第四章 第11話 昼間の回想 その3

 会談のあとは楽しい会食の時間だった。


 まあ、意外な人が羽目を外してたけどね。


 とりあえず、その時の様子を思い出してみることにしよう。


    ☆


 その後にもよおされた会食だが、こちらもつつがなく終わった。


 見慣れない料理が多かったものの、要は野菜や肉料理であり、焼いたり煮込んだりスープ仕立てだったりと、お馴染なじみの調理がなされているものばかりだった。


 不思議なことに、カトラリーの使い方に戸惑うこともなかった。


 洗練されていくと、収斂しゅうれん進化みたいに似たような形に落ち着くものなのかも知れない。


 食卓も、あのよく貴族の食事場面で出てくるような、長ーいあれだ。

 リフェクトリーテーブルとか言うのを、たくさん並べたやつね。


 ちなみに長い食卓の真ん中にリューグラムさんが座っているから、この席順っていわゆるフランス式ってやつかな。


 ――で、リューグラムさんの向かいには、この会食から参加した新しい女性が一人加わっていた。


 アルフリーダ・シスリス・リューグラムと名乗っていた。

 多分、リューグラムさんの奥さんだと思う。


 ――本当は先方せんぽうと会話で盛り上がることが出来ればいいのだけれど、マナーやら何やら気にすることもあるし、サブリナたち通訳を通してという状況では、なかなかに難しい。


