第四章 第15話 ザハド訪問二日目 その2

ここが、この町の広場ですセオユーノフォーマヌセオバジャ

「バジャ?」

違うよノイン広場フォーマだよ」

「フォマ?」

そうヤァそうヤァ


 リィナです。


 今、広場に着いたとこ。

 ここがこの町ザハド中心ネトロと言える場所だ。


 私はうちの商売がらお客さんクリエを案内することはたまにあるんだけど、りょーすきたちみたいに言葉ヴェルディスがあんまり通じない人たちは初めてだから……楽しんでもらえてるかちょっとだけ心配。


 ――広場には昼前ナブラス・アウリスになると、お決まりの屋台マトラがいくつも出てくる。


 別の通りウリートにつながる辺り一帯いったい市場メルコスになっていて、臨時のお店プローデも定番のお店もサーヴから開いている。

 通り沿いにはちゃんとした店舗や卸売り用の店がのきつらねている。


「ヘエ、イロンノミセガルネェ」

「ヤタイノジュッビ、シテゥミタイ」

「ナンカタシタチ、ミラレテンネ」


 道行く人パスナートたちや広場にいる人たちが、りょーすきたちをじろじろ見てるのが分かる。


 禁足地テーロス・プロビラスから人が来るってお知らせが回ってるから、事情はみんな知ってるみたいだけど、時々話しかけてくる人もいる。


 りょーすきたちはそういうのが嬉しいみたいで、笑顔ミーチャで応えてる。


 でも、言葉が通じないのが分かると、町の人の方がびっくりした顔をするんだよね。

 ……まあ分かるけど。


 カーン……カーン……カーン……キン……キン…………


 三時鐘さんじしょうのティリヌス(午前十一時)だ。


 この時刻ケロンを告げるユニカ仕組みラクストレイトが、どうもりょーすきたちには難しいらしい。

 もう何回か説明してるんだけど、まだちゃんと分からないみたいだ。


「カニガサンカイナッテ、チッサイカニガニカイ……」


 そう言って、りょーすきが例の不思議なエトラノスタレアを取り出す。


「ジューイッジゴフ……オスラクゴゼッジューイッジヌカネナンダネ」


 みんなでうなずきあってる。

 何を言ってんのか全然分からないけど、時間ノメンのことを話してるのかな。


    ◇


 サブリナが俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――をじっと見てる。


 相変わらずスマホが珍しいみたいだ。

 ……まあ、そりゃそうだろうな。


 ――広場周辺の店をあちこちサブリナとドルシラに案内してもらっているうちに、かねが四回鳴った。


 どうやら正午を知らせているらしい。


 ここがどういう時刻の制度を用いているのか分からないが、セラウィス・ユーレジアでは砂時計のようなものを見かけたし、日の出と最初のかねの時刻がずれていたようなので、恐らく定時ていじ法を採用しているんじゃないだろうか。


