第四章 第13話 主と部下

「お疲れさまでした、ディアブラント様」

「ああ、ラーシュもご苦労さん。資料エングルはこれで全部?」

「はい。それと家宰メナール(かさい)殿から、こちらが」

「イングレイから? ……ふむ」


 夕飯ミルヴェセールを八乙女たちとの二度目の会食ケーナで済ませたそのゲーゼ遅く。

 代官セラウィス屋敷ユーレジア領主ゼーレ私室ルマ・リヴァレアにて。


 従者エルファであるラーシュリウス・ベック・オリヴァロから手渡された手紙ドープスを、ここら一帯の領主であるディアブラント・アドラス・リューグラムは読みくだす。


「……全く、あのじいさまは」

 こめかみカールムを押さえながらため息ハスパーくディアブラント。


「手紙には、何と?」


 手紙を書机クリーヴにぽいとほうり出して、ラーシュリウスの問いにディアブラントは答えた。


予定ホラロア通りだそうだよ。明後日モムロス見えるそうだ」

「相変わらずお腰の軽い御仁ごじんで」

情報フィルロスが少ない段階で、あまり会わせたくはないのだがな」


 そう言って、書机しょづくえの上のアルファ米の入ったプードを手に取る。

 既にデュホルカそそいで調理済みになっているものだ。


「一体どういう仕組みラクストレイトなのだ? これは」


中身プルポスもそうですが、容器ピエントラの部分も一体何で出来ているのか……ワラウスのような金属ミフリッツのような」


「紙と言えば、こいつだ」


 机上きじょうに広げた数枚の紙を指さす。

 紙面には試し書きでもしたのか、エレディール共通語文字の羅列られつが踊っている。


「これ、紙だよな」

「紙でしょうね……」

「何からどう作ればこんなになめらかな表面ペルムークになるのか……しかもこのヤルウァ

「混じりなしの、純白グリナリィヴィットですね」

「一体原料メディアガは何なのだ? 綿マルドか? 羽根プルトか?」

「……」


 ラーシュリウスはアモルスを組んだまま黙ってしまう。


 目の前の紙はそれほどまでに、彼らの見知っているものとは似て非なる存在だったのである。


「紙と言えば、じいさまのところの特産品ボニ・プラティエリィだが、これを見たら何と言うかな」

マータの色を変えて製法アメートゥを知りたがるでしょうが、今のところ彼ら・・は『不可侵アノヴェルレート』ですから」


 ディアブラントは再び大きなため息をく。


「指示通り、彼ら・・が望むように支援デステック約束フォラーガしたし、町民マルカ・バジャにも彼らの存在を周知した。どうやら彼らは支援に対する対価コントリスクを支払いたいようだが……」


「彼らが何者であり、何を知り何を持つのか分からないうちは、対価を決めてしまうべきではないでしょう。無償グラスルークと言っても高が知れていますし、いずれ俟伯爵じはくしゃく家が負担するわけですから」


「そうだな。で、食料支援の方は?」


「はい、毎節まいせつフェッジ(朔日さくじつ一日ついたち)と、カウ・アウリスの六日目(中旬ちゅうじゅんの六日目=十六日)に提供できるよう手配してあります。運搬ハルポートについては、従前じゅうぜんどおりあの猟師ロヴィクの一家に仕事として依頼しました」


 ディアブラントは満足そうにうなずくが、すぐにまゆを寄せる。


「それにしても、禁足地テーロス・プロビラスに住んでいるというのが本当ならば、早急さっきゅうに何らかの手を打った方がいいのだが」


「万が一消失ヴァンされるようなことがあれば、一大事ですからね」


「一応そのむねも、あちら・・・に問い合わせてはみたのだがな、一言『心配ご無用ネディネイパ』だそうだ」


 肩をすくめるディアブラントに、ラーシュリウスが目をみはってうなる。


「なんと……どういう意味なのでしょう。消失はしないということか、消失しても構わないということなのか。それとも既に何らかの対策が?」


「分からん。とにかく禁足地のことについてはイシからディアまであちらの『専権事項アルシオ・イクシナ』だ。一体何を知っているのか、これほどの長期間、欠片かけらほどもれてこないというのは驚嘆きょうたんあたいするな」


 ディアブラントは三度目のため息を深くいた。


「面倒なことにならなきゃいいが……」


    ◇


 そして同日、同時刻。


 とある・・・場所にて。


「それでは手筈てはず通りに。くれぐれも接触したりせぬよう、気取けどられぬよう、気を付けて欲しい」


きもめいじて」


「今はまだ、情報フィルロスを集めるだけでよい。どんな些細ささいなことでもかまわぬと我があるじおおせだ」


「お任せください」


「頼んだぞ」


「はっ」


 ――配下バルトランが出て行ったヴラットながめながら、ノァスつぶやいた。


「禁足地の異人アルニエーロ、か……」

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