第五章 ギーム

第五章 第01話 予感

「あーあ、退屈サーイだなあ……」


 ロコの上を涼しいピュロスが吹き渡る。

 来てるブレーゼによっては、ちょっと肌寒いくらいなのはまあ、この季節セゾナらしいかな。


「まーた始まったよ、リィナのあれ」

「うるさいフェル」


 今日は、いつもの湖に学舎スコラート友達アプリア五人で集まってる。


 私とシーラと、シルドルーチェ――ルーチェが女の子アルフェム

 男の子アルノァスは、ヴァンディラン――ディルとクリストッフェル――フェルの二人だ。


 ――別に、毎日に不満があるってわけじゃあない。


 貴族様ドーラでこそないけど、私はむしろ恵まれてる方だって分かってる。

 これまでずっと、学舎での勉強メレート山風亭うちの仕事も楽しかったし、今だってもちろん楽しい。


「まあリィナのアレはいつものなんだけどね……今回ばっかりはじつのところあたしもちょっと同感だったりして」


「あれえ……何かシーラが珍しい」


 いつもだったら、あっちこっちへすぐにすっ飛んで行っちゃいそうな私――自覚はしてる――をたしなめる感じのシーラまで、珍しく同調してくれてる。


 ルーチェも驚いてる。


「そりゃ、あんな体験をしちまえばな。無理もねえだろ」

「そうなんだよねえ」


 あの、夢のようだった五日間。

 あれからもう、二十日も経つなんて信じられない。

 思い出すだけでほけーっとしてしまう。


「不思議な人たちだったわねぇ……」

「そうだな」

「あれ? ディルはあんまりしゃべってなかったよね?」

「うるせえフェル」


 すると、シーラがプリオラをむにむにさせながら、


「あたし知ってるよ。フェルってば、はぅみとかましろーばっかり見てたもんね」

「はあ? 見てないし」

「あのねーフェル……あの二人ウスヴィルはねえ、ああ見えてセリカねえより年上ルードレなんだよ」


 私が教えてあげると、フェルは目をまん丸にした。

「う、ウーラだろ?」


本当プラウダだよ。私、聞いたもん……あっ――これ秘密イロスだった」

「実際見えないよねー。まあ、メイですらあたしより五つも年上なんだから」


「ほ、ホントかよ……」

 今度はディルが狼狽うろたえてる。


「私も聞いたわよぉ……メイに。それとルゥナだっけ? あのちっちゃいアルマアルフェムだって、フェルより年下モードレだけど、たった一つだけよぉ?」


「!?」

「!?」


 男の子が二人そろって声もなくひざをついた。

 何なの? 一体。


「何であんたたち、今頃そんなに驚いてんの? メイが自己紹介の時に言ってたじゃん」

「いやだって、俺たち言葉分かんねえし……」

「私だって分からなかったけど、ちゃあんと知ってるわよぉ」

「うっ……」


 しょーもない男子アルノァス


 そしたら――私の頭の中に、何故なぜか別の男の人ノァスアローラがぽわんと浮かんできた。


 ……男子じゃないけど。

 おじさんノアメルだけど。


「そ・れ・で」

 シーラが私の顔をいきなりのぞき込んできた。


「こっちのアルフェムは一体、誰のことを考えてんでしょうかね?」

「え? だ、誰って」

「ふふっ、『ふたはもうないネタは割れてる』んだよ」

「えー、どういうことなのぉ、シーラ」

「あのね」


 ……シーラってば何か鼻息荒くしてるけど、余計なことを言わないで欲しい。


「――というわけ。何しろ初日の会食ケーナの時は向かい合わせだし、二日目の町案内グヴィダードの時にはべったり、三日目は……学舎で会ったけどロコには来なかったか。でも四日目のイストーク行きの時だって行きも帰りも同じ馬車カーロに乗っててさ」


「おいおいおいおいおい」

 ディルの眉毛マブロイが変な形に曲がる。


「そのりょーすきって、学舎に見に来てたやつだろ? おっさんノアメルじゃねーかよ」

「下手したらあれじゃんか。親父ペルさんと同年代じゃないの?」


 ディルとフェルのやつ、好き勝手なこと言ってるなあ、もう。


「あのねー、この際ちゃんと言っとくけど」

 私は両手を腰に当てて二人をにらむ。


「シーラの言ったことはその通りだよ。そもそも私たちは、言葉の仲立ちをするって役目で参加したんだから、シーラか私がそばにつくのは当たり前エヴィダンでしょ? 大体ね、フェルじゃないけどうちのお父さんダァダと同じくらいの人にどうのこうのなんて、ある訳ないじゃない。それに……それに」


