第五章 第07話 ギームをめぐって その2

 ザハドでの当たりにした驚愕きょうがくの現象、魔法ギーム


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――としては、何とかこの技術?を自分のものにしたいと思う。


 しかし、留守番していた人たちには海の物とも山の物ともつかない――と言うか、はっきり言えば胡散臭うさんくさいと思われてしまい、全体としての扱いはとりあえずはたな上げすることに。


 ならばまずは同好の士でやろう、と言うことで俺は魔法班というものを立ち上げる許可をもらった。


 最初の班会議で発起人ほっきにんである俺の決意表明のようなものが終わった後、山吹先生から魔法についてもう少し詳しい報告がなされることになった。


    ☆


「――という感じでした。ちかって言いますが、何らかのトリックと言うのはあり得ないと思います。さっきも言ったように、サブリナには三ヶ所火をつけてもらいましたけれど、どれもこちらが指定した任意にんいの場所でした」


山吹やまぶき先生、ありがとうございました。せっかく詳細しょうさいな説明をしてもらいましたから、次に皆さんの気の済むまで質疑応答しつぎおうとうといきましょう」


 説明を終わって、むふーという感じで座り直す山吹先生。


「はい」

 早速、手を挙げたのは加藤かとう先生だ。


まきが燃えたって言いましたけど、どういうふうにして火が付いたんですか?」

「どう、とは?」

「えと、例えばかざした手のひらから炎がぼーっと出た、とか」


 俺と山吹先生は思わず顔を見合わせた――火なんか出てなかったと思うけど、どうだったっけ?


「はい、じゃあ私が」

 黒瀬くろせ先生が回答を買って出てくれた。


「私が見た限りでは、ペルオーラさんもサブリナさんも、直接炎を出したりはしてませんでしたよ。こう、手をかざし続けているうちに、まきの表面がぼっ……って感じに」


「その時、何かとなえてませんでした?」


 加藤先生がたたみ掛けるように問う。

 興味津々しんしんなんだろうか。


 黒瀬先生は視線をちょっと上に向けてから、


「いえ、特に何か口にしていたようには――要するに呪文……ってことですよね?」


「そうですね。『薪よ、燃えろ』とか『我、こいねがう。炎よ深淵しんえんより来たりて、我が手にある薪を焼灼しょうしゃくせんことを』とか」


「怖い!」


 突然地をうような声で詠唱えいしょうを始める加藤先生に、芽衣めいが顔を引きつらせてさけぶ。


 小学生男子二人もびっくりした顔をしている。


「焼灼って……びょう組織じゃないんですから」

 黒瀬先生も苦笑いだ。


 ……面白いな、加藤先生このひと


「それなら単純に『ファイヤー!』とかは?」


 何もとなえてないって言ってるのに、なおも食い下がる加藤先生。


 ……まあ気持ちは分かる。

 呪文とか、はっきり言ってロマンでしかない。


「いやいや、ファイヤーって英語でしょ? 英語けんの人じゃないのに英語を使うのはおかしいのでは?」


 壬生みぶ先生が腕を組んで反論する。


「いや、分かりませんよ?」

 一向いっこうこたえる様子のない加藤先生。


「もしかしたらこの世界は、元いた世界の数千年先の未来で、言語はいちじるしく変容してしまったけれど呪文に英語の名残なごりがあるとか、もしくは私たちよりもはるか昔に英語話者わしゃが転移してきていて、やっぱり呪文に英語の痕跡こんせきが残っているとか、有り得ませんかね。それにもし何も言ってなかったとしても『無詠唱むえいしょう』『詠唱破棄はき』もしくは『脳内詠唱』という技術かも知れませんし」


「……すごいな、加藤さん」

 瓜生先生が、心底感心したという表情をしている――嫌味とかじゃなさそうだ。


「そういう発想が出来るのは、素直にすごいね。僕にはなかなか……」

「えへへ、そうですか?」


 められて、てれてれとする加藤先生だが……まあいいか。


「はい」


 お、秋月あきづき先生が手を挙げている。

 何か珍しい気がする。


「どうぞ、秋月先生」

八乙女やおとめ先生たちが見た魔法は、そのまきに火をけるものだけなんですか?」


 ふむ、なかなか鋭い質問だが……どうだっけ?


