第五章 第09話 浮かれるサブリナ

 カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン…………


ただいまーリオーブラ


 ヴラットを開けると、食堂ピルミル内は既ににぎやかになりつつある。

 さっき七時鐘しちじしょう(十八時)が鳴ったから、そろそろご飯ミルお客さんクリエが増える時間帯だ。


「あ、お帰りーオナーブラ、リィナちゃん」

 セリカねえボロスの間を走り回りながら声を掛けてくれた。


ごめんねポリーニ、セリカ姉。ちょっと遅くなっちゃった」

ありがとうねーマロース、セリカちゃん。もういいわよー」


 厨房キナスの奥からお母さんマァマが声を掛ける。


「いいんですよー。リィナちゃんも大変ね。昼間アウリスも忙しかったでしょうに」

「ううん、楽しかったから大丈夫ユニタオーナだよ」


 昼間、私が学舎スコラートに行っているあいだは、いつも手伝いキルフに来てくれているセリカ姉。


 普段は七時鐘しちじしょうで仕事は上がりなんだけど、混み具合によっては今日みたいに落ち着くまでイヤな顔一つせずに働いてくれる、偉い人。


 ――もちろん、びた分のお給金プラーカはちゃんと出てると思うよ? ……多分。


 私から見ても結構な美人ヴィル・グラリオだと思うんだけど、私の知る限り、誰かとお付き合いしているのを見たことがない。


 前に聞いてみたことはあった……でも、何かはぐらかされたんだよね。


「リィナー、悪いけどそのまま手伝いキルフに入ってね。何か知らないけど、今日は混んでるのよ」

はーいヤァ


 混んでる理由って、多分りょーすきたちだろうな。


 ――一昨日ネヌロス、「禁足地テーロス・プロビラスの客」がまたザハドに来るって、お知らせが回ってきた。


 私は言葉の仲立ちをまた頼まれたから、もう少し前に来るのは知ってたし、もっと言えばシーラドルシラから来るかもって半節プセ・アッタル半月はんつき)くらい前に聞いてた。


 それはもう楽しみで、何日も前からわくわくしてた。


「リィナちゃーん、注文アッセー」

「はーい」


 ――あの時、馬車カーロの中で一緒になったのは、二人の女の人フェム


 「なぬせ」と「みはーね」という名前みたい。


 なぬせは、マータのところに不思議なエトラノスものヴィスルをつけていた。


 多分、あれは眼鏡ヴィトラスってやつだと思う。

 眼鏡なんてつけてる人なんて、貴族ドーラしか見たことがない。

 少なくとも、私の周りにはいないなあ……先生たちセルカストだって。


 すごくメタ高価ドラクサルなものだって聞いたけど……りょーすきたちが珍しいロフタートものを持っているのは今更いまさらな気もする。


 なぬせは、どういうわけか目をきらきらさせて、いろいろ話しかけてきた。


 あの「すけぶ」と言ってたきれいなグラリオワラウスと、「まじっく」って言う、何でもすらすらける不思議なパッツォがないからほとんど分からなかったけど――多分魔法ギームの話をしてたんだと思う。


 手をかざしてみたり、何度か「ギーム」ってはっきり言ったりしてたし。


「リィナー、燻製肉の炙りアスプリート・ガブラードン、上がったから持ってって!」

はいはーいヤァヤァ


 みはーねの方は、なぬせとまるで正反対。

 名乗った時以外は、ほとんど口をひらかなかった。


 でも、機嫌が悪いとかって感じじゃなかったな。

 私となぬせのやりとりを、静かに笑って見てた。


 何となく、あのちっちゃなアルマ「るぅな」のことを思い出した……いろいろな意味で。


 そして、二人とも――きれいな黒いヴァーティハールをしてた。


 ――到着した後のお昼の会食ケーナには私も参加した。


 今日の会食の主催者セマニークは、リューグラム様ノスト・リューグラムでもリンデルワール様ノスト・リンデルワールでもなく、ザハドの代官セラウィスであるラマファール様ノスト・ラマファールご夫妻ポーラだった。


 ――よく考えたら私、すごい方たちと直接言葉を交わしたり一緒に食事したりしてる、よね。


 だって、ラマファール様はたまに代官セラウィス屋敷ユーレジアでお会いすることもあるけど、領主ゼーレのリューグラム様は弾爵様ラファイラだし……リンデルワール様なんて、凰爵様バルフォーニアだよ?


 普通だったら、一生お目にかかることなんてないはずのお方たち。


 でも……最初はもちろん緊張したけど、思いのほか楽しかった。


 ――そう言えば一つ、すごく驚いて、すごく楽しみなことがあった。


エールピアットお代わりイシムーアちょうだい、リィナちゃん」

「はいはい、ちょっとお待ちくださいねアスピータルテーム


 何とリューグラム様たちが――――りょーすきたちの住んでるところに行くことになるかも知れないんだって!


 ラマファール様からそう伝えるように言われた時は、ものすごくびっくりした。


 禁足地……絶対に足を踏み入れちゃいけない場所のはずなのに。


 どうして入っちゃいけないのかずっとアラムンドだったけど、こないだリューグラム様が教えてくださった。


 ずっと昔に、そこにあったエルが消えちゃって、またいつ同じことが起こるか分からないからだって。


 それでも行くってことは……大丈夫になったからなのかな?


 りょーすきは一緒にいた女の人――「きょーこ」と言ってた――とちょっと話してから、要するにいつでもいいみたいに答えてたから、きっと早い内に実現すると思う。


 それでそれで!


 ――私もまた言葉の仲立ちをするために、一緒に来て欲しいって言われた!


 禁足地ってところがちょっと心配ではあるけど……それ以上にわくわくする気持ちがずっと止められないでいる。


 さっき帰ってきたばかりだから、このことはまだお父さんダァダたちに相談できてない……でもきっと、心配しつつも行かせてくれると思う。


 だって、今のところ私かシーラにしか出来ないことだから。


「リィナちゃんさー、今日はいつも以上にニコニコしてない?」

「何かずっとニヤニヤしてるよねー」

「え? あれ、そうですかー?」


 まずいテルスまずいテルス……顔に出てたみたい。

 でも……こんなにわくわくしちゃうんだから――しょうがないよね?


 ――何だか……りょーすきたちが現れてから、私の世界がどんどん広がっていく気がしてる。


 見たことのない品物や、会えるはずもなかった人たち、行けるはずもなかった場所――私がずっと生きてきたちっちゃな世界に、不思議な扉がどんどん現れて、ひとつひとつを開くたびに、新しい景色が広がってる――そんな感じ。


 ――そう言えば、りょーすきは明日、学舎スコラート魔法ギーム練習トレナードをするみたい。


 その希望ウィナスは最初に聞いていたから、練習の相手は代官屋敷の使用人フェルミアであるドロテアリッカリッカさんが担当することになった。


 りょーすけから、やっぱり練習の時の言葉の仲立ちを私かシーラに頼みたいって言われたから、もちろん私が行くつもり。


 ……って言うか、シーラにはまだ何も話していない。


 話す時間も……多分ないね。


 ――うん……ない。

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