第四章 第22話 ザハド訪問四日目 その5

 ここは、宿屋プル・ファグナピュロスの一室。


 御門みかど芽衣めい久我くが瑠奈るなに割り当てられた二人部屋だ。


 大人たちは皆、一人部屋を与えられているので、少しでも広いこの部屋に七人全員が集まっている。


 ――さっきまで、俺たちは食堂の一隅いちぐうでサブリナと話していた。


 もちろん、スケッチブックを駆使くししてのことだが。


 そして――彼女サブリナの口から、衝撃の事実が語られたのだった。


 あの、ペルオーラがやったことは「ギーム」と言うらしい。

 そして、それは特に珍しくもない、誰もが普通に出来ること、なのだそうだ。


 ……俺たちは言葉を失ってしまった。


 まさ呆然自失ぼうぜんじしつ状態。


 それならサブリナも使えるのかと聞くと、使えるが練習をする時以外は極力使わないように言われている、とのこと。


 どうやら自由に使えるのは十三歳になってかららしい。


 理由は一応話してくれたようだが、概念的に絵図にするのが難しいことと、本人も今一つよく分かっていないのか、首をかしげながらの説明なのでほとんど理解できなかった。


「これは――やっぱりここが地球じゃないってこと、なんですかね……」

 誰ともなしに俺はつぶやいた。


「確定したわけじゃないですけど、その可能性は……高そうですね」

 黒瀬くろせ先生が俺の呟きをひろってくれた。


「うーむ……」


 かがみ先生は腕を組んだままさっきからうなり続けている。

 彼はここが地球だと信じていたいらしいから、余計にショックなんだろう。


 実のところ、俺もショックを受けている。

 自分でもおかしいほどに。


 今まで、ここがどこかという疑問に対して、「地球ではない」とする論拠ろんきょがスマホの地図アプリしかなかった。


 海の上を示しているのに、実際の俺たちは大地にどっしりと足を付けているのだから。


 だけど、それ以外は「地球であってもおかしくない」「地球だろう」「地球に違いない」証拠ばかりだ。


 基本的に天体関係は地球と全く同じだし、問題なく呼吸できることや周囲に広がる自然も、狩りをした動物を食べられることも、小麦粉が存在することも、全部そう。


 スマホの地図にしたって、そもそもGPSが使えるという事実が、地球である証拠の最たるものなのだ。


 ――芽衣が不思議そうに首をかしげる。


「でも、魔法が使える場所って分かったのが、そんなに問題なの?」


「それは……元の世界に戻るのが、一段と難しくなったってことだから……」

 山吹先生の言う通りだ。


 地球上の未知の場所だってんなら、困難ではあっても物理的には帰れる。


 でも、地球じゃないのなら――この世界をどこに向かってもムダということになるのだ。


「ああ……そっか。それに、あたしたちは誰も使えなかったもんね」


 サブリナと話している時、俺たちは全員、ペルオーラがやったのと同じことを試させてもらったのだ。


 結果として――誰一人火をつけられないと分かった。


 彼女サブリナは、俺たちが誰もギームとやらが使えないことを知ってひどく驚いて、もしやと思ったのか彼女自身も試した。


 ……ペルオーラに比べれば少し時間はかかったが、薪はちゃんと・・・・炎を上げたのだ。


 これはつまり、推測ではあるけど、俺たちとサブリナたちは一見いっけん同じ人間に見えても、中身はどこか違っている可能性を示唆しさしている。


 俺たちから見て十分じゅうぶんに超常現象と言えることが普通に出来る身体しんたい構造……ここが地球ではないということを、強力に裏付ける事実だ。


 ――もちろん、これでこの地が地球ではないと確定したわけじゃない。


 でも、地球じゃないとしか考えられなくなってきている自分がいる。


 だってさ、日本にいた頃、世界のどっかに魔法が使える国なんてあったか?


