第五章 第06話 ギームをめぐって その1

 そして年が明けて、今日は一月三日。

 もちろん、俺たちのこよみでは、だ。


 こっちの世界にも、年神としがみ様がやって来たりするんだろうか。

 まあ、しろになる門松かどまつ注連縄しめなわもないから、来ていただいても場所がないな。


 ――ところで、どうして「正月しょうがつ」って言うんだろうな。

 思うに「正月せいげつ」でもいいんじゃないかな――お正月せいげつ


 ……まあ、そんなことはいいや。

 とりあえず始めよう。


「えーっと、それじゃあ、第一回魔法班の班会議を行います。参加メンバーは、今ここに集まっている人たちってことでいいですかね」


 ここは校舎の三階にある六年二組の教室。

 時刻は午前十時。


 いつもはたまに空手の練習をしたり、男性陣が洗濯物をしたりする部屋だ。

 干し場としてはあんまり使われていないけどね。


 ……面倒くさいから。


「一応、発起人ほっきにんがわたくしこと八乙女やおとめですので、今回は俺が司会をして進めますけど、いいでしょうか?」


 俺の言葉に、集まった面々めんめんうなずく。


 机や椅子いすは廊下突き当りの多目的室にまとめてあるので、みんなは床に直接車座くるまざで座っている。


 ――集まったのは、十四人だ。


 俺の把握してる年齢順で、瓜生うりゅう先生、俺、壬生みぶ先生、山吹やまぶき先生、黒瀬くろせ先生、加藤かとう先生、諏訪すわさん、秋月あきづき先生、上野原うえのはらさん。


 以上九人が大人組で、芽衣めい澪羽みはね天方あまかた君、神代かみしろ君、瑠奈るなの五人が子ども組。


 大人と子どもで分けて説明したことに、特別な意味はない。

 子ども組は、全員出席ってことだね。


「各班の班長さんからもう聞いていることでしょうが、まず最初にこの班を作ろうと思った理由から話します」


 ――ザハドから帰ってきた翌日、午前中には各班で話し合いが持たれ、午後には情報委員会が開かれた。


 主な内容は当然、ザハドでの活動報告になったんだけど、その中で扱いに困ったのが「魔法ギーム」だ。


 俺たちの常識にない概念・現象だし、実際に試してみてもこちらの誰一人として使うことが出来なかった再現性のないもの――それでもこの地で生きていくためには、恐らく知らずには済ませられない重要事項だと考えられるわけで。


 ――何故なぜなら、当たり前のように使っていたからね……ペルオーラもサブリナも。


 俺の想像では、既に生活の中に深く根差して久しい技術体系なんだと思う。


 いや、技術と呼べるものなのかも分からないんだけど、日本で言えば電気みたいに、そのもの・・・・を直接目にすることはなくても、生活のあちこちで普通に使われている……みたいな、ね。


 そんなわけで、はっきり言って大事な事柄ことがらなのは分かっても、どこからどう手を付けていいのか分からない状態なのである。


 ――結果として、情報委員会で出た結論は「取り敢えず保留」だった。


 ま、仕方ないとは思う。

 話し合うにも何をするにも、今の状態じゃかりがなさすぎる。


 それに……これも無理からぬことなんだろうけど、自分の目で直接見ていない人たちは半信半疑、と言うか胡散臭うさんくさく感じているようにも思えた。


 実際、はっきりとそう言った人もいるしね。


「あの現象をの当たりにした時、とにかく物凄ものすごいショックを受けました。まあ、俺たちがここに転移してきたことこそ一番わけ分からないことなんですけど、それは何と言うか、人外じんがい所業しょぎょうみたいな感じなので一旦いったん置いておいて……」


 それでも、俺は個人的にこのトピックを放置したくなかった。


 だから全体としてはひとまずたな上げするにしても、興味がある人たちが自主的に集まって掘り下げる許可を、俺は情報委員会の場で申し出たのだ。


 さいわい、そのことに特に異論は出なかった。


「でも、あの魔法ギームとやらは違う。あれをあやつっていたのはごく普通の人だったんですから。だから、今の正直な気持ちはただ一つです」


 そう。


 ザハドの宿屋プル・ファグナピュロスで、ペルオーラがまきを燃やして見せた時、サブリナが自分も使えると当たり前のように言った時、俺が思ったのはたった一つのこと。


「俺も使ってみたいんですよ、魔法ギーム


 ここでちょっと皆の顔を見回してみた。


 落ち着いて考えてみると、三十代もなかばを過ぎたおっさんが「ボク魔法、使いたいです!」とか、ちょっとイタ過ぎでは? と思わなくもない。


 ……芽衣のやつが変な顔をしている以外は、取り敢えず揶揄からかうような表情の人はいない、ように見える。


「ちょっと、いいですか?」

 瓜生先生が挙手した。


「八乙女さんや鏡さんから、そのギームのことは聞いてはいるんだけど、もう一度出来るだけくわしく、その時の様子とかを話してもらえないかな。正直なところ、こっちからいろいろと聞くのが、何となくはばかられてね」


「そうそう。校長先生とか真剣な顔で『魔法を見た』なんて言ってたんすけど、何だか本気で突っ込んでいいものか、迷っちゃったんすよね」


 と、諏訪さん。


「えー、それってあたしたちの言ったこと、信じてないってことですか? サブリナの動画、見ましたよね?」


 芽衣が不満気ふまんげに言う。


「疑ってるわけじゃないすよ。あの真面目な校長先生がそんな意味のない嘘をく必要なんてないすから。ただ、報告を受けたはいいけど、それ以上詳しく聞きづらい感じだったってことすね」


「信じていないと言うよりは、信じられないという気持ちが大きいのはいなめないですね。それでいて興味があるのも、また事実ですがね」


 こう言うのは壬生先生。


「あ、あの、俺は、八乙女先生と同じように、魔法を使ってみたいです」

 これは天方君。


 ん~。


 何と言うか……みんな結構ぶっちゃけて話すようになったなあと思う。


 下は九歳の女児じょじから、上は四十オーバーの髭面ひげづらおじさん先生まで、結構幅広い年齢層の集まりの割に、フランクに話し合いが出来ている気がする。


 伊達だてに半年間、一緒に集団生活を送ってないってことだな。


「まあ俺も正直言えば、例え動画を見せられたところで、この目で見るまで信じられないって思うかも知れません。むしろ、実際に目にしてから時間がっちゃってますから、もしかして夢か何かのトリックだったかもって気に半分くらいなっていますから」


「じゃあ、その場にいた私が、もう少し詳しく説明します。いいですか?」


 俺の発言を引きいで、山吹先生がそう言いながらこちらを見る。

 俺はうなずいた。


「もちろん。では、まずは山吹先生から当時の状況を説明してもらいましょう。お願いします」

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