第四章 第19話 ザハド訪問四日目 その2

 そして今、俺たちはまた馬車に揺られている。


 目的地だったイストークの町を出立しゅったつしたところだ。

 同乗しているメンツも、往路おうろと同じ。


 ――塩鉱山ザモニスの景観けいかんは素晴らしいものだった。


 今も稼働かどうしている鉱山なので、俺たちは観光客用にある程度整備された坑道こうどうに案内されたのだが、何となく想像していた鉱山の様子とは一線をかくすものだった。


 昔どこかの観光地で見た鍾乳洞しょうにゅうどうの中を歩いているような……いや、もっと人工じんこう感というか、照明のひかえめな城の中を散策しているようだった。


 山吹やまぶき先生に言わせれば、ポーランドにあるヴィエリチカ岩塩坑がんえんこうというのに雰囲気が似ているらしい。


 ――素晴らしい景色を楽しんだ俺たちは、お土産みやげをしこたまもらって次の目的地であるイストークへと向かった。


 お土産とはもちろん、岩塩だ。


 食料としてもらったものもたくさんあるが、人をかたどったものやペンダントらしきものなど、岩塩を彫刻したいろいろなものを頂いた。


 そもそも、俺たちは塩を調味料として認識しているけど、岩塩は鉱物の一種なんだよね。


 料理に鉄粉てっぷんを振りかける人なんていないだろうけど、塩に関してはまあ似たようなことをしているわけだ。


 ――ちなみに、お土産は次の目的地であるイストークでもかなりの量を用意してくれており、さらには東の森の入り口への運搬うんぱんまでも手配してくれてあった。


 いたれりくせりで本当に頭が下がる思いだ。


 ちなみに「東の森」と言ったが、ここらの人たちは俺たちがそう呼んでいる森を「西の森シルヴェス・ルウェス」と呼んでる。


 この森はザハドから見れば西側にあるわけだから、方角で呼べばそうなるのは至極しごく当然のことなわけだ。


 ――で、次に向かったイストークだが、どうやらこの辺りの穀倉こくそう地帯となっているようだった。


 穀物ばかりでなく牧畜も盛んで、食肉や乳製品、各種野菜の一大産地でもあるとのこと。


 ――到着してまず目を引いたのは、見渡す限り一面に広がる小麦畑だった。


 と言っても、播種はしゅしたばかりだったので黄金こがね色の波とはいかなかったが、収穫時にはさぞ素晴らしいながめになるのだろうと思えた。


 ちょうどお昼時だったので、町内のとある食堂で昼食を取ることになった。


 出てきたものは、最近セラウィス・ユーレジアでの食事でお馴染なじみになっているサラダとパンに、肉がゴロゴロ入った濃い色のシチューのような煮込み料理で、ここら一帯の標準的なセット料理らしい。


 実際「マリンガおまかせ」と言うと、大抵の店ではこの組み合わせが自動で出てくるんだそうだ。


 こっちに来て、確かにバリエーションに少々とぼしさを感じることはあるけれど、き飽きしてしまうほどでもないし、そもそも食えるだけありがたいという、サバイバル意識がまず出てくるのだ。俺としては。


 ――それでふと思ったのは、ここの人たちは当たり前のように一日三回食べている、ということ。


 古代ギリシャとか古代ローマもそうだったとは聞くけど、つい最近までは仕事に行く前に食べて帰って来てから食べる、みたいな一日二食も多かったそうなんだよね。


 まあ食事事情って古今東西ここんとうざいいろんな環境や積み重ねがあって本当に様々さまざまだから、一概いちがいには言えないとしても、やっぱりある程度の余裕がないと三食にはならないと思う。


