第四章 第17話 ザハド訪問三日目 その2

 ――かねが鳴っている。


 大きいのが六回、小さいのが一度。

 物語の中でしか聞いたことのないような、西洋風の鐘の


 私――朝霧あさぎり彰吾しょうご――は、鐘が示す時刻がまだ分からない。

 ふところから携帯電話を取り出すと、十六時三十分とある。


 散歩をしているのだが、あまり離れてはいけないということなので、もう何度か通った屋敷の周囲の道をまたこうして歩いている。


 見上げれば、すであかね色に染まりつつある西の空が目に入ってくる。


 見知った空の色のはずなのに、その下に広がる町並みは異国のそれ……。

 今更ながら、ちぐはぐな感がぬぐえない。

 新鮮な景色ではあるが、こうして一人でながめていると畏怖いふすらおぼえる。


 ――昼の会食には、リンデルワールきょうという人物が見えていた。


 リューグラム卿よりも、三つほどくらいが高い――バルフォーニアという――位階いかいだと言うことだが……それがどの程度のものなのかまだ理解できていない自分は、リーダーとして如何いかがなものなのであろうか。


 ――会食そのものは、スムーズに進んだと思う。


 リンデルワール卿は、この地に来て出会った者の中で、最も年長であるように見えた。

 私と同じか、多少上なのか。


 容姿ようし雰囲気ふんいき相応ふさわしい落ち着いた物腰だが、かなり積極的に八乙女さんや山吹さん、サブリナたちと言葉を交わしており、我々に対する関心の高さをうかがわせた。


 この会食は表向き、単なる親善しんぜん的なもののようで、互いに友誼ゆうぎをより深められた以上の成果はないと思われる。


 しかし校長でありリーダーでもある私自身は……ただ料理を食べ、酒を飲んで、適当に相槌あいづちを打つことくらいしか出来ていないのが現実だ。


 実質的な交渉事こうしょうごとは、ほとんど八乙女やおとめさんたちがやっているのである。


 それを申し訳なく思う気持ちはあるが、同時にそれでいいと断じる自分もいる。

 実務的にお飾りでもかまわないのだ。


 ――自分は責任を取るためのリーダーなのだから。


 その八乙女さん、どうやらあまり体調がよくないらしい。


 昨日、広場で串肉をのどに詰まらせていたようだが、その程度のことなら今日まで引きずったりはしないのではないだろうか。


 今は回復して、恐らく町のどこかを見て回っているようだから、心配はいらないと思うが……。


 ――昼の会食以降は、各自自由行動ということになった。


 私はこの通り、屋敷周辺を散策しているし、鏡さんも同じらしい。

 女性陣だけは、サブリナたちの案内で近くの湖を見に出掛けていると聞いた。


 直接話したことは数える程しかなくても、サブリナやドルシラたちがしっかりした子たちであることは十分じゅうぶん伝わってくる。


 しかし、聞けば彼女たちはまだ十一歳とのこと。

 そんな子どもたちに負担をかけてしまっている状況は、何とかしていかなくてはなるまい。


 ――と、後ろから声がした。


「ノァメルード」


 振り向くと、まだ幼い子どもが立っている。

 そして唐突とうとつに、右手に持っていたものを私に差し出してきた。


「スクリープ、フォルタウ」


 弱ったな……言葉がまるで分からない。


 思わず受け取ってしまったが、これは――手紙だろうか。


 表にはご丁寧ていねいに、ひらがなで「てがみ」と書かれている。

 普通は宛名あてなが書かれているものではないのか?


 裏返してみると、緋色ひいろをした円形えんけいろうのようなものでふうがされていた。


 ――もしかしてこれは、封蠟ふうろうと言うものではないだろうか?


 もしそうなら、何とも古典的クラシックなことだが……。


「ちょっと――――」


 と声を掛けた時には、その少年の姿はすでにない。


 ……遠ざかる足音がかすかに聞こえるのだから、あやかしたぐいではないと思いたい。


 私は、考える。


 このような異世界じみた場所で、誰かから手紙をもらうということを……どのように受け止めたらいいのだろうか、と。


 呆然ぼうぜんとしながら、私はなかば無意識に手紙の封を開ける。

 ペーパーナイフなどないので、フラップを引っ張って封蝋ふうろうこわす。


 ――どうやらこれは封筒ではなく、手紙そのものを折りたたんだもののようだ。


 ――――……?


 そこに書かれていた文章に、私は首をかしげた。


 ……これは――


「やあ、校長先生」


 いつの間にか屋敷の門の近くまで歩いてきていたらしい。

 私が来た方と反対側から、かがみさんが声を掛けてきた。


 何故なぜか私は、急いで手紙をポケットにしまうと、何でもないふうよそおってしまった。


「やあ鏡さん、散歩は終わりですか?」

「ええ、ここはいろいろと興味深いところですな……ところで、どうかされましたか?」

「どうか、とは?」

「いや、何だか青い顔をして立ってらしたようなので」

「青い……いえ、きっと光の加減でしょう。こんな夕暮れですから」

「そうですか」


 鏡さんは特にそれ以上追求しようとせず、屋敷に向かって歩き出した。


「我々もそろそろ戻るとしますか。ここの食事は名も知らぬ異国のものですが、なかなかに美味い。そう思いませんか?」

おっしゃる通りですね」


 私は鏡さんの後に続いた。

 手紙の内容を反芻はんすうしながら。


    ◇


 そして同日、そろそろ正子しょうし(午前零時)を回ろうという頃。

 とある・・・場所にて。


「少し勇み足だったのではないか?」


「申し訳ございません。まさかあのような」


「ふむ。まあこれも一つの情報ではあるか……そのノァスだけか?」


「いえ、あと一人イシヴィル幼いルーヴェ少女アルフェムでしたが」


「……そうか。分かった。だが、今後はより慎重にことせ。気取けどられるような失敗は許されぬと心得よ」


「は。改めて周知いたします」


 ――配下が出て行ったヴラットながめながら、男はつぶやいた。


「二人だけとは、一体……」



――――――――――――――――――

2023-01-28 一部誤表記を修正しました。

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