第四章 第18話 ザハド訪問四日目 その1

 ガラガラガラガラ……。


 窓の外を長閑のどかな田舎の風景がゆっくりと後方へ流れていく。

 少し遠くに見える木々の間で、光がくるめいている。


「ダオユナスロコザナーシュ!」

 サブリナが光のみなもとを指さす。


「ザナーシュ?」

「ヤァ。ロコザナーシュ」


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――が聞き返すと、サブリナが答えた。


 そう言えば昨日、女性たちは近くの湖に行ってきたらしいな。

 ロコ・ザナーシュ……ザナーシュ湖か、ロコ湖か、どちらかだろう。


「おっと」


 馬車が右に曲がったようだ。

 しばらくすると木々が途切れて、広大な湖がゆっくりとその姿を現した。


「これは……なかなか美しい湖ですね」

「しかも、かなり広いですな」


 近くまでせり出した山や紺碧こんぺきの空を鏡のようにうつし出す湖面こめん

 スイスのゼーアルプ湖を彷彿ほうふつとさせる透明度の高い湖水こすい

 空のあお、周囲の緑と相まって一瞬、言葉にまるほどの美しさだ。


 ――俺たちは今、ザモニスというところに向かっている。


 ここ、ザハドの名は、ザ(塩)とハド(多分場所とか、地)から来ているらしい。


 で、これから案内されるところは塩の取れる場所とのことだから、「モニス」が「鉱山・坑道こうどう」を表しているんじゃないだろうか。


 ――ザハドでの四日目、今日の予定はちょっとした遠出らしい。


 馬車三台を仕立てて向かうのは、くだん塩坑えんこうとイストークという町だ。


 先頭の馬車にはこないだ会った町長とドルシラ、山吹やまぶき先生に黒瀬くろせ先生。

 真ん中の馬車には、今日初対面の町長さんの多分部下の人と芽衣めい瑠奈るな

 最後尾さいこうびに校長先生とかがみ先生と俺とサブリナが乗っている。


 車割りがこうなった理由に特に意味はない。

 何となくだ。


「しかし、あれですな。馬車ってやつは存外ぞんがい揺れる」

「サスペンションとかの概念がいねん、ないんですかね」

「木製だと限界があるのかも知れませんね」


 サブリナが小首をかしげている。

 うーむ、何と言って説明したらいいんだ?


 俺は自分の尻を指さして「オウオウ!」と痛そうな顔をしてみた。


 すると、

「オウ、エグラ!」

 と彼女は言い、彼女も自分の尻を指して、

「パカリス、オンディ。ラウヌソ」

 と、笑う。


 もしかしたら、馬車に乗るとあるあるなのかもな。


 エグラは分からないけど、パカリスかオンディの、どっちかが尻のことなんだろう。


 ただこの馬車、座席にはちゃんとクッションがついているので、そこまで痛くなるわけじゃあない。


「毎回思いますが、八乙女やおとめさん大したもんですね」

「やり取りが自然なのがいいですな」

「いやあ、多分サブリナの能力が高いんじゃないですかね」


 卑下ひげするわけじゃなく俺の力と言うよりは、彼女サブリナのこっちの意図いとを読み取る能力ちからに助けられてると思う。


「サブリナ、タユニメタオーナ君は頭がとてもいいね

 俺が自分の頭を指してこう言うと、


「マ、マロース、りょーすき」

 とサブリナは顔を赤らめた。


「今のは何て言ったんですか?」

「頭がいいねって、めたんですよ。実際そうですからね」

「ちゃんと通じてるのがすごいじゃないか」

「まあ、交流を始めて結構ちますからね、多少は」


 ――馬車はそれから一度だけ大きく左折すると、あとはひたすら真っ直ぐ進んでいった。


 塩鉱山えんこうざんなんて初めて見ることになる俺は、正直わくわくが止まらなかった。

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