 そう言う意味で、ここの社会は結構成熟してきているんじゃないかなと……まあ生活そのものは一見いっけん牧歌的ぼっかてきでゆったりとしているんだけどさ。


 ――で、ちょっと不思議に思ったことがある。


 日本で読んでいたファンタジー系のマンガや小説に出てくる村や町ってのは、多分そのほとんどがさくとか城壁じょうへきに囲まれていた気がする。


 古代中国の城郭じょうかく都市なんかもそう。


 今でいう空港の入国審査イミグレーションばりに、衛兵が門のところでチェックするのを長い行列を作って待つ、みたいな描写が定番だったはずだ。


 それって要するに敵軍とか魔物、不審者とかの侵入を防ぐものだよね。


 だけど……ザハドにしろイストークにしろ、そうしたものが設置されている様子がない。


 もちろん、農業用のものは見たし、セラウィス・ユーレジアみたいな重要施設はへいで囲まれていたけど、集落全体をぐるっとカバーするようなものは、ない。


 いやまあ、今のところこの二つしか知らないから、もしかしたら他のところにはあるのかも知れないけど、これは一体どういうことなのかなって考えてしまったのだ。


 ……ないということは、必要ないからだ。


 日本ばかりじゃなくて、恐らく海外のほとんどの市町しまちがこうだよな。


 要するに、外敵の侵入の心配がない社会なわけで、それはつまり、この世界もそういうことなのだ。


 幻想的ファンタジックな魔物とか精霊、妖精みたいなものがいない……即ち、やっぱりここが地球のどこかなんじゃないかな、という結論。


 こんなことを、校長先生たちとちょっと議論したりしたわけだ。


 ――閑話休題それはさておき


 そんなこんなで町長さんたちの案内で、俺たちが提供してもらう予定の農作物や食肉の生産元を見たり、明媚めいびな景色を堪能たんのうしたりして、またしても大量のお土産を頂いた後、こうして馬車で帰路きろについているわけだ。


 帰路と言ってもこれから向かう先は、今のところの常宿じょうやどになってるセラウィス・ユーレジアじゃなくて、サブリナのご実家だ。


 プル・ファグナピュロスという宿屋だそうだけど、屋号にはどんな意味があるんだろうか。


 とにかく俺たちを一晩でも泊めたいと、サブリナがリューグラムさんに頼み込んだとか。

 ……あれか、あの何か必死にやり取りしてた時のことかな? 初日の会食の時の。


「八乙女さん」


 ゆっくりと流れる景色を静かにながめていた校長先生が、視線を窓の外に固定したまま突然話しかけてきた。


 ちなみにかがみ先生は腕を組んで目をつぶっている。

 眠っているのかどうかは分からない。


 確実に寝てるのは、俺の横に座っているサブリナだ。


 ザモニスでもイストークでも、この子は張り切って案内してくれたり通訳にいそしんでくれたりしてたからな。


 馬車に乗ってものの数分で、静かな寝息を立て始めた。


 俺はそんな彼女サブリナの寝顔を横目で見ながら、答える。

「はい」


「ちょっと教えてもらいたいのですが」

「何でしょうか?」

「くじのかね……と言うのが何時を指すのか、分かりますか?」

「くじのかね、ですか」


 俺はちょっと考え込む。


 この地の時刻制度は、一応理解したつもりだ。


 午前六時を始まりとして、二時間がひとまとまりの十二個に一日を分けている。


 つまり、俺たちにとっての午前六時は「一時」となるわけだ。

 なかなかにややこしいが、ここの人たちにはこれが普通なんだ。


 で、「二時」は二時間後の午前八時を示す。


 つまり……


「午前六時が一時ですから、そこから二時間ごとに数えると、「九時」は俺たちで言うところの午後十時ですね」


「午後十時……ですか」


 ……何だろう。


 校長先生の目は相変わらず窓外そうがいに向いたままだ。

 この人は俺の知る限り、話す相手とは視線を合わせるタイプのはずなんだが。


 何となく引っ掛かりをおぼえつつ、聞いてみる。


「その午後十時が、どうかしたんですか?」

「……いえ」


 しばらく沈黙した後、


「ちょっと知りたかっただけです。相変わらずこっちの鐘を鳴らすシステムが分からないままですから」


 と言って、初めて俺を見て笑った。


「はあ、そうですか……」


 この後、車内ではサブリナが目覚めるまで誰一人くちを開かず、車輪のかなでる音以外は、かたむきかけた太陽がただ静かに車内を梔子くちなし色に染めるだけだった。

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