 それに――りょーすきはそういうのじゃない。


 そんなありきたりな、何なら普通にザハドでも出会えそうな人なんかじゃなくて……もっとこう、もっと……。


「ふぅん……」

 シーラが、ちょっと口ごもってしまった私をじっと見る。


 そして、


「まあその話はもうよしとして、あんたたち二人のことだよね」


 自分が最初にあおったくせに、何を思ったのか突然矛先タオグラーヴァを男子に向け直した。


「ええっ!?」

「俺たちかよ!」

そうよヤァ


 シーラが二人をぴっと指さす。


「はぅみやましろーに色目を使ったあんたたちに、リィナのことぎゃーぎゃー言う資格はないよ」

「色目って」

「勘弁してくれよなあもう。おいフェル行こうぜ」

「行こ行こ」

「ちょ、待ちなさい!」


 逃げてく男の子二人を、シーラが追いかけていく。

 ルーチェがすっ、と私のとなりに立った。


「シーラったら、理不尽めねぇ」

「ふふっ、そうだね」

「ねぇねぇ、どんな人なのぉ? りょーすきって」

「もう、ルーチェまで」


 私は、湖を見る。

 いつもの見慣れた景色。


「ホントにそんなんじゃないんだよ?」

「わかったわよぉ、それは。で?」


「分かってんのかな? まったく……ただね、りょーすきたちは珍しい人たちって言うだけじゃなくてね、うーん、何て言ったらいいのかな」

「うんうん」


「私がずっと待ち望んでいた……私を新しい場所に連れて行ってくれるような人――上手く言えないけどそんな感じがするの」


「新しい場所……ザハド以外の、ピケとかオーゼリアとか?」

「んー、どうなんだろ……それにね」


 私は、シルヴェスの中であの人たちと話した時のことを思い出していた。

 二回目のあの時。


「前に西の森シルヴェス・ルウェスでりょーすきたちと話した時なんだけど」

「うん」

「りょーすきを見てたら私、胸をかれた気がしたの」

「……」

「りょーすきってば、何か変な笑い方をしてた。困ったような、ちょっと苦しいような」

「リィナ、それって――」

「うん。でも、私からは何もしてないんだよ」

「リィーナー! ルーチェー!」


 シーラだ。

 一人で戻ってきたみたいだから、ディルたちはきっと帰ったんだろうな。


「はあ、はあ……全くあいつらってば」

「シーラも元気よねぇ」

「私たちもそろそろ帰ろっか」

「ふぅ……そうだね。それはそうと、リィナ」

「ん?」


 シーラが歩き出しながら言う。


一昨日ネヌロス、例によってうちのパパダァダの定期便が西の森に行ったでしょ?」

「あー、一昨日おとといだったんだ」


 リューグラム様ノスト・リューグラムとの取り決めで、一節いっせつ一月ひとつき)に二回、食料とかの荷物キャリークをりょーすきたちにお届けすることになった。


 でも、もう話がちゃんとついたから、私が一緒に行かなくてもよくなったのだ。

 私の場合、エリィナさんからの依頼フェルジークだったからね。


「もちろんあたしも行ったんだけどさ、その時にりょーすきたちから頼まれたんだ――またザハドに行きたいから、リューグラム様に伝えてって」


「え、ホント?」


「うん。でも、りょーすきのところって、全部で二十三人いるんでしょ? 次も同じ人が来るか分からないよ」


「う……でも、それでも構わないよ! いつになるんだろう……楽しみぃ!」

「ふふふっ、嬉しそうねぇ、リィナ」

「うんっ!」


 何だろう。

 急に湖の景色が、くっきりしてきたような気がする!


「まったく……調子いいんだから」

「あんなに退屈退屈言ってたのにねぇ」

「あのねえシーラ」


 私は再び腰に手を当てて、指摘する。


「さっきは軽く聞き流しちゃったけど、定期便、なんであんたまでついて行ってんのよ! 荷物も持たないくせに」


「そ、それは……」


 珍しく口ごもるシーラを横目で見る。


「大体シーラだってものすごく楽しそうだったじゃん。メイとかとキャッキャしちゃって」

「う、うう」

「そうなのねぇ。私も何か楽しみになってきたわぁ」

「でしょ? ほら、白状しちゃいなさいよ。シーラも楽しみなんでしょ?」

「ま、まあね」


 ようやく認めたシーラはまあ置いといて、割と慎重なルーチェまで前のめりになってきたのは面白い。


 こうして私は、次にりょーすきたちに会える日を指折り数えて待つことになった。


 あの、魔法ギームが使えない不思議な人たちを。

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