 それでもリューグラムさんは、多分食材のことについてだろうけどあれこれと声を掛けてくれたし、おかげでまた一つ言葉を覚えた。


 おいしい、は「メーレ」だ。


「セオ、ヴォッド?」

「メルガ。ジユーノメルガ」

「やっぱり!」


 何か山吹やまぶき先生が、俺の向かいにいるサブリナと自然な感じで会話してる……。

 さすがに順応早いな、この人。


「ちょ、今何て言ってるの?」

「え、ああ」


 山吹先生は、肉料理の乗った皿をして、


「これが何かって聞いたんですよ。『セオ』が『これ』で、『ヴォッド』が『何』ですよ、多分」


「へえ、で、何だって? これ」


「メルガって言ってますけど……。これって前に瓜生うりゅうさんが狩ってきた肉とか、最初に頂いた肉と風味や食感が似てません?」


 俺は、自分のとこの皿からひと切れとって、口に入れてみる。


「もぐもぐ……んー、言われてみればそうかもってくらいしか分からないな」


「そうですか? でも確かに同じ肉だと思いますよ。カモシカでしたっけ?」


「カモシカっぽい・・・、ね。でもどうせ同定する方法なんてないし、カモシカイコールメルガでいいでしょ」


「また一つ覚えましたねー」


 ――ちなみに飲み物は、変わった味のビールのようなものだった。


 俺は元々あんまり酒に強くないし、それほど好きでもないからかも知れないが、ぬるいビールってのは正直美味うまいと思えなかった。


 子どもたちには何かの果実水かじつすいが出されていて、試しにもらったところ、そっちの方がよっぽど口に合った。


「これって、何かレモンの風味と味がするね」

「うん。なかなか美味い」

 こくこく。


「せんせー、お酒飲まないの?」

「いや、あんまり得意じゃないんだよね……」

「ぷ」

「あのなー、大人がみんな酒好きだと思うなよ?」

「そうかも知れないけどさ、だってほら」


 御門みかどさ……芽衣めいあごクイ・・する先には、リューグラム夫人(おそらく)の両脇りょうわきで、超ゴキゲンに出来上がっている校長先生とかがみ先生の姿が。


 あれえ? ……言葉が通じてないはずなんだけど、何かしゃべるたんびに笑っておる。


「酒って、良くも悪くもすげえな……」

「普段は落ち着いた感じの校長先生も、お酒の席だといつもああですもんね……」

「お酒こわーい」

 こくこく。


 ――まあ……あれだ。


 今回の訪問の狙いを考えれば、まずは大成功と言えるだろう。


 一番の懸案けんあんだった食料不足をひとまず解消できたんだからな。


 相変わらずもらう一方の「お客さん」扱いと言うところは気になるが、時間が必要なこともあるだろう。


 ――会食後、俺たちは町に出て見物したり、町の人たちと交流を深めたりしたいと申し出たのだが、それは許可されなかった。


 その理由について、根気よく確認を積み重ねた結果分かったのは、


 ・俺たちには、今日を含めて最低五日間の滞在を希望すること

 ・町民への周知の時間が必要なので、町へ出るのは明日以降にしてもらいたいこと


 の二点だった。


 せめて一泊はしたいと思っていた俺たちにはこの上ない朗報だった。


 ただ、学校にいる仲間に帰る日を伝えないと心配をかけるだろうということで、明日サブリナたちが手紙を届けてくれることになった。


 東の森は俺たちがいない間、調査班の残り五人で活動を続ける手筈てはずになっているので、ちゃんと伝わると思う。


    ※※※


 ――ふう。


 こうして思い出してみると、なかなか中身の濃い一日だったな。


「昼ご飯を食べた後、ここを探検するのも面白かったし」

「探検か……」


 流石に自由見学というわけにはいかなかったが、芽衣めいの言うようにサブリナやここの職員の人?たちの先導せんどうで、敷地内を案内してもらった。


 道すがら受けた説明の、まあ半分も理解できてはいないと思うが、それでも分かったこといくつかある。


 まず、この町の名はザハド。


 人口とかの細かいデータはよく分からないけれど、このお屋敷までの道すがら、馬車から見ただけの感想で言えば、数千人くらいはいてもおかしくなさそうだ。


 さっするに、恐らくリューグラムさんはこの町を含めた一帯の領主のような人なのだろう。

 普段はここではなく、近隣にある「ピケ」という町に住んでるんだそうだ。


 それにしても……もしあの若さで領主だとすると、やっぱり世襲せしゅう貴族のような階級制度があるのかも知れない。


 実際の年齢は分からないが、俺からすると大学生にも見えるほど若い上に、奥さんまでいるからな。


 それと、本拠地ほんきょちが別にあるということは、この建物はリューグラムさんの代理人が町政や徴税なんかの仕事をする場所なのでは、という推測が成り立つ。


 とは言え、こんな風に客室がいくつもあったり、リューグラムさん自身の私室もあったりするようだから、公共の建物という感じもあまりしない。


 リューグラムさんのザハド別邸べっていという辺りか。


 ――そうなると、町長らしいヒルディーフランカさんの立場が分からなくなる。


 あくまで可能性の話をすると、彼女は町長というより自治会長のようなものなのだろうか?


 ちょっと違うかも知れないが、共和制ローマの執政官コンスルに対する護民官トリブーヌス・プレービスみたいな。


 代理人がいるとしても、今日の顔合わせにはいなかったから――――


「せんせー、何か瑠奈ちゃんが眠そうだから、そろそろ部屋に戻るね」

「そうか、気を付けて戻れよ」

「うん。おやすみー」

「おやすみ」


 急に静かになった部屋の中で、俺は外を見やる。


 窓の向こうはただのやみで何も見えないけれど、ちゃんとガラスがはまっている。

 こんな板ガラスを作る技術もあるんだ。


 ちなみに、この大きな窓にはたっぷりとしたドレープのカーテンがかかっている。


「それになあ……どうなってんだこりゃ」


 思わずひとごとがこぼれるほどの不思議なもの。

 それは、照明だ。


 光っていて中の様子は分からないが、どう見てもガラスそのものが光をはなっているようにしか見えない。


 もしくは内部に光源があって、それがガラスをつたって光っているようにも見える。


 確かにちょうどいい塩梅あんばいの間接照明のようになって、暗すぎず明るすぎず、ほどよい睡眠空間を作ってくれそうではある。


 おまけにオンオフのスイッチもないらしい。

 暗くしたければ付属の布でおおってくれとのこと。


「不思議なつくりだなあ……」


 まあ異世界があっていいと言えるか。

 異世界っぽくはあるけれど……まだ俺は断定していない。


 それにしてもこの照明、瓜生うりゅう先生辺りが見たら問答無用で分解してあれこれ調べそうだな。


 ――瓜生先生のことを思い出したら、急にここにいないメンバーたちの顔がちらつき出した。


 考えてみれば、転移してからこっち、二手に分かれて夜を明かすなんて初めてのことなんだよな。

 こんなに広くて贅沢ぜいたくなベッドに横たわるのも、元の世界ぶり・・・・・・のことだ。


 何だか申し訳なく思えてくる気持ちを、自分たちの使命を思い出して押し殺す。


「今頃何してんのかねえ……あっちは」

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