第五章 第04話 大晦日 その3

「今日まで約半年の間、誰一人欠けることなく、この異郷いきょうで二十三名全員が無事に生きてこられたことを本当に嬉しく思っています。予定通り明日から三日間、いわゆる三箇日さんがにちを休日としますので、ゆっくりと英気えいきを養ってください。そのかんわずかに仕事があるかた、申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします」


 朝霧あさぎり校長がマグカップを持って乾杯かんぱい挨拶あいさつを述べている。

 他のみんなも、それぞれ好きな飲み物を選んで手にしながら、じっと話に聞き入っている。


長々ながなが話すのも野暮やぼでしょうから、この辺りにしておきましょう。それでは皆さん、お疲れさまでした。乾杯!」


「乾杯!」


 各自が持つLEDランタンと投光器が明るく照らす職員室の中、そこここでカップを控えめに打ち合わせる音が響く。


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――もカップの中身を一気にあおる。


 自然と拍手が起こった。

 上野原うえのはらさんも、俺の横で嬉しそうにぱちぱちと手を叩いている。


 き机があるんだからそっちに移ったっていいのに、彼女はここが定位置だと言ってゆずらない。


 ――それにしても、んー半年か……確かに感慨かんがい深いものがある。

 怒涛どとうの日々ではあったな。


 一々いちいちげたらきりがないほどいろいろなことがあったけど、俺の中でインパクトが極大きょくだいだったものと言えば、あれだ。


 こっちの人が「ギーム」と呼んでいる、魔法まほうだ。

 魔法としかいいようのない、あの不思議な現象……。


 それ以外のことは、転移現象そのものをのぞけば一応、幸か不幸か常識の範囲内に収まっていると思う。


 魔法まほうと言えば元の世界でもある意味・・・・身近ではあったけど、それはあくまで空想の産物さんぶつでしかなかった。


 ――でも「魔法ギーム」は違う。


 まさかあんなものが、ごく当たり前のように存在しているとは……。


八乙女やおとめ先生、先生の飲み物って何ですか?」


「ん? これはえーと、あのアセロラみたいな果物くだもの果実水かじつすいだよ。甘酸あまずっぱいというかっぱ甘いというか……」


「ふふ、それって何か違うんですか?」

「……分からん」

「何ですかそれ」


 ま、この子は魔法アレを直接目で見てないから……あんまり実感がかないのかも知れない。


 それにしてもご機嫌だな……上野原さん。


 もっとも、楽しそうなのは彼女ばかりじゃない。

 何しろ、今日はまさしく食材の大盤おおばん振る舞いなのだ。


 一応メインの年越しうどんを筆頭に、ピザ、焼肉、餃子ぎょうざ焼売しゅうまい、グラタン、自家製マヨネーズを作ってのポテサラ、クレープ、グリッシーニ……あと何かあったかな?


 とにかく、小麦粉が潤沢じゅんたくに手に入ったことで、料理のバリエーションが一気に増えた。


 と言うよりあれか、今までは備蓄してあった非常食と諏訪さん提供のおもに加工食品だけが頼りだったから、料理らしい料理が出来なかったんだよな。


 つくづく、ザハドとの交渉が上手くいってよかったと思う。


 まあそんなわけで、職員室の机上きじょうにはかつてないほど多彩たさいな料理が所狭ところせましと山盛りになってて、みんなそれぞれ好きなものを取って、好きな場所で食べているのだ。


 外に出てる人たちもちらほら見かける。


「八乙女先生、私、ちょっとあっちに行ってきますねー」

「はいはい」


 そう言ってカップと皿を持って移っていった上野原さんの行き先では、別のしまで料理を選んではきゃいきゃいと騒いでる黒瀬くろせ先生たちがいる。


 別にいちいち断らなくてもいいのに、律儀りちぎと言うか何と言うか。


 ――というわけで俺は今ちょうど、ぼっち状態になっている。


 各料理がそれぞれの島にどかんと盛られているから、席に座って食べるという感じじゃないのだ。


 ……こうして見ていると、自然にグループに分かれていくのがとても興味深い。


 久我くが家三人は、応接スペースを使って団欒だんらん中だし、低学年部の島には山吹先生と黒瀬先生と、今移動していった上野原さん、そして壬生みぶ先生が集まっている。


 中学年部の島には、教頭先生、花園はなぞの先生、不破ふわ先生、如月きさらぎ先生、加藤かとう先生と、なぜか諏訪すわさんが仲間に入っている。


 外のたたきのところには、少年二人と女子高生二人が。


 石窯いしがま土竃つちかまどには、校長先生とかがみ先生、瓜生うりゅう先生が陣取って、肉と追加のピザをがんがん焼いている。


 その三人に椎奈しいな先生と秋月あきづき先生が、料理と飲み物を届けがてら一緒に食べているようだ。


 ――この約半年間を非日常的な環境で過ごしてきてはいても、基本的な人間関係は転移前と大して変わらないなあと思う。


 飲み会なんかでも、最初は席が決まってるんだけど、大抵たいていの場合、乾杯してしばらくするとだんだん人が動き始めるものだ。


 そういう時、最初から最後までずっと誰かとしゃべりっぱなしの人もいれば、今の俺みたいに数分間、その人の周りだけ風がいだみたいにぽつんと一人になる人もいる。


 別にハブられてるとかじゃなくてね。


 俺は一人で飲み食いするのに何の抵抗もない人間だから、そうした喧騒けんそうが遠のいて自分だけが静寂せいじゃくの中にいる感じが嫌いじゃない。


 ま、大抵の場合はすぐに誰かが寄ってきて、静かな時間も終わっちゃうんだけど。


「八乙女せーんせ」

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