 ザハドに同行した面々を見渡すと、他の三人が首をかしげる中、瑠奈るなが俺を見て天井を指さした。


 ん? ……天井? ……蛍光灯……照明――お、そうだ。

 ナイスだ、瑠奈。


「そう言えば、それらしいのがもう一つありました。魔法ギームかどうかは未確認なんですけどね」


「ん? そんなのあったっけ……?」


 芽衣があごに指を当てる。


「セラウィス・ユーレジアにいた時……あ、セラウィス・ユーレジアって正確な意味はまだ分からないんですけど、俺たちが泊まっていたでかいお屋敷のことです。中に学校みたいなのがあったりメイドさんがいたりと、不思議な場所でした」


「メイドさん……?」


 加藤先生の眼が……怖い。

 何か言いたそうだけど、取り敢えず無視しとこ。


「そこでそれぞれ部屋をあてがわれたんですけどね、その部屋の照明が魔法ギームじゃないかと。いや、部屋がそうなら他のところも恐らく同じだと思われます」


「それ、確かめたんすか?」


「部屋の中の、壁掛かべかけのやつを見てみたんですが、電球とかの発光体らしきものがなくて、からっぽでした」


 諏訪すわさんの疑問に、思い出しながら俺は答える。


「周りのガラス部分そのものが光っているようにしか見えないんですよ。あ、空っぽって言いましたけど、つめの先くらいの黒っぽいものはひとつ、底のところに転がっていました」


「……魔石ませき? 光魔法?」


 またしても加藤先生が反応する。

 この人ヤバいな……。


 まあ……確かに魔石も最近のファンタジーだと定番だしね。


 それにしても、光魔法ってよく考えると何だ?

 光子フォトン光電子フォトエレクトロンでも放出エミットしたりしてるんだろうか。


「石っぽい……かな。いや、本当に小さかったんですよ。一辺いっぺんが五ミリくらいの立方体みたいな。単純にほこりが入り込んだだけかも」


「うーん、確かにそれも僕たちが知ってる技術体系の埒外らちがいっぽいねえ」

 瓜生うりゅう先生がうなる。


「それより、電気は通っていなかったんですか? 照明なら電気の方が向いてそうですが」

「それがですね」


 秋月先生からの再度の質問に、俺は再び答える。


「ザハドにいる時にもみんなで話したんですけど、電気が使われている形跡けいせきがどこにもないんですよ。照明はもちろん、動力にも恐らく通信にも」


「まず前提として、この世界に電気がないわけじゃないよね。もし電気がなければ、物質は今あるようには存在できない。神経がある僕たちが生きていることがそもそも、電気そのものがある証拠だから」


「大体、ここでだって太陽光発電してるっすからね」


 瓜生先生と諏訪さんの言う通りだ。


 だから、まだ発見されていないか、静電気やかみなりみたいな形で認識されてはいても、それを「電力」としてかすレベルに到達していないか。


 ……いや、魔法ギームと無関係じゃないけど、ちょっと話が本題かられてるな。


「えーっと、話がこの地の文明レベルに及んで、若干魔法ギームからずれてしまいましたね。ここまでの話を総合すると、俺たちの世界の電気・ガスあたりの役割を、魔法ギームになっているってところでしょうか。大雑把おおざっぱにですけど」


 議論の軌道修正をこころみる。


「一番の懸案けんあんと言うか知りたいことは、俺たちにも魔法ギームが使えるのか、可能ならばどうすれば使えるようになるのか、ってことですよね」


「ちなみに、皆さんご存知だとは思いますが、ザハドに行ったメンバーは全員すでに試していて、誰も成功していません」


 山吹先生が補足してくれたように、問題はそこなのだ。

 なぜ俺たちに出来なくて、ペルオーラやサブリナには出来るのか。


「そのことについて、俺たちと彼らでは見た目は同じでも、中身は違う生物なのかも知れないなんて仮説も出ました」


「それはつまり、あれでしょうか」

 加藤先生が再び食いつく。


「例えばデンキウナギやシビレエイに発電器官があるように、その、サブリナさんたちにも『魔力器官』のようなものが、あると?」


「うーん……いやまあ、サブリナたちが違う生物かもってのは単なる自分の仮説ですし、彼らが魔法ギームを使える理由は他にあるのかも知れませんよ。個人的には、違う生物ってのはちょっと考えにくいと俺は思ってます」


「はい! はい!」

「芽衣さん、どうぞ」


 何か思いついたらしく、芽衣が勢いよく手を挙げている。


「あたしが読んだラノベだと、例えば火を使う魔法まほうは『火の精霊せいれい』にお願いして力を貸してもらうみたいなくだり・・・があったから、この世界もそういう感じなんじゃないでしょうか」


「精霊……か」


 いよいよファンタジーがきわまってきたな。


「宗教施設っぽいものは確かにあったけど……精霊せいれいの存在については現状だと何とも分からないね」


「そりゃあたしだって、自分でも半分くらい『精霊とかないだろ……』って思いながら言ってるんですけど!」


 芽衣がほっぺたをぷうとふくらませながら答える。


「でも結局のところギームってのが何なのかとか、どうすれば使えるようになるのかとかって、ここで話し合っててもどーにもならないと思うなあ――思います」


 すっかりいつもの口調に戻ってるようだけど、確かに芽衣の言うことも正論ではある。


 そもそも今日こうして集まりを持ったのも、まずは魔法ギームについての情報共有と、今後の方針を固めるためだったからね。


 ここから一歩進めるには……


「それじゃ、聞きに行きますか」

もち餅屋もちやってことっすね」

「さんせーい」


 ――こうして、第二回目のザハド訪問が打診されることになった。

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