第四章 第12話 一方……

「……やっぱり今夜は帰ってこなさそうだね」


 瓜生うりゅう先生がつぶやいた。


 ここは職員室の応接スペース。

 午後九時半。


 言われてみれば、いつ帰るかって聞いてないのよね。

 選抜メンバーの人たち。


 まあ距離も結構あるみたいだし、やることも盛りだくさんなんだから、一日だけで全て終えて帰ってくるのはちょっと無理があると思う。


 大体、事前に日帰りなのか宿泊込みなのか分かってないってのも、アレ・・だよね。


 それでも万が一、選抜チームの人たちが戻ってきた時のために、日付が変わるくらいまでは待機しようということになって、希望者が自主的に集まっている。


 不破ふわ先生と瓜生先生と諏訪すわさんと、私――加藤かとう七瀬ななせ――の四人だ。


 他にも手を挙げた人はいたけど、それほど人数は必要なさそうなので四人になった。


 ――応接テーブルの上には各自で用意した飲み物と、ちょっとしたおつまみ代わりの干し肉|(笑)が割と山盛りに置いてある。


 こういう時は普通クッキーとかスナック菓子なんだろうけど、もちろんそんなものはとっくの昔にない。


 それにしたって――おつまみが干し肉とか、ワイルド過ぎるでしょ……。


「加藤せんせーも行きたかったんでしょ? むぐむぐ」


 干し肉をしがみながら、諏訪さんが話しかけてくる。


「まあね。でも今回が最初の顔合わせだし、重要な任務もあるし。私はどっちかって言うと物見遊山ものみゆさんがしたいだけだから、また今度って感じかな」


「実際、私も興味はあるけど、交渉となると気負きおっちゃうわよね」

 不破先生がうなずく。


 諏訪さんともそうだけど、他の先生たちとも結構気安くしゃべれるようになったな。

 いいことだと、思う。


 ――物資がだんだんと目減りしていく中で、こんな風に三食以外で食べられるような機会もどんどん減っていった。


 さっきも言ったけど、職員室の机にしこたま・・・・ため込んでたお菓子も、とっくの昔に食べ尽くしちゃったしね。


 真綿まわたでゆーっくりと首が締め上げられるような食料不足への恐怖だったんだけど、うれしいことにこないだからそれが一気に解消されたのだ。


 私は結構本気でビビってたから、届いた小麦粉や肉のかたまりを見て、恥ずかしながら飛び上がって喜んでしまった。


 なんだかんだ言って、私は新しい干し肉に手を伸ばす。


美味おいしい! この干し肉。正直止まらんです」

「これどっちすか? 瓜生せんせーが取ってきたほう? もらったやつ?」

「もらった方はまだ熟成中だから、僕が狩ったやつだね」

「すごいわよね……野生動物を自分たちで狩ってその肉を食べるなんて、考えたこともなかった」

「瓜生せんせー、あれまだ出来ないんすか?」


 そうなのだ。

 今、瓜生先生を中心にして、石窯いしがま鋭意えいい製作中なのだ。


「パンとかピザ、食べられたらいいわよねー」

「頑張ってるんだけどさ、材料がありものだけだとこれがなかなか……。耐火レンガが作れればいいけど、無理そうだしね」

「でも、その辺のことも選抜チームに頼んであるんですよね?」

「うん。いい結果が聞けるといいね」


 小麦粉が大量に届いた日から、花園はなぞの先生が目の色を変えて酵母こうぼづくりを始めてる。


 まだ何とも言えない状態みたいだけど、石窯も酵母もうまくいくといいな。


「それにしても……」

 真っ暗な窓の外を見ながら、不破先生がぽりぽりと腕をいている。


「ここって草原のど真ん中なのに、案外あんがい虫がいないのよね」

「え、でも不破せんせー、現在進行形で腕いてますけど……」

「言ってることとやってることが同時に違ってますね」

「あらやだ」


 不破先生が顔を赤くして掻く手を止める。


「でも、虫に刺されたわけでもないのに、背中とかかゆくなること、あるでしょ?」

「確かに、そういうことあるっすね」

「!」


 これは!

 私の積み重ねてきたタメになる知識を披瀝ひれきするチャンス!


「皆さんそういう時、すぐ掻いちゃいますよね?」

「え? う、うん」

「加藤さんが何か食いついたね……」

「またっすか……この人」


 最近諏訪さんの口答えがひどい。

 素直じゃなくなって可愛くなくなった。


「いいから。搔いちゃいますよね?」

「まあ自然と手は伸びちゃうかな」

「そうっすね」

「じゃあ!」


 ここぞとばかりに、私は疑問を突きつける。


「もしそこで、掻かずに我慢したらどうなると思います?」

「え……」

「んー……」

「……どうなるんすか?」


 やっぱダメだな諏訪さんは。

 すぐに答えを求めるのはぬるい・・・ぬるすぎるよ!


「というわけで、誰かかゆくなってください」

「えー……」

「無茶言うね、加藤さん」

「あ、僕何か痒くなってきたっす。背中」

「ホント!? じゃあそのまま我慢して!」

「うー、痒いの我慢するって、結構きついっす」

「いいから、我慢!」


――二分後――


「あ」

「どう!? 諏訪さん」

「痒くなくなったっす」

「そうなの! 根拠のない痒みは、放置すれば消えるんです!」

「いや、根拠はあるんじゃ……」

「根拠のない痒みって言葉パワーワード、生まれて初めて聞いたわよ」


 私は胸を張る。

「ちゃんとこれ、五回くらい試して検証したんです」


「……加藤さんって、結構面白い子なのね」

「そうなんす。加藤せんせーって時々変なこと口走くちばしるんすよ……」

「いやあ、僕はそういう好奇心旺盛おうせいな子って、いいと思うよ」

「だってあれすよ、突然『シュークリームは息を吸いながら喰え』とか」

「何それ。誤嚥ごえんしそうで怖いんだけど」

「彼女ってば、クリームを一滴いってきでもこぼす喰い方が許せないらしくて」

「ちょっと! 彼女とか呼び方馴れ馴れしくない?」

「わははは」


 ――いつの間にか一時間もってる。


 半年も一緒に生活してれば、こんな風に仲良くなるのも自然なことなんだろうな。


 この先、どんな風に変わっていくのか分からないけど、争い・・だけは、いやだ。

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