「美味しいね、このピタサンドみたいなの」

「中のお肉、これ何だろ……ラムっぽい?」


 鐘の鳴る少し前から、広場ではそこここで屋台が店を開け始めた。


 しばらくしてからただよってくるうまそうな匂いに、その前から市場いちば陳列ちんれつされているあれこれ翻弄ほんろうされていた、おもに女性勢が抵抗できなかったらしい。


 早速目ぼしいところから試食を始めている。


 リューグラムさんスポンサーから潤沢じゅんたくな資金を預けられているそうで、サブリナたちが気前よく屋台の主人に代金を支払っている。


「屋台と言えば串物が定番だろう」


 異論はない。


 俺たち男衆おとこしゅうあぶらしたたる串肉を注文し、広場の中央にある円形の植え込みを囲う石垣のようなところに腰かけてかぶりついているところだ。


 小ぶりな白い花が風に揺れている。


「シンプルな塩味ですが、結構いけますね」

野趣やしゅあふれるというか何というか、『喰らう』という言葉がふさわしい感じですな」


 ――どうやらこの町ザハドは、岩塩の採掘が盛んな場所らしい。


 さっき見たある店では、同じピンク色でも濃いのから薄いのまで、様々な岩塩が大量に売られていた。


 以前提供してもらったあれ、恐らくここで産出したものなんだろうな。


 この串肉も味付けはどうやら塩のみのようだが、焼き方がたくみなのか肉じゅうたっぷりで非常に美味うまい。


「ポリフォラスピート!」


 サブリナたちが、人数分の果実水を買い求めて、わざわざ持ってきてくれた。

 実にありがたい。

 横の二人はアルコールが欲しそうだったが、さすがに自重じちょうしたようだ。


 ――がぶがぶもぐもぐと肉を咀嚼そしゃくし、果実水でのどから胃へ押し流す幸せを堪能たんのうしながら、目の前を行きう人たちを観察する。


 それほど混みあっているふうでもない。


 ほとんどの人が徒歩で移動していて、たまに荷物満載まんさいのリヤカーのようなものを引く人がいる。


 馬車も時々見かける。

 カーロって言うんだっけ、馬車のこと。


「どういう人たちなんだろうなあ、この通行人たちは……」

「観光客もいるようですが」


 俺のつぶやきに校長先生が反応した。


「地元の人も割と多いように見えますな」

「それにしても……かなり見られてますねえ、我々は」

「そんなに目立ってるんですかね、俺たち。髪の色ですかね」


 アニメみたいに、青や緑やピンクの髪色の人たちなんてのは流石さすがにいないが、俺たちのような黒髪こくはつも全く見かけない。


 一番目に付くのは、いわゆるブロンドだな。


 灰色がかっているものや赤っぽいもの、プラチナのように輝いているものなどいろいろだけど、基本は「金髪」と言って間違いない。


 日本人のように染めている感じは一切しないので、そういう民族の方々なのだろう。


「街並みが、若いころに行ったルツェルンやツェルマットを彷彿ほうふつとさせますね。ここはもう少し小規模な感じですが」


「この山が迫ってくる感じなんて、私は富士吉田市を思い出しましたよ」


 顔だちも、サブリナたちのようにコーカソイド系の人たちばかりだ。


 ――サブリナと言えば、彼女が十一歳だと聞いて驚いた。


 うちの天方あまかた君や神代かみしろ君の一つ下ってことだよな……。


 サブリナもそうだけど、ドルシラなんか特に高校生くらいにしか見えないが、まあ口にはしないでおこう。


 年齢の話はとにかく地雷原じらいげんだからな。


「りょーすき」

 そのサブリナが話しかけてきた。


「メーレ? ニオカルネ」

「ニオカルネ?」


 俺の串の肉を指さして、

「カルネ」


 肉のことをカルネと言うのか?


ヤァうんカルネメーレ美味しいよ

「オーナ」


 そう言ってにっこりと笑うと、俺の横に腰かけた。


「セグネールヌソラウテスパローラ」

「パ、パローラ?」

「ヤァ。テスパローラ」


 再び俺の串の肉を指す。


「カルネ」

ヤァうんセオこれカルネ

「テスパローラ?」


 そう言うと、今度は俺の口を指さした。

 どういう意味だ?


ヴォッド? パローラ」


 するとサブリナは少し考えてから、自分を指して「サブリナ」、俺を指して「りょーすき」と言った。


 それから突然俺から串肉を取り上げると、指さして「カルネ」と言う。

 で、串肉を俺に返して小首をかしげて言った。


「ヴォッド?」


「にく」

 驚くほどすんなりと、俺の口から言葉がすべり出た。


「オウ、ニィクゥ?」

ヤァそう! セオこれ、ニク! カルネ、ニク!」


 もしかして……カルネのことを日本語で何と言うのか、知りたかったのか?


 ――なるほど、「パローラ」って言葉とか単語と言う意味なのだろう。

 テスは分からんが。


「やあすごいですね、八乙女さん。そうやって少しずつ分かり合っていくんですね」

「サブリナも、なかなかかしこそうですな」


 女子の方も、ドルシラと何やら笑いあっている。


 思うに、「ヴォッド」が「何」だと早々そうそう同定どうていできたのがラッキーなのだ。

 これで少なくとも、指をせるものなら手当たり次第にたずねることが出来るからね。


「しかし……こうしていると海外に職員旅行にでも来ているようにしか思えませんね」

「私はまあ、今でもここは地球だと思ってますがね」

「実際、地球じゃないって証明する方が難しいと、俺も思いますけど」


 道行く人たちが、時折俺たちに手を振ったり、話しかけてきたりする。


 校長先生じゃないが、確かにこんな風に屋台飯やたいめしを食ってのんびりしていると、ただ旅行に来ているだけのように錯覚さっかくしそうになる。


 食料確保という大事な使命をとりあえず一つ果たせたことも、そんな気持ちに拍車はくしゃをかけているんだろ――――


 ――――!!


 突然、俺は奇妙な違和感に襲われた。


 鳩尾みぞおちの辺りから観音かんのん開きに肋骨ろっこつを無理やり開かれて、中をのぞかれるような気味の悪い感覚だ。


「うぐっ!」


 俺は思わず胸元をこぶしで押さえてしまう。


 肉を食べ終わってからになった串が、落ちて足元でカラリと音を立てた。


 ――この感覚には……覚えがある。


 ――俺の頭の中に、森の中で見つけたいつぞやのなぞの人工物の姿がよぎった。


 あれと似ている。

 同じものがあるのか?

 俺は周囲を見回してみるが、それらしきものは見つからない。


 ――と、嫌な感覚が唐突とうとつに消えた。


 隣を見ると、サブリナが心配そうな顔をして俺を見ている。


「ユニタオーナ?」

「どうかしたのか? 八乙女さん」


 鏡先生までもが、俺の顔をのぞき込んでいる。


 俺は残っていた果実水を一気にあおって、かろうじて言葉をしぼり出した。


「だ、大丈夫です。ちょっと……肉をのどに詰まらせて」

「気を付けてくださいよ、八乙女さん。誤嚥ごえんとかも馬鹿に出来ませんからね」

「すいません、校長先生。サブリナ、マロース」


 うつむく俺にほっと息をくサブリナ。


「オーナ?」

「オーナオーナ」


 よく分からんが、大丈夫?的な意味だろう。


 ――足音に気付いて顔を上げると、いつの間にか目の前に瑠奈るなが立っているのに気が付いた。


 彼女の後ろに、こちらへけてくる芽衣めいたちが見える。


 瑠奈は俺の右手を両手に取り、無言で俺の眼を見つめる。


 ――大丈夫? と、彼女がささやいた気がした。

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