるじと考えるほうがしっくりくるような気がする。


 彼こそが、リューグラムさんの代理人ということなんだろうか。


「……ノス・りょーすき?」

「あ、は、ヤァ」


 リッカさんがじっと俺の顔を見ている。

 やべやべ、大事なレッスン中だった。


 この練習に参加しているのは、ザハドを訪れている魔法班のメンバー――俺、加藤先生、澪羽みはね天方あまかた君、神代かみしろ君の五人だ。


 魔法の先生はリッカさん、通訳がサブリナだ。


 ――教頭先生と不破ふわ先生はドルシラの案内で町内めぐり、久我くがさんは自由に歩き回りたいらしく、単独で見物すると言って一人で出掛けて行った。


 思いのほか、アグレッシブな人だ。


 ま、今日の宿になるプル・ファグナピュロスサブリナ宅の場所は説明してあるし、分かりやすいところだから心配ないだろ。


 さあこれから各自行動って時になって、入口のところでサブリナとドルシラが何やらめてたのは、ちょっと気になるが。


 ――それで今、俺たちは一つの長机ながづくえかこんで、それぞれ椅子いすに座っている。


 机の上には木製もくせいの皿、その中にきゅうと呼ぶにはちょっといびつな同じく木製のたまが置かれている。


 ちょうど俺のこぶしくらいの大きさだ。


 ただし、まだそれらには一切触れられていない。


 どうやらリッカ先生の前説まえせつが終わるまでは実習に入らないようだ。

 それで、冒頭の「胸?」のくだりに至るわけ。


 ――そうそう。


 いろいろ新規に知ることばかりの中、またあらたな知識を得た。


 どうもこちらの人たちは、お互いを呼ぶ時に普段は「通称」のようなものを使うのが一般的らしい。

 

 リッカ先生は、本当は「ドロテアリッカ」と言う名前らしいが、その通り呼んでいたらまゆをひそめてたしなめられた。


 何か間違ったか? と思ったけど、そうじゃなかった。


 確かによく思い出してみると、サブリナやドルシラも、「リィナ」とか「シーラ」とかお互いに呼んでいた気がする。


「ドロテアリッカ、ノイン。リッカ。レーロラウリッカ、ルテーム」


 後半はよく分からないものの、恐る恐る相手ドロテアリッカを指さして「リッカ?」と言うと、「ヤァ」とにっこり。


 念のため、横にいたサブリナに「ユニタ……リィナリィナ……なのか?」とたずねてみたら、ものすごく嬉しそうな顔でぶんぶんとうなずかれてしまった。


 ……もしかしたら、俺のことを「りょーすき」と呼んでいるのも、訂正ていせいさせた方がいいのだろうか。


 最初が肝心かんじん、とか芽衣めいにも言われてたしなあ……――


 ――おっと、授業に集中せねば。


「フォーレスムルレブラム」

 そう言って、リッカ先生は自分のおでこを指さす。


 そこから指は顔の真ん中、喉元のどもとを通って胸に。

「スタウトムルバルトゥス」


 そして何かを放射するかのように、手の平を前方に向けてひらいた。

 その仕草を、彼女リッカは何度も繰り返している。


「先生、どういう意味なの?」

 天方あまかた君が困り顔でたずねてくる。


「頭から胸まで魔力を流して、発射! みたいな?」

 加藤先生が代わりに答えてくれたが、


「魔力って何? どうすればいいの?」

 新たな疑問が生まれてしまった。


 するとサブ……リィナが、目をつぶりながらひたいを指さして、


「フォーレス、する、んー、あたま?」


 と言った。


 フォーレスする……フォーレスって何だ?

 でも、なかなかでっかいヒントなんじゃないか? これ。


「……頭ですることって、思うとか考えるとか想像するとかじゃ、ないですか?」

 澪羽みはねつぶやいた。


「それだ!」


 我が意を得たりとばかりに、加藤先生が澪羽をびしと指さしてえた。

 澪羽の肩がびくっとする。


「魔法ってのはですね、イメージが大事なんです。起こしたい事象や現象を出来るだけ明確に頭の中でイメージ出来るかどうかが」


 そうなの? 加藤先生。


 何か妙に説得力があるけど、それって何かのラノベとかで読んだ知識とか設定じゃないの?


「その、思い浮かべたイメージを、こう、胸からぶしゃっと、放出するんですよ。きっと」

「ぶしゃって……」

「ヴェッララウ」


 すると、リッカ先生がそう言いながら再び額を指さし、「フォーレス」とささやいた。

 先ほどと同じように、指を胸まですべらせて「スタウト」。


「わっ!」

「えっ?」


 何と! ……ひらいた手の平の先にあった皿の上のたまが、はじかれたように皿から吹っ飛んでいったのだ。


 もちろん、球には全く触れていないのに……。


「マ、マジかよ……」

「これって……魔法って言うより、超能力?」

念動力サイコキネシスっぽいね……」


 球は壁にぶつかり、勢いをなくして頼りなくころころと転がっている……――


 ――俺たちは呆然ぼうぜんと、それをただながめることしか出来なかった。

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