 部屋の中を、沈黙が満たす――――――――


 ――――――

 ――――

 ――しばらくして、遠くで鐘の鳴る音が聞こえてきた。


 大きい鐘が八つ、小さいのが三つ――つまりは、午後九時半。


 ここまで一言も話さなかった校長先生が、スマホをしまいながら口を開いた。


「皆さん、なかなかに受け入れがたい事実が判明してしまいました。私たちの最終的な目標への道をはばむ、あまりにも大きすぎる障壁しょうへきと言っていいでしょう。しかし」


 皆の顔を見まわして、更に続ける。


「ここでこうして顔を突き合わせていても、恐らく何の解決にもならないと思います。時間も時間ですし、皆さん部屋に戻ってゆっくりと考えをまとめて、明日学校に帰ったあとに全員で話し合いを持つというのは如何いかがでしょうか」


 みんなうなずいている。


 確かに今日一日の疲れもあるし、そもそも何を話したらいいのかも明白になっていない状態で集まっていても、いたずらに不安が増すばかりかも知れない。


「そうですな。ならばそろそろお開きにして自室に戻りますか」


 かがみ先生の一言で、今夜のこの部屋のあるじ以外、みなが口々におやすみなさいとつぶやきながら退出していく。


 ……校長先生の言うことは、正論だ。


 正論なのだが……。


 前を歩く校長先生の背中をぼんやりながめながら、何故なぜだかしっくり来ない思いを、俺は持て余してしまっていた。


    ◇


 午後十時・・・・

 ある場所にて。


 ある部屋の前に男が立つ。


 彼がノックをすると、とびらの向こうから入室をうながす声が聞こえてきた。

 男は静かに扉を開け、部屋の中へと慎重にを進める。


 そこでは、一人の人物が彼の来訪らいほうを待っていた。


 その人物は彼に椅子いすすすめると、自身は立ったまま、まずは突然に男を呼び出した非礼をびた。


 そして男に向かって改めて名乗った。

 その名を聞いてもピンと来ないのか、男の表情は変わらない。


 しかしそのあと、その人物が自らの素性すじょうつまびらかにすると、男の顔は見る見るうちに驚愕きょうがく一色いっしょくに染まっていった。


 目の前の人物の口からつむぎ出されていく言葉の一つ一つが男を混乱におとしいれていく。


 ……そして、ある人物の名前が出たところで、混乱それは最高潮に達した。


 男の顔があおざめていたのは、決して光の加減のせいだけではない。

 彼の手足は震え、背中を冷たい汗がつたっていた。


 その人物は、話すべきを話し終わると男を気遣きづかうが、男はなかば恐慌状態におちいっており、残念ながら彼を心配する言葉は効果を発揮しなかった。


 ――しばらくして、男は部屋を退出する。


 覚束おぼつかない足取りで元の場所に向かう途中、彼は思い出したようにポケットを探ると、スマホの画面をタップした。


 男の受けた衝撃をかんがみれば、そんな彼をじっと見つめる一対いっついの眼があることに彼が気付かなかったのも、致し方のないことであった。


 ――ましてや、隣の部屋でひそかに耳をかたむけていた存在など。


    ◇◇◇


 翌朝、代官屋敷に逗留とうりゅうしていた八乙女涼介りょうすけたち一行いっこうの乗る馬車は、多くの人が見送る中を西の森――彼らにとっては東の森――に向かって出発した。


 来た時に比べて荷馬車が一つ増えていたのは、ザハドの、引いてはリューグラムの厚意の表れである大量の土産のためであろう。


 その中には瓜生うりゅう蓮司れんじから頼まれていた耐火レンガや、パン作りのための酵母こうぼなども含まれていた。


 森に到着すると、荷物は複数の荷車に分けて載せられ、一行は徒歩で森の出口に向かった。


 途中で何回かの休憩をはさみながら、数時間後には無事、彼らは森を抜けた。


 ザハドの民にとっては禁足地きんそくちであるところに、二台の乗用車が止まっていた。


 涼介たちは、荷車を運んでくれた男たちに感謝の意を伝えると、満載まんさいしてきた荷物を乗用車に手分けして積み込み、彼らに大きく手を振って別れを告げた。


 荷を運んだザハドの男たちは、初めての当たりにする禁足地の景色と、眼前がんぜんで繰り広げられた一連の場面を驚きをもって見つめ、町に戻ってから大いにうわさしあったと言う。


    ◇


 ――こうして、「最初の町」ザハドでの初めての交流は幕を下ろした。


 名状しがたい何かをはらんだまま。

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